第73話 夜の湖に蠢く者
魔導船が出発してから丸2日。
ロナとブリジットもすっかり船の揺れに慣れ、甲板でイメージトレーニングや軽い筋トレなどをして過ごした。
「せいっ! であります!」
ブリジットが船員から借りた木のオールを薙ぎ払う。
「剣線がバレバレだよブリジット!」
ロナがそれをフワリと飛んで避け、ブリジットのヘルムへとオールを叩き付けた。
「いたっ!?」
ブリジットの目がチカチカと点滅する。戦いの様子を黙って見ていたジェラルドが叫ぶ。
「ブリジット! どこでもいいからロナを掴め」
ジェラルドの指示でブリジットの目がビカリと光った。危険を察知したロナが後へと飛び退く——。
「ここであります!」
「く……っ!?」
「食らえ!!」
ロナを叩き付けようと振りかぶるブリジット。しかし、腕に違和感がある。途中で一切重みを感じなくなったのだ。
「あ、あれ……?」
慌てて上空を見上げたブリジット。その頭上にはマントを外したロナがオールを振りかぶっていた。
「
「うわあああああっ!?」
縦に高速回転したロナがブリジットへと突撃する。
すんでの所でブリジットを避け、甲板に叩き付けられる斬撃。船上に轟く音。揺れる船体。船員達の悲鳴だけが辺りへとこだました。
「ま、まいっ……」
「た」ブリジットと言おうとした瞬間、ロナの気が緩む。
「ふ〜これで5戦4勝……」
「隙あり!」
落としたオールを掴み、ブリジットがロナの頭を叩く。
「いった〜い!?」
完全に不意を突かれた形となったロナは頭を抑えた。
「ズルイよブリジット!」
「まだ『まいった』とは言ってないでありますよ〜!」
「そんなのヘリクツだよ!」
「いや、最後に気を抜いたロナが悪いぜ。ザヴィガルみたいなヤツもいるんだ。常に戦闘では気を張ってなきゃいけねぇ」
「う〜! じゃあどうしたら良かったの師匠?」
頭を押さえて瞳をウルウルと滲ませるロナ。そんな彼女に回復薬を渡し、ジェラルドはオールを指差した。
「さっきのオールの位置はブリジットが拾い上げられる距離にあった。蹴り飛ばして使えないようにするのが正解だ」
「う、うん……」
「いいか? 俺がいない時、エオルやブリジットに指示を出すのはお前の役目なんだ。常に周囲に意識を集中させろ」
「この前パルガスのおじさん達に言ってたみたいに?」
「そうだ。パーティとして動く時は基本的に役割は一緒……この前のアイツらのことを思い出せ」
「分かったよ」
ロナがゴシゴシと目を拭う。腕を離す頃にはすっかり涙も止まっていた。その様子にジェラルドは内心嬉しく思う。シンノ村から出た頃から随分成長したなと。
そう、感じた。
ジェラルドは考えていた。ザヴィガルの一件からロナ達だけでも熟練の動きができなければならないと。
魔王との戦いは何が起こるか分からねぇ。パーティが分かれるかもしれねぇからな。
「最近熱心ねジェラルド」
背後からエオルの声が聞こえる。後ろは海のはず。不審に思ったジェラルドが警戒しながら振り返ると、そこには手すりの上であぐらをかくエオルの姿があった。
「お前……何やってんだ?」
「何って、バランス感覚のトレーニングよ。船の戦闘は揺れるでしょ?」
「戦士でもないお前がなんでバランス感覚なんか……」
「だからこそよ。こんな船の上で戦闘になって火炎魔法の狙い外したらどうなるの? 大火事になるでしょ」
……それはヤバイな。クラーケンに襲われる最中、火事になったら水中にも逃げれやしねぇ。
「なるほどな。じゃあその手はなんだ?」
バランスを取りながら、エオルは両手に
「バランス感覚を養ってたら面白いことができるようになったの」
エオルが右手の火球をフワリと上げる。そして人差し指で動かすと炎が指を指した方向にゆっくりと動いていく。
「どう? 今は少しだけど、もう少しトレーニングすれば火球を誘導させることができるハズ」
「へぇ。今までは直線しか打てなかったもんな」
「そう。ジェラルドがザヴィガルと戦った時、レウスの重力魔法でアイテムを誘導したでしょ。それで思ったの。私でも近いことができるんじゃないか?って」
言いながらエオルが両手の火球ともフワフワと空中に舞上げる。そして指で指示を与えると、空中の火球がクルクルとダンスを踊るように舞っていく。
