シリウスの過去編

第81話 出会い

 15年前。


 ——魔王城。



 牢獄塔に入り、階段を登る。


「あの女の状況は?」


「シリウス様。実は……」


尖兵達の報告を受けながら最上部へと到達すると、ゲイル族の女が生活する部屋へとやって来た。


 女が俯き、涙を流す。私がやって来たのを見ると一瞬顔を上げるが、また顔を伏せてしまう。


「食事はとりましたか? 拒否すれば先日のように兵達に無理に接種させられることとなりますが」


「……いらない」


 死んだような顔。その姿にため息が出る。


「ほら、食べないと明日が辛いですよ? それに、泣くのも体力を使います」


「……」


 女はオズオズとパンとスープを口に運ぶ。


「美味しいですか?」


「……まぁ」


「それは良かった」



 元々このような者など相手にしたくなかった。しかし魔王様の器を作り出すためにはこの女の全ての感情を引き出さねばならぬと言う。怒り、悲しみ、苦しみはもう引き出した。


 問題は正の感情。魔王城で日々実験を繰り返される身の上ではそのようなものを引き出すのは容易では無い。


 他の者はすぐに手を離してしまった。全く……なぜ私がこんな役割を……。


「先日落とした町では果樹が有名らしいのです。貴方が全ての役割を終えたのなら、そこの管理を任せても」


「……そんなの、できないよ。人を殺して奪った場所でしょ?」


 この女……魔王様が提案くださる条件をこうも……やはり愚かな人間は嫌いだ。


 食事を終えた女は、口を水ですすぐと粗末なベットにうずくまる。そして、私の顔を見た。


「あの……」


「なんですか?」


「また眠れないの。この前のおとぎ話聞かせて」


「あの話……ですか」


 この女がやって来て2週間ほど。未だ悪夢にうなされる彼女は日に日に弱っていった。困り果てた私は慰みにと色々と話を聞かせたのだ。


 その中で一つだけ興味を示したのが……私の中に残る「オリジナル」の記憶だった。


 私達幹部は全て魔王様が居た異世界の人物を元に作られた。その際に残った僅かな記憶。それをベースに私が話した内容。それをこの女が気に入ったのだ。


 私の中にあるが私では無い記憶……忌まわしい。自分の中に別人の記憶があるということがどれほど恐ろしいか。


 だが、この女のためならば、それもまた有益か。


「どこまで話しましたか……そう。獣人の村を解放したところまででしたね。コホン。次に男が向かったのはエルフの国。しかしそこは若者が老人達に虐げられる悍ましい国だったのです……」


 私は、私のオリジナルの記憶を話す。女子供が聞きやすく改変を加えて。



 それは、この世界とはまるで真逆の世界。



 『魔王』を名乗る者が、虐げられし者達を解放する英雄譚。



 私のオリジナルはその存在に絶対の忠誠を誓う『知将』。



 唯一役割だけが、私と同じであった──。



◇◇◇


「──そうして、老人達を平伏させた男。そして共に立ち上がった女性がエルフの女王となり、新たな国を作りました。エルフの国は若者達が収める理想郷への道を歩み始めたのです……今日はここまでにしておきましょう」


「……ありがとう。面白かったわ」


「……」


「貴方はこの話嫌いなの?」


「そんなところです……なぜこの話だけ・・を好むのですか?」


 女が黙り込む。女が口を開くのを待っていると、女はポツリと呟いた。


「他の話は全部この世界の・・・・・おとぎ話でしょ?」


「ええ。そうです」


「嫌いなの。おとぎ話」


「……なぜですか?」


「私達の種族はね、大昔にあった戦争で沢山使い捨てにされたの。それで、生き延びた先祖たちは里を作り、隠れるように生きたわ」


 ゲイル族……その身体能力を他の人間に利用されたか。


「散々利用されて、数も減って、挙句にはやり病でみんな死んじゃった。それなのに、この世界のおとぎ話には……私達がいないの。だから、貴方の話はこの世界の話じゃないから好き……魔王の話という所以外はね」



 デスタロウズ様がこの娘の両親を殺した。当然か。



 目の前の女が涙を浮かべる。その様子を見ると、なんだか……。



 いや、何を考えているのだ。



「心配しないで下さい。この話の魔王はデスタロウズ様とは別の存在です」



 このような重要な話をこの女の慰めにするなど……。



「そうなの?」



 あってはならない。



 しかし、私の意思とは裏腹に……私の口は、表情は、この女に……。



「ここだけの話ですよ」



 軽い口調で言ってみると、一瞬だけ女が笑みを浮かべた気がした。その顔を見た瞬間。自分の中から勝手に言葉が溢れた。


「私もなんとなくですが……分かるのです…貴方の抱く疎外そがい感が…私もこの世界にとっての異物のようなもの。どこにも居場所などない」


 それは、この女の身の上への同情なのか。それとも共感なのか。私の意思に反して出る言葉に戸惑ってしまう。


 私は模造品。偽物として生まれた。デスタロウズ様がいた異世界も私の居場所ではない。しかし、この世界にとっても私は異物。私の居場所などないのだ。


 私の人生に意味はない。そんな……抱え込んでいた感情が、この女に共感を呼び起こしてしまったと言うのか?


 自分の手を見つめていると、女がこちらを見ていることに気付いた。


「なんですか?」


「本当は貴方も今すぐ殺したいほど憎い。だけど、話し相手としては……受け入れるわ」


「……それは、ありがとうございます」


 自分の感情に戸惑う。少しだけ、この女の身の上に同情してしまう自分がいる。それは、私を重ねているからなのか……分からない。


「貴方に名前をつけていい?」


「私にはシリウスという名が」


「……あの魔王からもらった名前でしょ? そんな名前、呼びたくない」


「ご勝手に」


「そうね……」


 女が考え込む。うんうんと唸った後。思い出したかのように言った。


「レウス。レウス・ゴルドウィンという名前で呼ぶわ」


「なんですかその名は?」


「私達の古い言葉で『思いやる者』という意味よ」


「魔王軍の私が思いやる者? 皮肉ですか」


「だから呼ぶのよ。いいでしょ? 優しそうな名前で」


「……好きにしてください。貴方の名前は?」


「え?」


「アンフェアは嫌いなので」


「ドロシーよ。ファミリーネームもあったけど。今は意味ないから、ドロシーでいいわ」


 女は……ドロシーはぎこちなく微笑んだ。完全な信用などではない。おそらく、生きるために仕方なく結ぶ関係。


 ただ……。


 それでも私にとっては……初めて人と結んだつながりだった。




―――――――――――

 あとがき。



 レウス=シリウス過去編です……次回もお楽しみ頂ければ幸いです。

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