第56話 ずっと先の森

「こ、これが……ジブン……?」


 水面に映った女性の顔をペタペタと触るブリジット。その感触は紛れもない人間のそれであった。


「ちょ、ちょっと中身も……」


 恐る恐る鎧を脱いでいく。そこには、薄い布を纏った女性の体があった。艶かしい体つきは、エオルよりも僅かに年上に見える。


「すごい。人間になっているであります」


「それが鎧さんの願いなのね。人間になりたかったの?」


 人間に? ううん……考えたこともないでありますが……。


「よく分からないであります」


 ブリジットは鎧を着ていないと落ち着かないと感じ、再び全身に鎧をまとった。


「でも、その顔……」


 ミオがブリジットのヘルムを覗き込み、その頬を触る。その感触の不思議さに思わず笑ってしまう。ブリジットにはそのくすぐったい感覚すらも新鮮であった。


「ふひははひはは! 止めるであります! くすぐったいでありますぅ!」


 馬鹿笑いするブリジット。その様子にミオが首を傾げる。


「……まあいいわ。早く先に進みましょう?」


 ミオに連れられ、ブリジットはさらに森の奥へ奥へと進んで行った。




◇◇◇


「ニンゲンンンンン!!」


 白い人型の影──幽霊モンスター『ファントムトーカー』がブリジットへ襲いかかる。彼女は両腕で幽霊の攻撃を受け止めると、その首筋をガシリと掴んだ。


「コイツ……! 攻撃の瞬間は実体化するであります!」


 ブリジットが力任せにファントムトーカーを大地へと叩きつける。


「ガッ!?」


 上空へ飛び上がり、クルリと縦回転すると斧スキルを放つ。


「頭蓋割り!」


「お、お……オオオオオオオ!?」


 不穏な雄叫びと共に幽霊モンスターが消滅する。


 森の奥へと進むに合わせてモンスターも強くなる。戦闘もすんなりとは行かなくなって来た。


 斧を大地へと突き刺し、ブリジットがその場にしゃがみ込む。戦闘が終わったことを確認してミオが木の影から駆け寄って来る。


 休息を挟みつつ奥へと進んで来たが、既に疲労がピークとなっていた。


「はぁ……人間の体というものは随分不便であります。鎧のままなら滅多なことで疲れないのに……」


「仕方ないわ。ほらこれ。村から持って来たの」


 ミオがブリジットへ体力スタミナ回復のポーションを渡す。薬品を一気に飲み干すと、ブリジットが顔をしかめた。


「こんなまずいものを飲めるなんてジェラルド殿の味覚はどうにかなっているでありますか……」


「ジェラルド? 鎧さんの仲間?」


「そうであります。パーティメンバーであります」


「鎧さんって不思議な人ね。鎧なのに動けるし、その割に仲間は全員人間だし」



 全員ではないのでありますがなぁ……。



「さっきも村で置いてけぼりになってたし、いじめられているの?」


 ミオが心配そうな顔をする。その勘違いをブリジットは笑って否定した。


「いじめなんて無いでありますよ。あれはジブンがボーっとしてたから置いてけぼりになっただけであります。いっつもジブンは誰かに決めて貰っておりますから」


 でもそれってなんでだろう? ジブンはどう思っているんだろう?


 ブリジットの中で「指示に従う」ということへの疑問が浮かぶ。それは鎧騎士が人間となっているから浮かんだものなのか、それとも元から持っていたものなのか、ブリジットには判断がつかなかった。


「そうなんだ……全部決められてるなんてかわいそう」


「え、あ、いや……ジブンは、別に……」


 人に決めて貰っているということを「かわいそう」と言われ、ブリジットの胸がズキリと痛む。



「あのさ、私とあの村で暮らさない? 働きながらだったらパパもママも文句言わないと思うの」



「なぜ、そのようなことを」


 ブリジットが戸惑う。ジェラルド達以外に自分を気遣ってくれる者と出会うのが初めてだったから。


「分からない。でも、今の鎧さんを見ていたら、危険な目に合わせたくなくて……」


「で、でも自分には魔王を倒すという使命が……」


「仲間に任せておけばいいんじゃない? わざわざ鎧さんが傷付かなくても」


「ジブンには他にも魔導騎士の仲間達を魔王軍から取り戻すという使命もあるで、あります」


「鎧さんのパーティの人達は鎧さんが抜けたくらいで、その騎士達を助けてくれないような人達なの?」


「うっ……」


「ね? 鎧さんが辛い目に遭う必要なんてないんだよ? 嫌だったら嫌だって言っても……」



「ジブンは……ジブンは……」



 ブリジットが頭を抑えていると、森の奥から低い声が聞こえた。


「な、何? この声……?」


 ミオがキョロキョロと辺りを見回す。すると。森の奥の暗がりに目玉が二つ。現れた。



「鎧さん! あ、あれっ!?」

「目玉……でありますか?」



 目玉の周辺に白いモヤがかかっていく…そして、巨大な「顔」になると、その存在が雄叫びを上げる……。


 巨大な顔。顔しか無い・・・・・モンスターが。



「オオオオオオぉぉぉォオオオオオ!!」



 あれは……。


 ブリジットはそのモンスターのことを聞いたことがあった。以前ジェラルド達が戦ったというボスモンスター。彼らがある館を訪れた際に、その地域に存在しないモンスターがいたと。


 本来であれば、ずっと先の森・・・・・・に生息する存在だと。



「あれがファントムフェイス……でありますか」



 まさか……この願いの森がジェラルド殿の言っていたずっと先の森・・・・・・だったなんて……。



「オオオオオオォォォオォォォ!!」



 ファントムフェイスは雄叫びを上げながらブリジット達へと突撃した──。




―――――――――――

 あとがき。


 まさかのファントムフェイス別個体出現。ブリジットはたった1人でどう戦うのか……次回もお見逃しなく。

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