第78話 滅びゆく者

 15年前。



 ——ゲイル族の隠れ里。


 ある家から少女が飛び出して行く。



 ……。


 …。



「ドロシー! 待ちなさい!!」


 お母さんの声が聞こえる。それを無視するように部屋を飛び出した。走って走って里の中央までやって来る。ゲイル族を守ると呼ばれる大樹。その後ろに隠れた。


 どうせすぐ見つかってしまうけど、今のお母さんと話しているよりはいい。ああなっちゃうと私の話なんて聞いてくれないから。


 見上げると大樹の歯の隙間から日が差し込んで、里を光のベールが包んでいるみたい。私達以外誰もいなくなった里全体がキラキラ光る。


 ……。


 みんな死んじゃった。


 ただでさえ数が少なくなっていた里のみんな。それが、去年のはやり病で一気に私達だけになってしまうなんて……。


 何が原因かも分からない。狩った動物のせいかもしれないし、僅かに交流のあったシンノ村の人達からかもしれない。



「そんなこと、今更言ったって仕方ないよね」



 もうどうしようもないことなのだ。みんな死んでしまったことは事実。残された私達が生き残る道はこの里を出て行くしかない。そんなこと分かってる。


 でも……。


「ここにいたのかドロシー」


 大樹の陰からお父さんが顔を覗かせた。大きな体に優しい顔。村ではみんなから頼られていたお父さん。でもその顔に以前のような元気は無かった。



「エマが心配していたぞ」


「だって」



 お父さんが私の隣に座る。狩りに出ようとしていた所だったのか、腰に剣、背中に弓を背負っていた。その姿を見て申し訳ない気持ちでいっぱいになる。お父さんのことを邪魔してしまったことに。


「ここを離れたくない気持ちは分かる。だがこのままではダメだ。お前の将来のこともある」


「私は……外の人間となんて……っ!?」


 お父さん達がここを捨てようとする1番の理由。それが私のこと。私を心配しているからこそ……出て行こうとする。でも私は嫌なんだ。好きだったアルも死んでしまった。今更外の男となんて……。


「ドロシー。聞いてくれ」


 お父さんが私の手を取り瞳を覗き込んで来る。優しい瞳。その奥に悲しみが見えた気がしてやり切れなくなる。


「お前がアルのことを好いていたことは知っている。しかしな。私達もいずれ死ぬ。そうなった時、お前をここに1人残して死ぬなんて私達には耐えられないんだ」


「……」


「人と人の絆を結ぶには長い月日がかかる。お前が1人になってからでは遅いのだ。今であれば、お前が外の世界へ馴染めるよう、私達も支えてやれる」


 その言葉で涙が溢れてくる。いずれ来ると言われていた種族の終焉。それを、私が体験することになるなんて……。


「泣かないでくれ。私はお前が悲しそうにするのが何より辛い」


 お父さんの気持ちも分かる。お母さんのことだって……でも私は、もっとみんなと一緒にいたかった。もう叶わないことだとしても、せめてここで。




「みんなとの思い出が残るこの場所で生きたいの」




「私達も同じ気持ちだ。だがな……」




 お父さんが言いかけた時——。




「生き残りがいたか。我は運が良い」




 聞いたことのない声がした。男の人の声。辺りを見渡すと、光に照らされて、人影が空に浮いているのが見えた。


 真っ黒いトゲトゲした身体に、コウモリみたいな翼、それに……頭に生えた角。どんな本でも見たことのない恐ろしい姿。それがバサバサと翼をはためかせ、ゆっくりと大地へと降り立った。


