第57話 ブリジット、決める。

 「オオオオオオォォォ!!」


 突撃するファントムフェイス。ブリジットはミオをかばい木の影へと飛び込んだ。


「ジェラルド殿の言っていたファントムフェイスであります!」


「な、なんなのそれ……聞いたこともないモンスターだわ……」


 ブルブルと震えるミオをかばいながらブリジットは必死に考える。



 あの速度……ミオ殿の足では逃げきれない。ジブンが倒すしか、ないか。



 ジェラルド殿の話では、確か実態が無い敵だったはず。ヤツの弱点となるアイテムはジブンは持っていないし、魔法も使えない。



 どうする? どうしたら……。


 ふと見ると怯えるミオの顔があった。


 ひどく震えている。このままじゃ逃げることもできない。


 こんな時ロナ殿だったら……。



「大丈夫でありますミオ殿。ミオ殿を森の奥まで導いたのはジブンの責任。必ず何とかするでありますよ」



 鎧の女騎士は心配させないように微笑んだ。それは、彼女がいつも見ていたロナの姿を真似したもの。いつも他人を気遣い、周囲を励ますその姿。それを真似るだけで自分も勇気が湧くような気がした。


「後ろに下がっているであります! ジブンが命に変えてもミオ殿をお守りするであります!」


「鎧さん……」


「早く!!」


 ブリジットの危機迫る声にミオが離れた木の側へと走って行く。それを横目で確認してからブリジットは雄叫びを上げた。



「ジブンは魔導騎士ブリジット!! 古代より生ける最強・・の鎧騎士!! 貴様如き怨霊では決して討ち取ることはできぬであります!!!」



 ジェラルドを真似てハッタリをかます。大仰な言い回しだが、自分自身も鼓舞しているような感覚。ブリジットの恐怖心が消えていく。


 危機迫るブリジットの叫びに僅かにたじろいだファントムフェイス。その隙を見逃さず、ブリジットはその懐へ飛び込んだ。



崩壊打ほうかいだ!!」



 横回転を加え放たれる斧スキル。それがファントムフェイスへ直撃し──。


「無駄ダ」


 すぅっと姿を消す怨霊。半透明となったその体をブリジットの大斧がすり抜けてしまう。


「く──っ!?」


 やはり。物理攻撃は無意味か。


「ハハ。死ねェ!!」


 ファントムフェイスがブリジットの腕へと喰らい付き、木々へと叩きつける。


「がはっ!?」


 バキバキという音と共に木々が投げ倒され、ブリジットの鎧が歪む。心が折れそうな中、ブリジットが己を奮い立たせる。



 よく見ろ。よく観察しろ。エオル殿が真竜へ立ち向かった時はもっと怖かったはずだ。それでも彼女は目を背けなかった。だから、観察しろブリジット。



 投げ飛ばされながらブリジットがファントムフェイスの姿を観察する。



 目はギョロギョロと動き、その口はギリギリとブリジットの鎧を噛み締める。反対の腕で顔面を殴り飛ばそうとすると、スルリと怨霊の顔が消え、空中へと放り出された。


「うわっ!?」


 空中で浮かんだブリジットに再び巨大な顔が迫る。反撃を試みようと無茶苦茶に斧を振り回すと、攻撃直前のファントムフェイスが姿を消した。


 地面へ激突するブリジット。受け身を取れず、彼女はその口から血を吐き出した。


「鎧さん!!」


「来るな!!」


 よろよろと立ち上がりながらブリジットは思考を回す。先ほどの光景を思い出す。



 アイツ。他の雑魚アンデットと同じで攻撃の瞬間だけ実体化している。だけどあの眼だ。あの両眼の感知能力が段違いに高いんだ。


 どうにかしてあれを無力化できれば……ジブンにできること……何か……。



 額に生暖かい感触が伝わる。その不快感を手で拭う。手のひらを見つめると真っ赤な液体が手を染めていた。



 くそ。これが血か。流れ過ぎると動けなくなるとも聞いた。人間は不便だな。



 ……。


 待てよ。



 今のジブン・・・・・だからこそできることがあるんじゃないか?



