第47話 炎の渦

 エオルを担いだまま、ジェラルドが街を駆け抜ける。彼のスキル「にげる」発動の青い光を輝かせながら。その一筋の光が、深夜のサザンファムを照らした。



「ジェラルド。あの虫達、真っ直ぐ私達について来てる。狙い通りよ」



「よし。お前は魔法の準備してくれ」



ジェラルドが路地裏へと飛び込む。迷路のように張り巡らされた石造りの街並み。彼らはある場所を目指していた。


 それは街の中央広場。


 居住区から離れた広場にジェラルドは大量のバクダンを仕掛けていた。虫達を誘い出し、一網打尽にする為に。



「ブブブブブブッ!!」



「ちっ」



 突然頭上から一体の虫が襲いかかる。ギリギリで攻撃を交わすジェラルド。しかし、虫は速度を上げ、彼の速度に着いて来る。



「気持ち悪いのよ!」



「ブブッ!?」



 虫をエオルが杖でぶん殴る。殴られた虫が地面へと叩き付けられ経験値の光を溢れさせた。


「ジェラルドの言っていた通り一体ずつは大したことないわね」



妖精の潮流フェアリー・タイドは大規模な召喚魔法だ。数で制圧する攻撃だからな」



「分かってる。ちょっと体勢変えるわよ!」


「お、おう」


 エオルが横抱きされる形となり、後方へと杖を向ける。


「ジェラルド。魔法障壁は張れる?」


「障壁魔法の巻物スクロールはたんまり用意してあるぜ」


「よーし。あの角を曲がったら攻撃行くわよ! 魔法と同時に障壁張って!」


「ああ!」


 ジェラルドが一瞬後方を見る。狭い路地を大量の虫達が向かって来る様子を。


 ジェラルドが角を曲がる。それに合わせて虫達も一斉に狭い道へと入り込んだ。先程の路地よりもさらに狭い通路へと。



烈火魔法フレイバースト!!」


「魔法障壁の巻物スクロール!」



 エオル達を障壁の膜が包み込む。


 その直後。


 火炎の波が通路を駆け巡った。



「ブブギャアアアアァァァ!!?」



 突然炎に包まれた虫達が断末魔を上げる。通路中、通路が炎に埋め尽くされ、虫達は一瞬のうちにして焼き尽くされた。



 膨大な経験値の光がエオルへと流れ込み、彼女は2度ほど光輝いたレベルアップした



「うええぇぇ……成長したのは良いけど虫の光とか嫌ぁ……」



「文句なら後で言え! 次来るぞ!」



 焼き尽くされた通路を再び虫達が迫り来る。


 ジェラルドが、バクダンの紐を口で引き抜き、通路へと投げつける。



「走るぞ!」



 背を向け走り出したジェラルド。後方から爆風と虫の悲鳴が聞こえたが彼は一切振り返ることなく目的地を目指した。



「いいわね。いい調子」



「だけどまだ10分の1も倒してねぇぞ! 魔力は大丈夫か?」



「まだまだ大丈……危ない!」



 飛び出して来た虫達に火炎魔法フレイムを発動するエオル。彼女が3連続で放った火球が虫達へ直撃し再び経験値の光となった。



 それを境にピタリと虫達の襲撃が止む。



 ジェラルドの懐からポーションを取り出して一気飲み干すエオル。よほど不味かったのかエオルは大声で叫んだ。



「マッズーーい!! やっぱりどうなってんのよこれ!?」



「うるせぇ! 俺にも体力スタミナ回復のポーション飲ませろ!」


「分かってるわよ」


 エオルがポーションの栓を抜き、ジェラルドの口へオレンジ色の液体を流し込む。体力が回復し、ジェラルドの顔色が良くなっていく。


 エオルがその様子を見つめた。


「……」


「なんだよ?」


「何でも無いわ!」


 エオルが顔を背ける。


「気になるぜ〜」


「そんなこと話してる場合じゃないでしょ……って前見なさいよ!」



 エオルが路地の終わりを指差す。そこは目的地。中央広場。



 そこは……妖精の潮流フェアリータイドの虫達が埋め尽くされていた。



「何よ、アレ……」



 仕掛けていたバクダンは、起動する為に糸が食い破られ、既に使えなくなっていることが見て取れる。それは、彼らの作戦の失敗を意味していた。



 ジェラルドから降りるエオル。彼女は呆然と立ち尽くした。



「先回りされたの……? せっかくの仕掛けが……」



「ヤツら、学習しやがったのか路地にも入って来やがらねぇ」



「どうするの……じゃないわね。どうにかするのが私達の役目よね。みんな命張ってるんだから」



「お、分かってるじゃねぇか。俺達ならできるぜ。心配すんな」



 ジェラルドがその言葉を言った瞬間。エオルがギュッとジェラルドに抱き付いた。


「お、おい」


