第71話 アミュレットが暴くもの

 ザヴィガルを倒して数週間。ジェラルド達は再びサザンファムへと訪れていた。


「ねぇジェラルド? あのレウスって人、なんでサザンファムに入国しなかったの?」


「近場の遺跡に魔導書があるとか言ってたぜ。どちらにしても、この後はゲイル族の隠れ里に行く。アイツの目的はそこだから後で合流するだろうぜ」


「ふぅん……なんか怪しい人。私は嫌だな。あの人がパーティにいるの」


 エオルが珍しくブスッとした顔をする。彼女はこのパーティが好きだと言っていた。そこに他人が入るのは嫌なのだろうかとジェラルドが感じ取る。


「お前達を助けるのに協力してくれたんだ。少しの間我慢しな」


「分かってるわよぉ……」


 肩を落とすエオル。彼女を気遣ってかジェラルドはその頭に手をポンと置いた。


「ゲイル族の里でもアイツの禁呪は役に立つ。ロナに過去のゲイル族の姿を見せてやれる」


「ロナのオリジナルのいた一族……だったわよね。うん、あの子の為よね。我慢するわ」


 自分に言い聞かせようと何度も頷くエオルを見て、ジェラルドがふっと笑う。


 喧嘩ばかりのクセに仲間思いなやつだな、本当に……。


「何やってるの……?」


 突然。笑顔のロナが2人の間に割って入った。


「師匠? この手は何?」


 ガシリとジェラルドの手を掴むロナ。エオルの頭に乗せていたその手を、自分の頭の上へと乗せた。


「あ、いやこれは、仲間のことを気遣ってだな……」


「気遣うことと、なでなですることは、また別問題だよ……っ?」


 ロナの顔がいつもの笑顔ではない。張り付いたような笑顔に細い目。明らかに猜疑心を浮かべたような様子にジェラルドは戸惑った。


「あら。何? ロナは自分だけ特別だとでも言いたいわけぇ? 別にジェラルドは誰の者でもないでしょ?」


「僕だもん! なんでエオルが勝手に決めるのさ!?」


「そんなのいつ決めたの? 私聞いてないし。観測していないものは無いのと同じよ」


「何その自分ルール!?」


「や、止めるであります! もうすぐ城に入るんだから……」


「ブリジットは黙ってて!」

「ブリジットは黙ってなさい!」


「ひ、ひどいであります!? ジブンは和を保とうと……ジェラルド殿ぉ!!」


 両眼の光を潤ませたブリジットがしがみついてくる。


「……」


 ジェラルドは思う。



「ブリジット! 何で師匠に抱きつくの!?」


「何その独占欲? ロナって幼児退行してるんじゃない?」


「うるさいエオル!」


「ジェラルド殿ぉ……」



 「俺はガキのお守りかよ……」と。




 ◇◇◇


 原初のアミュレット。


 それはこの世界におけるいわば防衛システム。外敵の特性を打ち消し、真の姿を現出させるもの。


 過去、予言者がいつか訪れるこの世界の危機を告げた。異世界からの侵攻。この世界の理とは異なる存在——魔王のことを。それを打ち倒す為に、古代人達はアミュレットを作り出したのだ。


 15年前。この世界に魔王が現れた際。サザンファム軍は魔王1人に惨敗した。戦闘の途中で姿を変えた魔王には一切のダメージを与えられず、兵士達は一方的に蹂躙された。


 そこから15年という歳月を捧げ、サザンファム王家は見つけ出したのだ。時に埋もれた古代人の予言。そして来るべき魔王襲来に備えた「原初のアミュレット」の存在を。



 ──サザンファム城。謁見の間。



 女王がアミュレットを握り締める。両手がボンヤリと光を放ち、彼女の持つ魔力がアミュレットへと注がれる。


「綺麗……」


 その様子をロナがウットリと眺めた。


「通常の魔力の光とは少し違うわね。血統で魔力の質が変わるなんて事例、見たことがないわ」


 ジェラルド達が見つめる中、女王の魔力が眩さを増す。


「ま、眩しくて見ていられないであります……」


「もう少し……です。もう少し待って」


 アゾム女王の額に汗が伝う。その様子が、相当な精神力を使う行為なのだと見てとれた。


 そして。長く続いた光が、突然消える。力を使い果たしたのか、女王の体が崩れ落ちた。


「女王様!」


 ロナが女王へと駆け寄り、アゾム女王の体を支える。


「ロナさん……これを」


 女王が差し出した原初のアミュレット。中央の宝石が、淡い青色に光っていた。入手した時とは違う輝き。ロナは少し怯えた表情でその光を見つめる。


 それは己が魔王より生み出された模造品コピーであるから。そんな自分がアミュレットの光にあたってしまえばどのような影響を受けるのか……この世から消えてしまわないか……それを恐れてのことだった。


