第76話 戦いの後

「う……」


 ベッドに寝ていたロナが目を覚ます。窓から朝日が差し込み、その眩しさに思わず目を細める。窓の外にはうっすらと陸地が見え、自分達が無事に危機を脱したのだと分かった。


 周囲を見ると、眠っているエオルに、うつむくブリジット……仲間たちが看病をしてくれていたことにロナは感謝した。


「お、目が覚めたか」


 ふと見ると、ベッドの脇にジェラルドが座っていた。


「師匠……魔導船は?」


「心配すんな。全部片付いたぜ。体は動くか? 回復の巻物スクロールで怪我は治ってるはずだけどよ」


 師匠の言葉にロナが自分の体を確かめる。


「うん。何とも無いみたい。だけど……イリスは逃しちゃった。ごめん」


「心配すんな。幹部をたった1人で撤退させるなんて並のことじゃないぜ」


 ロナが立てかけられていたルミノスソードを手に取る。鞘から刀身を引き抜くと、クリスタルの刀身が朝日を反射しキラキラ光る。いつもなら綺麗だと思うロナだが、イリスを倒せなかった悔しさでじわりと涙が浮かぶ。


「泣くなって」


「だってぇ……」


 ボロボロと涙がこぼれ落ちるロナ。ジェラルドはその頭にポンと手を置いた。


「ロナは何が悔しかったんだ?」


連環煌舞れんかんこうぶが正面から破られたんだ……僕の、1番強い技なのに……」


「……」


 ロナが剣を抱きしめる。ザヴィガルの罠に嵌った自分。イリスを逃してしまった自分。強くなったと思っていたのに2度の失敗が彼女を落胆させた。己の力はこんなものだったのかと。修行も、実践経験も、無駄だったのかと。


「ロナ。お前は強い。強くなった。だから気に病むな」


「……イリスに勝てなかったのに?」


「次に勝てばいい。ヴァルガンの時もそうだったろ?」


 己が師匠の隻眼。その瞳は確信しているようだった。次は必ず勝てると。


 ロナは思う。


 目の前の男はそうだったのだ。ずっとそうだった。ジェラルドの強さは恐ろしいまでの執念。


 絶対に諦めず、どんな目に遭おうとも勝利を確信し、勝つ方法を模索する……だから自分も立ち向かえた。どんな敵にも。


「な? 強いぜお前は。それに、もっと強くなれる」


 ジェラルドの隻眼が真っ直ぐに少女を見つめる。


 コクリと頷くロナ。目の前の師匠のようになりたいと、改めて少女は感じた。


「……師匠にはまたいっぱい教えてもらわないといけないね」


 ロナの瞳に炎が灯る。


「あったりまえだろ」


 ジェラルドがニヤリと笑う。確信に満ちた笑み。それを見ているだけでロナは自分にもできるような気がした。



「次は勝てる。俺の弟子なら、必ずな」



 ジェラルドはもう一度言葉にした。




◇◇◇


 接岸した魔道船。船員達が慌ただしく陸地へと降りていく。ロープをつなぎ、陸地へ船を繋ぎ止め、陸地へ板がかけられる。


 ジェラルド達が下船すると、船長のタニヤが彼らを呼び止めた。


「助かったよ。アンタ達のおかげで誰1人減らさずにこちら側まで帰って来れた」


 タニヤと船員達は、イリスの撤退とともに正気を取り戻した。幸い軽傷の者しかおらず、航海にも支障は無かった。


「気にすんな。ちょ〜っと船壊しちまったしよぉ」


「ま、まぁ……その点だけは残念だけどね。甲板の木材ひん曲がってるし」


「ジェラルドの指示で動いただけですので。そのような顔で私を見ないで下さい」


 タニヤがレウスへと擦り寄っていく。


「じゃあ〜兄さんが仮面の下を見せてくれるならぁ許してやっても」

「私は先に降りています」


 魔法によってフワリと浮くレウス。そのまま彼は陸地へと降りていった。


「もう! ま、いいや。アンタ達も気をつけなよ!」



 タニヤと船員に見送られ、ジェラルド達は魔導船を後にした。



◇◇◇


 魔道船から降りたジェラルド達はゲイル族の隠れ里へと向かった。


 森を抜け、谷を進み、4方を岩壁に囲まれた場所までやって来た。


「行き止まりですが? こんな所に一体何があるというのです?」


 疑問符を浮かべるレウス。その肩をジェラルドがポンポンと叩く。


「ま、見てろって」


 ジェラルドが岩壁を触って何かを探す。そして、岩の亀裂におもむろに手を突っ込んだ。


「確か……このあたりに……お、これだ」


 ジェラルドが何かを引くと、先ほどまで周囲を囲んでいた壁全体が光に包まれる。


「すごい。こんな仕掛けがあるなんて……」


 ロナがその瞳を大きく見開く。サザンファムのような光る壁。しかし壁全体が光るその姿は、幻想的な雰囲気を感じさせた。


「転移魔法が仕掛けられてるのさ。この先がゲイル族の里だ」


「先に行っていますよ」


 レウスが躊躇いもなく光壁──移動魔法の中へと入って行く。


「あ! もう! 協調性の無い魔導士ね!」


「エオル殿も協調性無い方であります」


「私はたまにでしょ!」


 言い合いしながら入っていくエオルとブリジット。残されたのは少女と眼帯の男だけ。先ほどまでにぎやかだった谷間に静寂が訪れる。


「ちょ、ちょっと待ってね。心の準備を……」


 ロナが何度も深呼吸する。自分のルーツへ出会うこと。それが彼女の体を強張らせていた。


「待ってるぜ。ずっとな」


 ジェラルドの言葉に、少女は頬を赤らめる。


「はぁ〜」


 大きく息を吐いたロナが自分の顔をパンと叩く。



「行こう。師匠」



 師弟は、光の壁の中へと踏み出した——。




―――――――――――

 あとがき。


 次回より「ゲイル族の里編」をお送り致します。ロナのルーツ、そしてレウス。この物語の根幹に関わる重要エピソードです。どうぞお見逃しなく。

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