「ちょっとだけ待って……覚悟決める所なんだから」


 エオルの体はカタカタと震えていた。思えば走り出した時から震えていたかもしれない。ジェラルドはその姿に、ヴァルガンと戦う時の己を重ねてしまう。



 ……そりゃあ、自分の命がかかってるだもんな。不安になるのも無理はねぇ……か。



「怖いのか?」


「怖く無いわ」


「震えてるだろ」


「うっさいわね……それを止めようとしてたんでしょ」


 あくまで強気を装うエオルにジェラルドは笑みをこぼした。


「何笑ってるのよ?」



「いや、お前は俺に似てるって思ってよ。心配すんな。俺にはとっておきの切り札がある。いざという時はそれで守ってやる。だから心配すんな」



 もちろん嘘である。



 どこまで行ってもジェラルドはレベル10。真っ当に戦えば一瞬で食い尽くされるのは目に見えていた。



「はいウソ。良くそんな嘘付けるわねぇ」


「嘘じゃねぇって。俺が嘘なんかつくかよ」



 エオルが笑みを浮かべる。未だその顔色は悪かったが……。



 その震えだけは、止まっていた。



「いいわ。その切り札って言うヤツ? 頼りにして全力で戦ってあげる。だから絶対……離さないで」



「離すか。大事な仲間をよ」



 彼はエオルに自分の持つアイテムを渡す。



「俺は逃げることだけに全てを注ぐ。攻撃はお前に任せたぜ」



「切り札は?」


「そ、それはだな……! 伝説の戦士はピンチの時に颯爽さっそうと……」


「ふふ。冗談よ。信じてあげる」



 エオルが笑う。そして、自分の頬を叩いて気合いを入れる。



「この天才魔導士。エオル・ルラールの実力……見せて上げるわ」


 路地の終わりへと向けて真っ直ぐ杖を向けた。


火炎魔法フレイム!!」


 5連続で放たれる火球。それが直撃するのを見届ける前に、ジェラルドは彼女を抱き上げた。



「行くぞ!!」



 再びジェラルドが駆け抜ける。



「ブギッ!?」



 放たれた火炎魔法フレイムが虫達へ直撃し、魔物蠢く広場に一筋の道を作り出す。



「ウオオオオオオオ!!」



 ジェラルドがその道へと飛び込む。それと同時にエオルがアイテム、バクダンと爆発魔法エクスプロード巻物スクロールをめちゃくちゃに投げ付けた。



「オラオラオラ!! 虫どもは爆発でも喰らいなさい!!」



 至る所で爆発が巻き起こる。吹き飛ばされる虫達。


 意識外の攻撃。虫達が混乱した瞬間、エオルがさらなる魔法を放つ。



烈火魔法フレイバースト!!」



 放たれる広範囲魔法。成長したエオルの魔力で発動された火炎は、一瞬で広場全体を真っ赤に燃え上がらせる。



「ブギィィィィ!?」



 広場中から聞こえる虫の断末魔。それにトドメを刺すようにエオルが杖を天高く掲げた。



「最大魔法で仕留めるわ!!」



 エオルの声でジェラルドが飛びあがる。虫に追われ、スキル「にげる」で強化された身体能力。その力で広場中央のモニュメントへと飛び移る。



 広場の熱気が上空へと舞い上がる。それが、エオルの真量と混ざり合い、風の渦を作り出す。



炎風魔法タービナスフレイム!!」



「ブブッ!?」



 広場に巨大な竜巻が巻き起こる。それに吸い込まれるように虫達が渦へと吸い込まれて行く。



「まだよ! 烈火魔法フレイバースト!!」



 追い討ちをかけるように竜巻に炎の輪を放つエオル。竜巻の中へと入った炎は一気に燃え広がり、竜巻を燃え盛る炎の渦・・・へと変化させた。



「ブギャアアアアアアアァァァァ!!??」



炎の渦は勢いを増し続け、虫達を飲み込みさらに大きくなっていく。



「スゲぇ……」



「炎の渦……炎嵐魔法フレイストームとでも名付けようかしら」



「魔法2つだけで良くもまぁこんなにバリエーション作るよな」


「当然! 私を誰だと……」



「天才だな」



「え?」


 エオルがジェラルドを見た。



「本当の天才魔導士だぜエオルは」



「……」


 エオルの顔が真っ赤になる。それが巻き起こる炎によるものなのか否かは、ジェラルドには分からなかった。



 ただ……。



「あったり前じゃない」



 エオルは嬉しそうに笑っていた。




―――――――――――

 あとがき。


 エオルの機転でなんとか対応できたジェラルド達。そして次回はロナ、ブリジット、ローグェンが魔王軍魔将フィリアへと立ち向かいます。そして予想外の展開が……?

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