第74話 光将 対 勇者

「にゃふ! にゃふふふ〜! ちぃとばかし遊んでやるかのぉ〜のうクラちゃん?」


「ズモモオオオオオ!!」


 辺りは霧に包まれ、湖に響くクラーケンの雄叫び。船体に絡み付いたクラーケンの脚。ギリギリと船体を締め上げる音にタニヤ船長と船員達が飛び出して来た。


「な、何事だい!?」


「船を落としてたのは魔王軍幹部の仕業だ! 下がってろ! アイツは……」


 ジェラルドがタニヤ達を静止しようとしたその時。


「にゃふ。オヌシらわらわ眼を見る・・・・が良い!」


「え?」


 その言葉に反射的にタニヤ達がイリスの瞳を見てしまう。


「イリスの眼を見るな!!」


 咄嗟にロナを抱き寄せ目を覆うジェラルド。彼がその隻眼を閉じたと同時にイリスが魔法名を告げた。



精神支配ドミニオン•マインド



 イリスの両眼が怪しく光ると、タニヤ達がもがき苦しむ声がジェラルドの耳に入った。


 クソッ。遅かったか。


「あ……ぐ……っ!?」


 ジェラルドが目を開くと、タニヤと船員達がボンヤリとした表情で立ち尽くしていた。


「師匠? タニヤさん達、何か変だよ」


「イリスは自分よりも弱い者の精神を支配できる。アイツの眼を絶対に見るな。いつ精神支配ドミニオン・マインドの魔法を使って来るか分からねぇ」


 精神支配。と聞いてロナが肩を震わせる。


「アイツを倒せば、助けられる?」


「ああ。精神支配はヤツの精神力で操る魔法。ヤツを倒せばタニヤ達は助けられるはずだ」


「イリスは……僕がやる……っ!」


 ロナの瞳が赤く光り、膨大なオーラが全身から溢れ出す。


「……絶対ヤツの眼を見るな。できるか?」


「うん。大丈夫」


「イリスは身体強化魔法も使える。気を抜くなよ」


「なーにをごちゃごちゃ言っておる! 傀儡くぐつども! そこの2人を捉えるのじゃ!」


「承知しました。イリス様」


 イリスが指示を出すとタニヤ達の目がギラリと光る。明らかに敵意を剥き出しにした目。その視線が、ジェラルド達を真っ直ぐに見据えた。



「行けロナ! タニヤ達とクラーケンは俺達かなんとかする!」



「うん!」



 一際赤く、眩く光るロナの両眼。霧に覆われた暗闇に赤い2つの光が灯る。禍々しいオーラを放ったロナがイリスへと駆け出して行く。



「お前らの相手はオレだぜ!」



 ジェラルドが船員の顔面を殴り飛ばす。よろける船員。この攻撃によって、タニヤ達の目標が完全にジェラルドへと映る。


 スキル「にげる」を発動して船員達からにげるジェラルド。チラリと扉を見ると、隙間からエオル達がこちらを伺ってる姿が見えた。



 やっぱりな。異変が起こってアイツらがいない訳ないぜ。



 ニヤリと笑ったジェラルドが声を張り上げる。


「エオルとブリジットはクラーケンを頼む! レウス! 俺は後方にコイツらを誘導する! 重力魔法頼むぜ!」


 叫びながらジェラルドは船の後方へと走り去っていった。



「はぁ……人使いが荒いですね……」


「言ってないで早くジェラルドの所行きなさいよ!」


「そうであります! 一応仲間でありますよね!?」


「一応、ねぇ……分かりましたよ」


 ため息を吐くとレウスが風魔法と重力魔法を発動し、フワリと空中へと浮き上がる。そのままジェラルドを追いかけるように船部後方へと飛んで行く。


「アイツがいたら私がため息吐くタイミング逃すわね」


「エオル殿も、軽口を叩いてないで魔法を頼むであります」


「分かってるわ。久々の大物戦ね。気合い入れて行くわよ!」


「了解であります!!」


 エオルとブリジットは船に絡み付くクラーケンを見据えた——。




◇◇◇


「イリス!!」


 ロナがルミノスソードの斬撃を放つ。それをイリスは素手で受け止めた。


「こんな華奢なのに!?」


「にゃふっ。身体強化魔法を操る妾に並大抵の攻撃は届かんぞ?」


 連続で斬撃を繰り出すロナ。その一撃一撃をイリスは全て手で弾き軌道を逸らす。


「攻撃向上爪昇煌クロウ・アセンド


 ロナの攻撃をいなしながらイリスが身体強化魔法を放つ。薄く紫の光を帯びたイリスはロナへと蹴りを放った。


「……くっ!?」


 ロナが蹴りを紙一重で避ける。空気を切り裂くような蹴りは、当たればただではすまないとロナに実感させた。


 しかし、彼女はたじろぐことなくマントでイリスの脚を絡めとる。


「のじゃっ!?」


「ブリジットの真似させて貰うよ!」


