第51話 言葉

 アゾム女王に頼まれ、ジェラルド達はサザンファム地下王国へ数日滞在することになり、夜までの時間を滞在の準備に費やした。


 しかし、ロナだけがぼんやりと過ごす。エオルやブリジットが何度も声をかけたもののその様子に変化は訪れず、結局、ロナは1人になりたいという理由で街外れの公園へと向かってしまった。




「ジェラルド」



 エオルがアイテムショップに向かおうとするジェラルドを呼び止める。


「ロナの様子がずっとおかしいでしょ? アンタからも何か言ってあげてくれない?」


「……そうだよな」


 とは言うものの……ロナになんて言葉をかけてやりゃいいんだ。


 俺が元から知っていた……なんて言ったら余計にショックを与えちまうかもしれねぇ。


 俺がもっと早く言っておけば……いや、悩んでも仕方ねぇか。ロナが魔族だなんて、ショック与えずに伝える自信もねぇしな。


 ジェラルドは自分の感情に戸惑いを持っていた。


 自分がその事をロナへ伝えなくて良かったというずるい安堵。それともう1つ、ロナの心中を察すると胸が引き裂かれるほどの悲しみ。


 相反する2つの感情が彼の中で巻き起こる。


「ほら、アンタならなんとかできるかもしれないでしょ?」


 エオルがジェラルドの背中を叩く。


「……アイツは俺の弟子だしな。話してみるぜ」


 


◇◇◇



 ジェラルドがたどり着いた街外れの公園。そこは高台状になっており、サザンファムの景色が一望できる場所になっていた。


 その景色を見下ろすように、手すりに寄りかかるロナの姿が見える。


「ロナ」


「師匠……どうしたの? こんな所に」


「どうしたじゃねぇぜ。城出てからずっと元気無いじゃねぇか」


 ジェラルドがロナの隣に立ち、街を見下ろした。


「こうやって見ると夜景みたいだよなぁ」


「綺麗だよ。地下世界も悪くないね」


 いつもと違うロナ。うれいを帯びたような、悲しげな彼女。その理由を既に知っていることが、余計にジェラルドの胸を締め付けた。


「なんかあったのか?」


 なんかあったのか……か。こんな時まで嘘かよ俺。


「……」


 ロナが黙る。ジェラルドは彼女が話してくれるのを静かに待った。


 彼は、ロナに謝るつもりでいた。真実を知りながら隠していたことを。しかし、ロナの顔を見た瞬間その覚悟が消え去ってしまう。そのまま伝えることで彼女を追い討ちをかけてしまうことを恐れて。



 そして何より、彼女に嫌われることを恐れて。



 長い長い沈黙が続いた後、ロナが意を決したように口を開いた。


「師匠! あ、あのね……」


「ああ」


「フィリアに言われたんだ……ぼ、僕が、その……人間じゃなくて、魔族だって」


「……なぜフィリアはそんなことを?」


 ロナが自分の手を見つめる。


「僕の連環煌舞れんかんこうぶは魔族にしか使えないって……それに魔法を斬ったことも」


 連環煌舞れんかんこうぶが? ゲーム本編じゃロナしか使えないことになってたが……そんな設定があったのかよ。どこにもそんなこと書いてなかったじゃねぇか。裏設定のたぐいかよ。クソ。