「だ、誰だお前は……っ!?」


 お父さんが私を庇うように前出て、狩り用の弓をつがえた——。




◇◇◇


 ドロシーの不安気な顔をよそに、黒い男は冷めた目で彼女達を見つめる。



「敵わぬと理解もできないとは……愚かな。この世界の始祖たるゲイル族でもこの程度か」



「何を訳の分からないことを言っている!!」



 ドロシーの父——ギヴの瞳が赤く光り矢を放つ。


  ゲイル族の秘伝により作られた強靭な弓。それを唯一扱えるゲイル族の身体強化能力。完全にコントロールされたそれは、矢を空気を切り裂く一撃へと昇華させた。


 矢が翼の男を貫く——矢に穿うがたれた部位が霧のように霧散する。



 しかし。



「ほう。技は中々の練度」


 霧散した部位が再び元の人型へと集まっていく。男が指を鳴らすと、黒い影が矢の形状となり発射される。高速で発射されたそれは、ギブの足を貫いた。



「ぐうぅ……っ!? 化け物め……!?」



「お父さん!?」



 ドロシーが動こうとした瞬間。黒い男が彼女を睨み付ける。その威圧感に当てられたのか、彼女は一切の身動きが取れなくなってしまう。



「化け物? いいや違うな。我は、魔王・・。こことはなる世界より来訪せし絶対の征服者。貴様達の命は我の物だ。諦めよ」



「な、何を言ってるの!? 私達が何をしたって言うのよ!」



 ガタガタと震える体を抑え、ドロシーが叫ぶ。そんな彼女を魔王が見定めるように視線を送る。嫌悪感を露わにしたドロシーの瞳も、ギブ同様赤く輝きを放っていた。


「その瞳。貴様が種族最後の若者か」


 魔王が武装召喚ヴォイドウェポンの魔法を唱える。そこから現れた燃え盛る炎のつるぎ。それをドロシーへと向け彼は言い放った。


「我が器の為には若き肉体の方が良い……人間種の始祖オリジナルとして小娘。貴様を選んでやろう。我と共に来い」



「ひ……っ!?」



 人を人とも思わないような目。それを見た瞬間、ドロシーの全身に恐怖心と不快感が駆け巡る。



「貴様ぁ!!」



 ギブが足の矢を無理矢理引き抜き飛びかかる。腰の剣を抜刀し放つ一撃は、騎士ですら到達できぬほどの剣速へと到達する——


 ——だが、魔王を切り裂いた瞬間、またもや魔王が霧のように消え去ってしまう。


「なっ!?」


「無駄だ」


 再び霧が集まり、魔王の形を成す。魔王から放たれた斬撃をすんでのところで受け止めるギブ。


「うおおおおおお!!!」


 ギブが斬撃を放つ。ゲイル族の力によって繰り出される俊敏な攻撃。その一撃一撃全てが人体の急所を突いていることに魔王が舌を巻く。


「なるほどなるほど。これは想像以上。サザンファムの騎士団すらここまでの動きはなかった」


 魔王がその剣で攻撃をいなしていく。



「娘を貴様のような輩に渡す訳には行かん!!」



 魔王が次の攻撃に備えた瞬間、懐からナイフを取り出し投げ付ける。


「ふふ。機転も良い」


 ナイフを剣で弾く魔王。その隙を突くように、ギブが技を放つ。



「クロスラッシュ!!」



 十字の斬撃が魔王を四散させる。しかし、余裕の表情で魔王は復活してしまった。



「またしても……っ!!」



 何度も攻撃を試みるがその全ての攻撃が一切のダメージを与えられない。


「なぜだ……なぜ攻撃が当たらんっ!?」


「中々に良い動きだったが……終わりだ」


 魔王がその剣をギブへと叩き付ける。彼は重い一撃を全身を使いなんとか受け止めた。



「ぐ……っ!? まだだ。まだ……」

 


「我が終わりと言ったのだ。貴様の死は絶対だ」



 魔王がそう言った直後。彼の使う燃え盛る剣。そこからが溢れ出し、ギブの体を包み込んだ。



「グアアアアアアアアっ!?」



「我が魔剣、フレイブランドの炎はどうだ? その精神ごと焼き尽くしてやろう」



「逃げろドロシー!! ァァァアアアアア!?」



 周囲に轟く絶叫。ギブがドロシーに言葉を伝えた直後、その身体は灰となった。




―――――――――――

 あとがき。


 ドロシーの前に現れた魔王デスタロウズ。次回、ドロシーは……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る