 マントを巧みに使いイリスを振り回すロナ。そのまま甲板へと光将を叩き付ける。響く轟音。船体を揺らすほどの威力でイリスは頭から甲板へと叩き付けられた。


「痛ったいのぉ!!」


 ムクリと起き上がったイリスがロナの懐へと飛び込む。喉笛を狙う突き、眼球を狙う指先——幼い少女の姿からは想像もできないほど卓越した格闘技がロナを襲う。


「にゃふふふふ!! まだお遊びの段階じゃぞ!!」


「……っ!?」


 連続で放たれる拳を、ロナがルミノスソードで拳の軌道を逸らす。己の真似をされたと思ったイリスは子供のように怒りだした。


「妾の真似なぞしおって!!」


 左の拳をいなし、その手首を掴むロナ。彼女はそのままイリスを引き寄せ頭突きを放った。


「のじゃ!?」


「遊びで人を襲うな!!」


「ぐうぅ……!! こんガキィ!!」


 イリスが両手でロナの顔を掴む。そしてその赤い両眼を覗く。



「妾の眼を……見ろぉ!!」



 ——精神支配魔法が……来る!



 魔法を放とうとしたイリスの脚を払い体勢を崩す。そして、そのままイリスを空中へと投げ飛ばした。


「うわっ!?」


 ロナが空中のイリス目掛けて剣を構える。ルミノスソードを構えてその懐に飛び込む。



連環煌舞れんかんこうぶ!!」



 放たれる連続斬撃。幾重にも重なったロナの最強技がイリスを捉え——。



「全能力上昇竜魔ドラゴン・光焔スペルグリム!!」



 全ての能力を強化させるイリスの最大強化魔法。全身を包む輝きが眩くなり、ロナの放つ全ての剣撃へと対応していく。



 ロナの刃、イリスの拳。2人の力量は完全に拮抗しているように見えた。



「うおおおおおおおおあ!!」

「のじゃあああああああ!!」



 が。



「効かぬ!!」



 イリスの輝きがさらに眩く光っていく。その動きがロナの斬撃速度を超える。



「何その動き!?」



 素手で全ての斬撃を叩き割るイリス。



「死ねぇ勇者!!」



 さらに強化された拳を放つイリス。



「誰が!!」



 その拳に合わせるようにロナが斬撃を繰り出す——。



 しかし……。




「ぐうううっ!?」



 僅かにイリスの拳の方が速く、ロナの顔面が殴り飛ばされる。猛烈な威力により吹き飛ばされるロナ。彼女はマストに激突し膝をついた。



 己の拳を見つめ、イリスの笑みが消える。



「己から飛ぶとは小癪なことをするのぉ」



 ロナは……拳が当たる直前、大地を蹴りその威力を殺していた。しかし、それでもなおダメージは凄まじく、ルミノスソードを杖にヨロヨロと立ち上がることが精一杯だった。



「ガルガインの……仇討ちなら、船の人達を巻き込むな。僕だけを狙え」



「仇討ちぃ? にゃははははははははは!! そんな訳無いじゃろぉ!? 兄様が死んだお陰で妾は魔王軍の将となれた! むしろオヌシ達には感謝しとるのぉ!」


 腹を抱えて笑い出すイリス。その姿を見てロナが笑みを浮かべる。


「そう。じゃあ、気に止む必要も無いね」


「そうじゃ! だから大人しく妾に殺され——」


 イリスがそう言いかけた時、彼女の体に袈裟斬りに深い傷が入った。



「かっ……は……な、何ぃ?」



 大量に溢れる光。それと同時にイリスが苦しみ出した。


「さっきの斬撃が? ……ぐ、お、おぉぉ」


 ロナの放った斬撃はイリスへと届いていた。何度も戦闘経験を重ねた彼女の一撃は、イリスを確かに捉えていたのだ。



「はぁ……はぁ……せっかく身体強化してたのに惜しかったね。お前じゃ僕は倒せない」



「貴様ァァァァああああああ!!」



 怒りを露わにするイリス。しかし、それと同時に傷がさらに深くなる。



「あぐ!? き、傷が……深すぎる……のじゃ」


 膝をつき、苦しそうに息をするイリス。ロナを睨み付けるその表情から、先ほどまでの余裕は一切無くなっていた。


「き、今日の所は見逃して、やる。じゃが、妾を……怒らせたこと、後悔させてやるぞ勇者ぁ!!」


 そう言うと、イリスは移動魔法ブリンクを発動し、夜の闇に溶け込むように消えていった。



「は、は……動け、ない……や」



 力無く倒れ込むロナ。彼女は、薄れゆく意識の中、仲間達の無事を願った。




―――――――――――

 あとがき。


 激闘の末にイリスを退けたロナ。一方その頃、ジェラルド達は……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る