「貴方は己の出自を私に話してくれましたね。大丈夫。たとえ貴方が魔より生み出されしものであったとしても、そのアミュレットは危害を及ぼしません。私が保証します」


 女王に諭され恐る恐るアミュレットに触れるロナ。彼女の手に反応したアミュレットは一瞬強い光を放ったが、すぐにその光は消えていった。


「何とも……ない?」


「貴方はこの世界の上で生まれた……原初のアミュレットは、そんな貴方を「この世界の者」と認めたのです」


「僕が、この世界の?」


「ええ。貴方はここに居て良いのです。ほら、後ろを見て」


 アゾム女王が笑う。その慈愛に満ちた微笑みを見ていると、ロナは胸の奥の不安が消えていくような……そんな感覚がした。


 女王がロナの肩を持ち、クルリと回す。ロナの視線の先にパーティの面々がいた。それを見た瞬間、ロナが目を潤ませる。


 自分のことを守ってくれる鎧の騎士、喧嘩はしてもいつも支えてくれる女魔導士、そして……自分の正体を知りながら、ずっと変わらず接してくれていた師匠の姿を。


「貴方のことを思う人がいる。私もその1人。だから心配はいりません。そのアミュレットが暴くのはこの世界の敵・・・・・・だけ。魔王だけなのです」


「……うん」


 女王がロナの手を握る。そして、そのまっすぐな瞳を見つめ、告げる。


「ほら、これを持って貴方の大事な人の元へ」


 ロナはコクリと頷くとジェラルドの元へと走っていく。それを見てからかうエオルとブリジット。その姿は先ほどまで喧嘩をしていたとは思えないほどだった。


「ロナさん。魔王を討ち、どうかこの世界を守ってください。貴方を想う、この世界を……」


 アゾム女王はポツリと呟いた。




◇◇◇


「良かったわねロナ。そのアミュレットが反応しなかったってことは、アンタが人間だってお墨付きを貰ったようなものじゃない?」


「そうなのかな……? 僕は、みんなが僕のことを考えてくれてることがすごく、嬉しいよ」


「ロナ殿……当たり前であります! 自分達は仲間でありますからな!」


「ありがとう。2人とも」


 瞳を潤ませるロナ。ジェラルドはそんな彼女に言いにくいそうに口を開いた。


「次の目的地なんだけどよ。レウスとの約束でゲイル族の隠れ里に行くことになってんだ」


「ゲイル族?」


 ロナが不思議そうに首を傾げる。


「以前サザンファムの書物で調べたの。ゲイル族はね、怒りと共に身体能力が向上する種族。絶滅したと言われる人間の祖となる存在よ。……力と共に瞳が赤く発光するとも記載があったわ」


「瞳が赤く……? それって……」


「ロナ殿のようであります!」


「ロナの身体向上能力はゲイル族のもの。つまり……ロナのオリジナルから引き継いだ能力だ」


 ロナが黙る。ジェラルドが肩に手を置き、その瞳を真っ直ぐ見つめる。


「見たくないなら無理に行かなくてもいいぜ? レウスは俺だけで案内する」


「ううん。そこに行けば分かるかもしれないんだよね。僕のオリジナルのことが……だから、行きたい」



 ロナなりに自分のことを受け入れようとしてるってことか。


 なら、俺から言うことはねぇな。



「……行くか。まずは魔導船に乗らねぇとな!」




―――――――――――

 あとがき。


 ロナのルーツを探るべくゲイル族の隠れ里へと向かいます。しかし、あるトラブルが……?


 次回より新章「魔導船を狙う影」編となります。

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