 内心悪態をつくジェラルド。ロナは彼にの腕を掴んで涙ながらに訴えた。



「ごめんね。ごめんね師匠……僕を……嫌いにならないで」



 ロナの顔に覚悟を決めたジェラルド。彼はロナへと視線を合わせるようしゃがみ、その瞳を見つめた。



「……知ってたぜ」



「え!?」


 ロナが戸惑いの表情を浮かべる。


「な、なんで教えてくれなかったの!?」


 ジェラルドは、反射的に顔を背けようとして、もう一度ロナの顔を見る。


 そして、はっきりと伝えた。



「ロナの悲しむ顔を見たくなかった……から」



「……」



 その場を去ろうとするロナの腕を、ジェラルドが掴む。



「最後まで聞いてくれ!」



 ジェラルドが必死に訴える。その様子に少女はその目を大きく見開いた。



「最初は、ロナのその力をアテにしてた。それは事実だ。だけどよ、今は違う。俺はお前の為ならなんだってやる。絶対にお前を死なせたくねぇ!」



「でも僕は人間の模造品、って……偽物だって……」



「俺にとってロナはロナだ。俺の弟子だ」



  彼女の腕を掴む力が強くなる。



「お前にどんな出自があろうが関係ない。大切なんだ、お前が」



  ジェラルドの脳裏にロストクエストをプレイしていた時のことが蘇る。


 本編のロナは、自分が人間じゃないと知ってこの世界に居場所が無いと思っていたはずだ。



 だったら……。



「ロナ。約束するぜ」


「約束?」



「ああ。ロナが魔王を倒すまで……いや、魔王を倒しても一緒にいるって」



「それって……」



 ジェラルドがロナの頭を撫でる。



 それは、嘘にまみれた彼が、心の底から言葉にした本心。なぜこの少女に対しここまでの想いを抱くのか、彼には言葉にできないが、そう思えることだけは真実だと思えた。



「俺が俺でいられるのはロナのおかげだ。だから、これからも頼むぜ」


「……ふふ」


 フィリアを倒してから初めてロナが見せる笑み。それを見た瞬間、ジェラルドの胸に暖かな感覚がした。



「はい。僕はずっと師匠……ううん。ジェラルドと一緒に生きて行きます」



 少女が恥ずかしそうに頬を染める。うつむいたまま、ジェラルドの両手をギュッと握りしめた。その返答にジェラルドに安堵の思いが広がる。



「はは。なんだよかしこまった返事でよ〜」


 気が緩むジェラルド。次にロナが発した言葉は、彼が想像してもいない言葉だった。




「だって……愛の言葉だから。しっかり返事しないと」



「え」



 ジェラルドが固まる。



 愛? 愛ってなんだ? 熱くなりすぎてて約束以外なんて言ったか思い出せねぇ。俺なんて言った?



「エオルから聞いたんだ。家族になるってそういうことだって……」



 眼帯の男はその意味を測りかねてひたすら混乱した。



「嬉しい」


 少女が微笑む。その頬には一筋の涙が伝う。


「師匠はずっと僕のことを知っていて、接してくれて、受け入れてくれていたんだね。僕は師匠とこうなれて嬉しい」



「お、おう……ロナが喜んでくれてよかったぜ」



 ジェラルドは別の覚悟をすることになった。




◇◇◇


「……ということで僕は人間じゃなかったみたい。心配させてごめんね」


「衝撃の事実だけど……その割には嬉しそうね」


 エオルが怪訝けげんな顔をする。


「それは……ふふ。師匠のおかげだよ」


 緩み切ったロナの顔にエオルは首を傾げた。


「エオルも衝撃とか言いながら全然衝撃受けてねぇじゃねぇか」


「だってロナの力見てるし。人間じゃないって言ったらブリジットだってそうだし」


「そうでありますな! ジブンは人ではないと聞いてむしろ嬉しいであります! 今まで人間3に鎧1でありましたからなぁ〜」


 ブリジットがケラケラと笑う。


「驚かなかったと言えば嘘になるけど、別に私の知ってるロナじゃなくなる訳じゃないし」


「2人とも……」


 ロナの目が潤む。それを見たエオルが恥ずかしそうに頬を掻いた。


 ジェラルドは安堵する。ロナの居場所が既に出来上がっていることに。



「でも僕、知りたくなったよ。僕の元になった人のこと」



 ロナのオリジナル……母親、か。



 そろそろあの場所も開放される頃かもな。



―――――――――――

 あとがき。



 ここまで読んで頂きましてありがとうございます。これにて第二章完結となります。次回よりサザンファム編エピローグを3話、短い章を3話挟み、次の長編へと入ります。



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