第69話 大切なもの

「はぁ……流石にキッツかったなぁ……」


 ザヴィガルを倒したジェラルドがその場にしゃがみ込む。身代わりになる「反魂の眼帯」を無くしたジェラルドにとって、攻撃の直撃は即死を意味した。己の意思で発動できる「運命の眼帯」とは精神の消耗は段違い……それを改めて思い知ったのだ。


「早くロナ達を……っ!」


 ヨロヨロと立ち上がるジェラルド。彼が魔法障壁の元へ行くと、レウスが手をかざし魔力を流し込んでいた。


「どうだ?」


「時間はかかりましたが障壁を魔力を流し込み障壁の構成を反転せました。これで……解除できるはず」


 魔法障壁が音もなく消えていく。障壁が消えるとロナが申し訳なさそうにジェラルドへと歩み寄った。


 普段ならすぐ抱き付いて来るロナ。そんな彼女が俯く姿に、ジェラルドの胸の奥がズキリと痛む。


 それは、一度逃走しなければならなかった己の弱さへの怒り。ロナにこんな顔をさせてしまったことへの不甲斐無さから来ていた物だった。



「ごめんなさい……あの時、僕が先走っちゃったから」



「気にすんなよ。全員無事か?」


「なんともなかったわ。流石にベッドで寝たいけどね」


 エオルが杖を両手で持ち、大きく伸びをする。その様子が、障壁の中で窮屈な思いをしていたのだと感じさせた。


 袖を何かが引っ張っているような感覚がする。ジェラルドが横を見ると、ブリジットが耳打ちして来た。


「ロナ殿、かなり疲れているであります。気にしてあげて欲しいであります。ジブン達をずっと不安にさせまいと気を張っておりましたから」


「……分かった」


 ジェラルドがロナの前へとしゃがみ込む。少女の瞳を見つめ、言葉をかける。


「大丈夫か?」


「……僕が油断したから」


 肩を落とすロナ。なんとか彼女を励まそうと、ジェラルドは言葉を選ぶ。


「お前が油断した訳じゃねぇ。ザヴィガルが周到だっただけだ。だけどよ、お前は諦めてなかったんだろ?」


 ロナの肩からエオルがニュッと顔を出す。


「アイツ私達を連れてくつもりだったみたいだしぃ? 障壁解除されたら即戦闘できるようしてたの。ね? ロナ?」


「う、うん……」


「じゃ、失敗じゃねぇな」


 彼は少年のような笑みを浮かべた。己を責める気持ちを隠しながら。



「俺はロナが無事だっただけで嬉しいぜ?」



「何よその反応? 私達は心配じゃなかった訳ぇ?」


 ニヤニヤ笑うエオル。ブリジットもその言葉に吹き出してしまう。


「そういう意味じゃねぇっての!」


 ジェラルドはその顔を真っ赤にさせた。



 俺は、単純に仲間のことを心配してだなぁ……。



「師匠」


 ロナに呼ばれ、彼女の顔を見る。その顔に思わず息が止まる。



「ごめ、ごめんな、さい。でも、ありがとう……助けてくれて」



 瞳から溢れ落ちる涙。その涙からは悲しみだけではなく、不安や、自分自身への憤り。それと……喜びの感情も感じさせた。



 ロナが何度も涙を拭う。しかし、とめどなく溢れる涙は彼女の頬を濡らし続ける。



「反省しなきゃいけないけど、師匠が必死になって助けてくれたことも、その、嬉しくて」



 様々な感情が入り混じった顔。自分が歳を重ねる中で失った顔。目の前の少女は、純粋な少女だがらこそできる顔……ジェラルドはそう、感じた。


 ジェラルドが顔を背ける。思わず目頭が熱くなるのを隠す為に。



「へへっ。待たせちまったからな。気にすんな」



 彼は、彼女を抱きしめる代わりにその頭をポンポンと撫でた。そこで初めて彼は、ザヴィガルに対して怒りを抱いていたことに気が付いたから。


 ヤツがジェラルドからロナを奪ったから。


 ロナのことを考えるだけで、己の死の恐怖を一切感じなかった。ただ必死に、彼女を救う為だけに動いていた。


 それほどまでに、彼女の存在はジェラルドの中で大きな物となっていた。



「はっ!? 早くパルガス達を助けてやんねぇと! アイツら囮になってくれてるんだった!」


「早く助けに行くであります!」

「それじゃあ〜私の魔法でチャチャっと助けてあげますか」

「余裕ぶってないで早く行くよエオル!」


 慌てたジェラルドが急いで部屋に散らばった装備をかき集める。それをロナ達が手伝い、ガヤガヤと騒ぎながら部屋を出て行った。



 ……。



 ただ1人。



 レウスだけが、部屋に残る。



「周到に準備し、罠まで張ってなお……何も出来ずに死んでいったザヴィガル。愚かな男だ」


 地面に刺さった大剣を見つめるレウス。彼は問いかけるように呟いた。


「何の為に生きていたのだお前は? 何を苦しんでいた? 私には、理解できないな」


 その仮面から漏れた声には、僅かに侮蔑ぶべつの感情が含まれていた。



―――――――――――

 あとがき。


 ここまでお読み頂きましてありがとうございます。これにて「原初のアミュレット編」完結です。しかし、彼らに近付くレウスこと魔王軍知将シリウスを加えて旅は続きます……シリウスの目的は一体何なのか? 引き続きこの後もお楽しみ頂ければ幸いです。



 少しでも楽しんでいただけた方、先が気になるという方は☆や作品フォローを入れて頂けると、とても励みになります。どうぞよろしくお願いします。

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