願いの森編

第55話 ブリジット、ついて行く

 サザンファムを出て1週間。ボルティア地方を目指す途中でジェラルド達はゴウランの村を訪れていた。


 こども達が走り回るのどかな村。その入り口でジェラルドが立ち止まった。


「俺はアイテムの補充に行ってくるぜ」


「それなら私は宿屋を押さえて来るわ。早く休みたいし」


 村に入る直前にコボルトの大群と遭遇したジェラルド達。その状況をエオルの烈火魔法フレイバーストで脱したのだ。しかし、魔法を連続で使った影響でエオルはかなり消耗していた。


「あんまり高い部屋取らないでよ? お金節約しなきゃ」


「分かってるわよロナ」


 そうは言うもののどことなく残念そうなエオル。彼女は杖をつきながら宿屋の方へと向かって行った。


「ロナとブリジットは自由行動でいいぜ」


「じゃあ修行して来ようかなぁ」


 村の外に行こうとするロナの手をジェラルドが掴む。


「え……? どどどうししたのの師匠?」


 突然のことにオロオロするロナ。彼女にジェラルドは諭すように言った。



「この先の森にはめんどくせえヤツがいる。やめとけ」



「う、うん……なら師匠について行ってもいい?」


「ああいいぜ」


 アイテムショップに向かうジェラルドと、照れ臭そうにそれについて行くロナ。


 その様子をブリジットはボーっと眺めていた。



「……はっ!?」



 ブリジットが突然頭を抱え、慌て始める。


「完全に出遅れたであります!? ボーとしてよく聞いてなかったであります! なぜ誰も自分に指示をくれないのでありますかぁ!?」


 ブリジットは常に誰かの指示を聞くことで行動していた。仲間になって以降ずっと。それ故に「自由にしていい」と言われると、途端に何をして良いのか分からなくなってしまうのだ。


 戦闘や危機的状況であれば「敵を倒す」ことや「人を救う」という目的により自分で考えることができるブリジット。しかし、それが無いと全く頭の中が働かない。それがこの鎧騎士の性格であった。


「誰かぁ……自分はどうしたら良いでありますか……何もしていないと落ち着かないでありますぅ……」


 鎧騎士が村の入り口で塞ぎ込んでいると、脚元をコツコツと叩かれる感触がする。


「ん?」


 ブリジットが下を見ると、7〜8歳ほどの幼い少女がブリジットのことを見上げていた。


「ねぇ。鎧さん。あなた冒険者?」


「そうでありますよ。自分は勇者ロナ殿のパーティメンバーであります」



「やっぱり。強そうに見えたもん。ねぇミオのお願い聞いてくれる?」



 「お願い」と聞いて不安に満たされていたブリジットの気分が高揚こうようする。


「お願いでありますか!? 何でも聞くであります! 草刈りでも、犬の世話でも何でもやる・・・・・であります!」


 ブリジットは軽い気持ちで「何でもやる」と言った。その言葉を聞いたミオという少女が顔をパッと明るくさせる。


 彼女が、無垢な笑顔でブリジットを見つめた。


願いの森・・・・の1番奥に行きたいの! ついて来て!」


「願いの森……?」


「こっちこっち!」


 ミオがブリジットの手をグイグイと引っ張っていく。


「あ。ちょっ!? 仲間に言わないと……!?」


「夜になる前に行きたいの! 早くついて来て!」


 ブリジットは、少女に手を引かれ村の外へと出て行ってしまった。




◇◇◇


 連れて来られた森は変わった木々であふれていた。エメラルド色の半透明な葉はキラキラと輝き、日の光に当てられ輝きを放つ。その光一つ一つが鬱蒼うっそうしげる暗い森の中を照らしていた。


「なんでありますかこの森は……?」


「ここはね、入った者の願いを見せてくれる森なの。奥に行くほど強い願いを見せてくれる……1番奥でね、死んじゃったノアお姉ちゃんに会いたいの」


「ノアお姉ちゃん? 家族でありますか?」


 コクリと頷く少女。


「私が物心つく前に死んじゃって……」


 ブリジットの脳裏に己を作ったマスターのことが浮かぶ。


「でもね、ずっと覚えてるの。お姉ちゃんに抱っこして貰ったり、優しくされてたこと……だから、どんな人だったのかこの目で確かめたくて……」


 涙を浮かべるミオ。その顔を見た瞬間、胸が締め付けられるような思いがした。


「自分も大切な人を亡くした身。ミオ殿のお手伝いをするでありますよ!」


「ありがとう」


 涙を流しながら感謝するミオを見て、ブリジットはその両眼の光を細めた。



 ……。



 …



崩壊打ほうかいだ!」


「ブギュッ!?」


 ぎ払われた大斧でスライムが木っ端微塵になる。さほど強いモンスターはいない森だったが、数が多い。子供のミオ1人では奥までは辿り着けないだろうということはブリジットにも分かった。


「鎧さんすごーい!」


 ミオがはしゃぐ、その様子にブリジットが照れ臭さそうにヘルムを掻く。


「なはは……この程度のモンスターならジブン1人で何とかなるでありますな!」


「見て! 景色が変わってきたよ」 


 ミオが指した方向を見る。いつの間にかエメラルドグリーンの木々は、うっすらと青色の葉を生やした木へと変わり、日光が差し込む森の中は青い光で満たされていた。


「随分変わりましたな。まるで水の中みたいな……不思議な感覚であります」


「ここから訪れた者の願いが具現化される場所よ。「願い」が現れるから、戸惑わないでね」


 突然。ミオの声が妙に大人っぽくなる。


「ミオ殿……?」


 横を見たブリジットが大きく目を見開く。先ほどまで幼い少女だったミオが……エオルと変わらないほどの年齢の女性へと成長していた。


「みみみみみミオ殿!? その姿は!?」


「ふふ。これも私の願いの1つ。子供はみんな早く大人になりたいって思うでしょ? それよ。それに合わせて思考も大人になっているの」


「すごいであります! 本当に願いが叶うなんて!」


「叶っている訳ではないよ。見せてもらっているだけ。この森から出たら元の子供に戻ると聞いてるわ。貴方もよく自分の姿を見てみたら?」


 姿?


 不思議に思ったブリジットが近くの池を覗き込む。穏やかな水面が鏡のようにブリジットの姿を写し出す。


「……!?」


 そこに写っていたのは、鎧を身にまとった女騎士・・・の姿だった。恐る恐るヘルムを外してみるブリジット。そこから現れる女性の顔。


 後ろで一つに束ねた長い金髪。青色の瞳……。



「なんじゃあこりゃあああああああああ!? であります!?」



 ブリジットは、若い女・・・になっていた。




―――――――――――

 あとがき。


 人間になってしまったブリジット。次回、そんな彼女の元にある強敵が……?


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