魔導船を狙う影。編

第72話 魔導船の船出

 サザンファム地下王国を出たジェラルド達はブレードラ地方を抜け、レウスとの待ち合わせの場所、大ケイト湖までやって来た。ゲイル族の隠れ里へ向かう為に。


「ここでレウスが待ってるはず……といたぜ」


 ジェラルドが指した先には「仮面にローブの男」レウスがいた。大きな湖に浮かんだ魔導船、その船長と思わしき若い女と何やら揉めている様子で。


「どうしたんだよ?」


「はぁ……この方には理屈が通じないのです」


 レウスが困ったように肩をすくめると、魔導船の女船長は顔を真っ赤にして怒り出した。


「アタシは絶対に船を出さないよ! 他の船が! 船乗りが消えてんだ!」


「なんだそりゃ」


 船長の話によると、この大ケイト湖で異変が起きたというのだ。数日前。彼女の船と仲間の船数隻がこちら側の岸へ向かった。その際に霧が発生し、霧の一帯を抜け出た頃には他の船と船員が消えていたという。


「きっとでかいクラーケンか何かが住み着いているんだよ。クラーケンの脚を見たって船員もいるんだ! 絶対船は出さないからね! 船員達の命はアタシが預かってんだ!」


 ひどく怯えた女はその体をブルブルと震わせる。


「でもよぉ。ずっと停泊してたら向こう岸の家族にも会えねぇだろ?」


「ううっ! そ、そりゃそこの仮面の兄さんにも言われたけどさ……」


 迷いを見せるが頑なに拒否する女。その様子を見たレウスがジェラルドを船の陰まで連れて行く。


「どうするのです? ゲイル族の里に行くにはこの大ケイト湖を渡る必要があるのでしょう?」


「心配すんな。俺が何とかする。その代わり厄介ごとにも協力しろよ?」


「……? 分かりました」


 疑問符を浮かべるレウスを横にジェラルドが船長へと話しかけた。


「俺達もこの湖を越えられないと困るんだよなぁ。な、俺達がそのモンスター倒してやるってのはどうだ?」


「え? それは……助かるけど、アンタ達で大丈夫なのかい?」


 怪訝な顔でジェラルド達を見回す船長。ロナ達は慣れているかのように肩をすくめる。



 アミュレットの時、貴族のオッサンからも散々心配されたしなぁ。



 そうだ。アレ・・を2つ見せたら信用されるか?



「そう心配すんなって。俺らは勇者パーティだぜ?」



 そう言いながら、ジェラルドが2つの書状・・を見せる。1つはエメラルダス、そしてもう1つはサザンファムのアミュレットの際に渡された書状。


 そのどちらにも「勇者」という文言が入っていた。



「ほ、ホントだね……エメラルダスにサザンファム……両大国の書状を持ってるなんて……」


 書状を見つめる船長。その顔はから「不安」が消えていくのが見て取れる。明らかに「勇者」の肩書きは有効に働いていた。


「な? 心配すんな。ぜってぇなんとかしてやるからよ」


「そう言われると兄さんもそこのお嬢さん達も頼もしく思えて来たねぇ。そう! そうなんだよ! 本当はさ、忌々しいクラーケンをなんとかしたかったんだよねぇ」


 女が調子づく。ロナ達の肩をバンバンと叩くと最後にレウスの仮面をジッと見つめた。


「なんですか?」


「いやぁ? どんな顔かと思ってさぁ〜」


「調子の良いご婦人ですね」


 レウスはまとわりつく女船長を交わすとジェラルドに再び耳打ちした。


「面倒ごとは勘弁願いたいのですが?」


「協力するって言ったろ? 目的の為なんだ。我慢しろ」


「はぁ……分かりましたよ……全く。これだから……」



 ブツブツと独り言を言うと、レウスが魔導船に乗り込んで行く。


「あ、待っておくれよ〜! アタシは船長のタニヤ! アンタの名前は?」


「名乗る気などありません」


「そんな〜!?」


 レウスの周りをウロチョロする船長。そんな姿をロナが呆れたように見つめた。


「な、なんだかさっきまでと雰囲気が違うような……」


「レウスのヤツ好かれちまったみたいだな」


「仮面してるから余計に気になるのかな? でもなんでレウスさんずっと仮面してるの? ザヴィガルの城で会った時から外さないね」


「さぁ? あの装備が気に入ったんじゃねぇの?」




◇◇◇


「船を出すよアンタ達! 動力炉に魔素を入れな!」


「「「ウス!」」」


 女船長タニヤの号令で男達が船出の準備をする。ロープを手繰り寄せ、動力となる魔素が入ったビンを動力炉へと投げ込む。そして帆を張ると、大きな船はゆっくりと湖へと進み始めた。


 船員達が動くのを見ていたブリジットが感嘆の声を上げる。


「湖なのにデカい船でありますなぁ……まるで海用の船みたいであります」


「そっか。ブリジットは大ケイト湖を見るのは初めてだったわね」


「僕も初めてだよエオル!」


 ロナがぴょんぴょんと飛び跳ねる。エオルが苦笑すると湖の奥を指差した。


「この湖はね、このブレードラ地方とギギン地方を繋ぐ広大な面積を持ってるの。大陸にポッカリと空いた湖……王都エメラルダスはこの湖のことを内海ないかいと呼ぶこともあるわ」


「内海でありますか〜」

「大っきいんだろうなぁ」


 船のヘリに身を乗り出すロナとブリジット。2人が気持ち良さそうに風に当たる——。



 が。



 突然、2人ともプルプルと震え出した。


「ん? どうしたんだ2人とも?」


「結構揺れるでありますな……」

「き、気持ち悪い……」


「え!? ちょっ!? 船の上で吐かないでよ!?」


「ブリジットは何を出すんだよ?」


「ジェラルド! そんなことどうでもいいから2人支えて! アンタ達ももっと身を乗り出しなさい!」


 その後、エオルの母親ばりの活躍でロナ達は難を逃れた。途中ブリジットのヘルムが落ちそうになりとんでもない騒ぎとなったが……。



 こうして、ジェラルド達の短い船旅が始まった。



―――――――――――

 あとがき。


 ジェラルド達を乗せて出発する魔導船。その先には何が待ち構えているのか。タニヤ船長の言うようにクラーケンなのか? 果たして……。

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