「もうここまでできるわ。それと……」
エオルが手を合わせると、2つの火球が融合し、大きな火球になる。
「お前……これって……」
「ふふふ。これを繰り返したらどうなるか分かるかしら? 完成したら面白いものを見せてあげるわ」
エオルが不敵に笑う。その姿にジェラルドは尊敬の念すら覚えた。
エオルも化け物じみて来たな。まさか初級魔法から擬似的に炎系
などとジェラルドが感心したのも束の間。
「コラァ!! アンタ達アタシの船を壊す気かい!? 毎日毎日船の上で暴れやがって! 修行かなんだか知らないけどもっと大人しくやりな!!!」
「すみませ〜ん!!」
「もう暴れないであります!」
「こ、この辺にしておくわ……」
ジェラルド達はタニヤからめちゃくちゃ怒られた。
◇◇◇
深夜。
——タニヤの船。
客室で眠っていたジェラルドだったが、寝苦しさから部屋を出た。
「やっぱ、船旅は疲れが抜けねぇなぁ」
甲板へ続く扉を開けると夜風が頬に伝わり、少しだけ気分が楽になった。
「……ん?」
甲板に誰かが立っている。目を凝らすと、
船首から湖を眺めているロナの姿が目に入る。
「何やってんだよロナ」
「見張りさせて欲しいって頼んだんだ。霧も出て来たし」
ロナの言葉に辺りを見回すと、夜の水面の向こうが、霧によって見えなくなっていた。
「そろそろ敵が来るってことか」
「うん。師匠は休んでて」
「なら、俺も付き合うかぁ」
ジェラルドがそう言って手すりに寄りかかる。ロナは照れ臭そうに笑った。
「……ありがとう」
ポツリポツリとロナが呟く言葉に相槌を入れながら、夜の湖を眺める2人。小一時間ほど見張りをしても、敵らしき影は未だ見えることはなく、船が湖を進む音だけが響いていた。
「あの、さ」
「なんだよ?」
「前にさ、師匠が僕の力のことを話してくれたのを覚えてる? 結晶竜と戦った時」
「ああ」
「あの時さ、なんで師匠は僕の力のことを
あの時は、ロナが
「俺はさ、お前がシンノ村に来た時のことを垣間見たことがあるんだ」
「師匠の
「ああ」
ゲーム本編が始まる前。オープニングムービー。その中で映ったロナのオリジナルは……。
「お前のオリジナルはさ、明らかにロナを守ろうとしていたんだ」
「僕を?」
「そうだ。必死に魔王軍から逃げて逃げて、怪我しながら逃げて、お前をシンノ村に置いて去った先で死んじまった」
「そう、なんだ。やっぱり死んじゃってたのか。なんとなく、そうだと思ってた」
「悪りぃな。黙っててよ」
「ううん。僕のこと気遣ってくれたからでしょ? 大丈夫」
「……でもな、そのお前を助けようとする姿を見て
「そっか……お母さん、かぁ」
ロナが複雑そうな顔で湖を見る。月明かりに照らされた彼女は、何かを決めたように微笑みを浮かべた。
「それじゃあ僕はその人のこと、お母さんだって思うことにするよ。そっちの方がずっと素敵だから」
己の出生を知り、それを受け入れようとするロナ。その姿はとても——。
「にゃっふふふ〜やっすいロマンスじゃのぉ〜」
「誰!?」
突然聞こえた声にロナがルミノスソードを引き抜く。
ジェラルドが声の主を探すと、船のマストの上に1人の少女が立っていた。
ロナとそう歳も変わらないほどの少女。長く白い髪にうっすらと鱗のような肌、魚のヒレのような耳を持った少女が、ニヤニヤと笑いながらこちらを見下ろしていた。
「お前は……っ!?」
ジェラルドにはその姿に見覚えがあった。こんな所にいるはずがない存在。本来、
「
イリスがフワリと甲板へ飛び降りる。身構えるロナを見て鼻で笑うとその小さな指をパチンと鳴らした。
「クラちゃ〜ん! 食事の時間じゃぞ〜!」
「ズモォォォオオオオオオオオ!!」
水中から巨大なイカのようなモンスター。「クラーケン」が現れる。
「貴様らがガルガイン
「お前……ガルガインの!?」
「勇者ロナ。妾はお主と戦ってみたかったのじゃ。兄様がお主のことをベタ褒めしておったからのぉ」
月明かりを背後にイリスは不敵に笑った。
―――――――――――
あとがき。
突如現れた魔王軍幹部「光将イリス」。ロナ達は無事に湖を抜けられるのか?
次回。ボス戦です。
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