サザンファム編エピローグ

第52話 ロナの想い

 深夜。


 サザンファム地下王国。宿屋。


 1人部屋で眠っていたジェラルドは、寝返りを打とうとして何かにぶつかった。


 なんだ? 布団の中に何か……。



「んん?」



 招待を突き止めようと、手でその何かをまさぐる。触っていると、柔らかい感触が手のひらに伝わる。


「ふふ、ひひひ……」


 声が聞こえる。笑い声のような……。


「ひひひははは……」


「なんだこりゃ?」


 ペタペタとそれ・・を触って上へと上がって行く。すると、柔らかな感触だったものが、サラリとした滑らかな感触に変わった。



「んっ……はぁ……」



 笑い声が……安堵のような、熱を帯びた声に変わる。


このサラサラした感じ、知ってるぞ……。


 寝ぼけた頭で、ジェラルドが必死に思考を回す。


 これ、この感じは……撫でた時の感じだ。


 撫でた? 何を?


 ……。


 ジェラルドの脳裏に「撫でる」という行為の記憶が蘇る。そして、その答えに辿り着く。



「この感じ……なんだ、ロナかよ」



「そうだよ」



 少女の声で返答が聞こえる。少し艶っぽい声。


 ……ん? ロナ達は3人部屋で寝てたはずだよな? 確かエオルが「せっかく宿屋に来たのにレディがジェラルドと一緒に寝られるはずないでしょ!」とか言って。それで……ブリジットも女扱いになって……。



 ジェラルドの目が急激に覚め、ベッドから飛び起きた。


「ロナ!? なんで俺の部屋にいるんだよ!?」


 ベッドの上の少女は肌着だけで座り込んでいた。旅の最中ではあり得ぬ姿。ジェラルドは思わず顔を背けた。


「お、お前……なんだよその格好……!?」


 ロナが不思議そうに首を傾げる。


「え? ダメだった? せっかく宿屋だから楽な格好にしたんだけど」


「い、いやそうじゃなくてよ……ほら、風邪引くといけない、しな」


「砂漠の地下にある国だよ? こんなにあったかいのに?」


「そ、そもそもだな。砂漠の地下には日光が届かないから」


「でもあったかいよ?」


「え、あ、いや……そうか、そうかもな」


 ジェラルドは自分でも何を言っているのか分からなくなった。


「それより、なんで俺の部屋にいるんだよ」


「だって……くっつきたかったから……」


 ロナがジェラルドに体を寄せる。


「お、おい」


「ダメ? 昼間は僕のこと大事って言ってたよ?」


「それは……そうだけどよ……」


 ジェラルドの首筋に伝わる彼女の呼吸。


「師匠のこと考えると、なんだか胸の奥がすごく熱くなって……どうしていいか分からないの」


 ロナがジェラルドの背中に手を回す。その潤んだ瞳、彼の隻眼を覗き込む。


「今日の言葉嬉しいかったよ? 涙が出るくらい」


「お、おう……」


「でも、この気持ちが言葉にできないの」


 赤く上気した顔にトロンとした瞳。その顔を見ていると、ジェラルドは複雑な心境になった。


 ……。


 ロナに、恋愛感情とか、親愛とか教えてくれる家族はいなかったもんな……当然か。



 でも俺は……どうなんだよ。


 なんでこんなに大事なんだ?


 ジェラルドは1人になった時に感じたロナの存在の大きさを思い出した。


「ねぇ師匠……ギュッてして? そうしたら僕のこの感じ、収まるかも……」


 今にも泣き出しそうな少女。その姿に、ジェラルドは……。


 ……考えても分からない、か。


 そっと彼女を抱きしめた。


「あ……」


 ロナの体は、一瞬震えるように強張ったが、やがて安心したように力が抜けていく。


 薄い布越しに彼女の肌の感触が伝わる。


 しかし、ジェラルドはそれを意識しないように深呼吸した。



「ロナ。お前はまだ色んなことが分かってねぇ」


「うん……うん」


 ロナの瞳から涙が溢れ落ちる。ジェラルドを抱きしめるその手に力がこもる。


「俺はな。お前がよく分かっていないままどうにかしちまうのは嫌なんだ。お前のことが、何より大切だからな」


「師匠……僕も、一緒。師匠のことが、大事なの。師匠がいてくれたら、人じゃない僕もここにいていいって思えたの」


「落ち着いたら、ゆっくり考えようぜ。お前がどんな風に思ってるのか……どんな答えでも、俺は受け止める。どんな形でも俺はお前の側を離れねぇ。あの約束は、そういう言葉だ」


「うん」


「俺もな、分かんなぇけど……ロナにいてほしいってことだけは間違いないぜ」


「ふふ」


 彼女への言葉ではあったが、それはジェラルド自身への言葉でもあった。


 そうだ。


 「こうじゃなきゃいけない」なんて決め付けでしかない。俺とロナの関係を型にはめる必要なんてねぇ。


 どんな形だっていいんだ。


 俺はただ、ロナが望む関係でありたい。それだけだ。


「もっと……もっとギュッてして、師匠」


 ジェラルドがロナを抱き締める手に力を込める。腕の中の彼女は安堵したような表情で……。




「ジェラルド起きてる? ちょっと話が……」



 突然、エオルが扉を開けた。



「は?」



 その目の前には、抱き合う少女と眼帯の男。



 ビシリと固まるエオル。



「え、あ、違うぜ! これは、その、そういうのじゃなくてだな!」


そういうの・・・・・ってなあに?」


「ロナ! お前はまだ知らなくて良い事だ!」



「はあああああああ!? 何やってんのアンタ達!? ハレンチはれんち破廉恥!!」



「ちょ! うるせぇ!! まずは話聞けっておい!」



「信じられない!! アンタだけはロナにそんなことしないと思ってたのに!!」



「いや!! 違うって! お前の考えは当たってるっての!! 俺はそんなことしねぇ! その、まだ……あ、いや」



「まだぁ!? 何それ聞き捨てならないわねぇ!! そういうことするって魂胆はある訳ね!?」 



「そういうことってなんなのさエオル?」


「ろ、ロナはまだ知らなくていいの!!」



「違うんだって……俺は本当に」



「さっきからうるさいであります! 何を騒いでるでありますか!?」



「ブ、ブリジット!! 見なさいよこれ! ジェラルドが! ロナが!!」



「ん、んんん……?」



 ブリジットがベッドの上の2人を見る。



「事後でありますな! いでっ!?」



 エオルがブリジットのヘルムをぶん殴る。



「アンタ何言ってる訳!? ロナがいるのよ!?」



「す、すまんであります……」


「ねぇねぇ! 事後って何!?」



「ロナ殿はまだ知らなくて良いであります!」



「もう!! なんなのさ!! みんな隠してばっかりで!!」


「ちょっ、ロナ! 落ち着けって!」


「師匠も師匠だよ! ちゃんと最後まで教えてよ!」



「やめろおおおお!! そういう言い回しをするんじゃあねえええええぇぇ!!」



 この後、エオル達に分かって貰うまで数時間かかった。



―――――――――――

 あとがき。


 サザンファム編エピローグになります。この後2話ほど続きます。


また、本日1/3は19:03話にもう1話投稿予定です。エオル回となります。どうぞお見逃し無く。

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