「喰らってやル!!!」


 大口を開けて迫り来るファントムフェイス。それを地面へ飛び込み紙一重で避ける。顔を上げると生い茂る木々。それを見たブリジットはあるアイデアを思い付いた。



 とにかく身を隠さないと……。



 ブリジットはファントムフェイスに背を向け全力で走り出す。



「ハハハ!! 逃げても無駄ダ!!」



 巨大な顔が迫る。ブリジットがその視覚から逃げるように木々の間をすり抜ける。



「はぁ……はぁ……」



 走る。


 走る。


 走る走る走る。



 走り続けて、ファントムフェイスが視界から消えた瞬間、ブリジットは近くの茂みへと飛び込んだ。




◇◇◇



「どこダ。貴様の肉体を拘束し、魂を喰らってヤロウ」


 森の中を巨大な顔が進んでいく。ブリジットを探しながらその両眼に全ての意識を集中させて。


「いヤ、下半身からボリボリと噛み砕いてやるのも良いかもしれヌ。ハハ。苦しみもがく方が魂もずっと味が良くなるだろウ」



 森を進むと、が点々と木々の奥に続いているのに気が付いた。



 その血に沿って視線を動かすとその先にギラリと鈍い光が見える。よく目を凝らすと、鎧騎士のヘルムが木の影に見えた。



「バカめ。あれで隠れタつもりカ」



 ファントムがバカリと口を開く。


 そして、狙いを定め……。


 突撃する。



「死ねえええええええエエエエ!!」



 そのままブリジットへと食らい付く。


 ファントムフェイスが実体化して攻撃したその刹那。



 木の上から人影が飛び降りる。薄い布地の服に包まれた女──人となった・・・・・ブリジットが大斧を構えながら。



「ナニぃ!?」


頭蓋割ずがいわり! であります!!」


 ブリジットの全体重をのせた一撃がファントムフェイスの両眼に深い傷を刻みこむ。



「ぐぎゃああああアアアア!?」



 眼球を傷つけられ、めちゃくちゃに暴れ回るファントムフェイス。ブリジットは再び全体重を乗せた一撃を放った。



崩壊打ほうかいだ!!」



「グギっ!?」


 横回転を加えた重い一撃がファントムフェイスに直撃死、巨大な怨霊を木々へ叩きつける。


「うおおおおおおお!!」


 隙を見逃さず、ブリジットが斧を叩きつける。



 幾度も。



 幾度も。




「あ、あ、あああアアア……」



「消えろ!!」



 森に響く轟音。ファントムフェイスは光となって消え去った。




◇◇◇


 ファントムフェイスを倒したブリジットはミオを連れて森の最新部へと到達した。


 しかし……。


「何も、ないであります」


 そこにあったのはただの石碑だけ。2人が石碑を除き込むとボワリと青い文字が浮かび上がった。


「青い字? 確かエオル殿が青い文字は魔法の証と言っていたであります。ええと……『願いは既に叶えられている』どういう意味でありますか?」



「……そっか。そういうことか」


 ミオが石碑とブリジットを交互に見つめる。


「ミオ殿?」


「ねぇ。私の言ったこと、答えは決まった? 鎧さん」


 ミオの言葉……パーティを抜け、ミオと共に村で暮らそうというもの。



「答えで、ありますか?」



 その答えは、ブリジットの中で既に決まっていた。


「先ほどの戦いで分かったであります。ジブンは今の仲間達が好きなのであります。ジブンは決めることが苦手でありますが……あのパーティにいたい。それだけは間違いなくジブンの意思であります」



「……分かったわ」



 ミオがブリジットの言葉を受け入れた瞬間。


 騎士の姿は再びに戻っていた。


「あ、あれ? 体が……元の鎧に戻ったであります」


「鎧さんがなっていた人は……ノアお姉ちゃんなの」


「ノア殿に……?」


「うん。あの顔、見覚えがあって当然よね。うっすらしか覚えてなくても、私のお姉ちゃんなんだから……」


 話しながら、ミオが子供の姿へと戻っていく。


 ミオの声が子供に戻る。


「ここの森はね、強く望んで入った人に一生に一度の不思議な体験をさせてくれるの。それが、この森にかけられた魔法。今回は私の願いだけ・・を聞いてくれたみたい」


「ミオ殿だけの?」


「うん。この森は鎧さんを私のお姉ちゃんの姿にしたんだよ。私の願いは『お姉ちゃんをひと目見たい』だったから」


「そんな……そんなの願いを叶えたことには」


「いいの。私は……嬉しかったから」


 ミオが涙をにじませる。


「ありがとう鎧のお姉ちゃん。私、お姉ちゃんに会えて、守って貰えて嬉しかったよ。それとごめんね。いっぱい……困らせて」


 泣き出しそうな少女を励まそうとブリジットがブンブンと首を振る。


「ジブンもあんな言葉をかけられて嬉しかったでありますよ」


 ブリジットの言葉にミオが微笑む。2人は、手を繋いで森を後にした。



◇◇◇


「と、いうことがあったであります」


「マジかよ。ブリジットが1人でファントムフェイスを倒しちまうとはな」


 宿屋に戻ったブリジットは起きた出来事を仲間達に告げた。


「ははは……そのおかげで鎧はボロボロでありますが……」


 ブリジットが申し訳なさそうに戦いで負傷した鎧を見せる。


「回復魔法で回復はできるからな。治り切らなかった箇所は鎧職人に直してもらおうぜ」


 ジェラルドがブリジットの肩を叩く。


「お、怒らないでありますか? ジブンが勝手に森に行ったこと」


「ん? ん〜どっちかっていうと、ブリジットが無事に帰って来た方が嬉しいかな、俺は」


 そんなことを言うジェラルドを横目に、ロナがブリジットへと耳打ちする。


「師匠ね、さっきまで必死になってブリジットのこと探してたんだよ? 森に行ってないかずっと気にしてさ」


「おいロナ。何を内緒話してんだ?」


「なんでもないよ〜」


 相当気になったのか、ジェラルドが何度もロナに尋ねる。その様子を見てエオルがため息を吐いた。


「仲の良い師弟ねぇ……じゃ、行きましょうか」


「行くってどこへでありますか?」


「決まってるでしょ? 回復魔導士と鎧職人の所よ。そのままだと大変でしょ?」


 付き添いが当然といった様子のエオル。その姿に鎧騎士がその両眼の光を潤ませる。


「何言ってんだよ。俺も行くぜ」

「僕も!」


 結局、全員で宿を出た。



 ブリジットは思う。やはり自分は彼らといるのが好きなのだと。




―――――――――――

 あとがき。


 無事に仲間の元へ戻れたブリジット。次回はいよいよ長編の新章に入ります。

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