第42話 鎧の心


 さらに数時間をかけて岩壁内の洞窟を進み、ロナ達はついに岩壁の頂上へと辿り着いた。


 頂上には山のような宝石があり、その中央に巨大な結晶。そしてそれを守るようにあの虎が座っていた。



「オーグェン……っ!」



 ロナの瞳が一気に赤みを増す。オーラが溢れ出しその赤いショートヘアがユラユラと揺れた。



 身構えたオーグェンが咆哮ほうこうする。ロナから受けたダメージは綺麗に回復していた。



「……やはりここまで来たのか邪悪なる人間よ。だが、我はここを退く訳には行かぬ!」



 オーグェンの瞳孔が細くなる。その瞬間、ブリジット達に凄まじいプレッシャーが襲いかかった。



「貴様らを殺した後、あの忌まわしい国の人間共を全員石にしてやる!!」



「ヴァルガンと同等かそれ以上のプレッシャーであります……っ!?」


 ロナがルミノスソードを構える。


「ブリジット。僕がメインで戦うから君はアイツの魔法を防げる?」


「了解であります」



「ありがとう……行くよ!!」



 ロナが一瞬にしてオーグェンの懐へ飛び込む。迎え撃つように虎がその爪でロナを狙う。



「……っ!」



 紙一重で爪を交わしつるぎを薙ぎ払う。



「我にそんな攻撃は効か……ぐっ!?」



 後方に飛び退いたオーグェンを狙いすましたかのように風の斬撃が直撃する。


 ロナはオーグェンの動きを予測して薙ぎ払いと同時にスキル「エアスラッシュ」を放っていた。



「クソッ!!」



 オーグェンが左右へ跳びながらロナへ突撃する。



「食らえぇ!!」



 放たれる切り裂き攻撃。ロナが剣で受け流した瞬間、その鋭い牙でロナに噛み付こうと口を開いた。


「分かりやすい動き」


 ロナがオーグェンの顔面を蹴り上げ、巨大な虎の体を宙に浮かせる。



 そして、フワリとマントを浮かせしゃがみ込む。彼女が会得した新たな技を放つ為に。



 ロナが大地を踏み締める。その動きとほぼ同時に光速の斬撃が繰り出された。



連環煌舞れんかんこうぶ



 技名と共にルミノスソードの刀身が軌跡を描く。



 次の瞬間——。

 


「グアアアアあああ!!?」



 オーグェンの全身を無数の斬撃が襲った。



「ここは足場がいい。オーグェン。君じゃ僕に勝てないよ」



 ロナは完全に冷静さを保っていた。先ほどオーグェンを逃した失敗から、確実に虎を仕留めることに意識を全て使っていた。



 その挑発すらも。



「あ……が、がああああ!! 貴様も石に変えてやる!!」



 オーグェンの額の角がまばゆい輝きを放つ。


「ブリジット!」


 ロナの叫びに呼応するかのように、大斧を振りかぶった鎧騎士がオーグェンの後方から襲いかかった。



「頭蓋割り!!」



 斧スキルが発動し、刃先が光に包まれる。



「な、何だと!?」


「貰ったあああであります!!」



 大斧がオーグェンの角へ直撃する。角にバキリとヒビが入り、魔法が不発になる。



「が、あ"っ!?」


 オーグェンが地面へ叩き付けられる。



「あ、あぁぁぁあ……」



「ブリジット離れて!! エアスラッシュで決める!」



 ロナがルミノスソードを肩に担ぐ。彼女のまとうオーラがより一層強さを増した。



「う、うう……我は……負け、られぬ……」



 満身創痍・・・・のまま立ち上がるオーグェン。



 その姿を見たブリジットに疑問が浮かぶ。



「な、なぜまだ立ち上がるでありますか……?」



 ふとブリジットが移した視線。その先には巨大な宝石・・・・・



 虎は、その宝石をかばうように戦っていた。



 その瞬間。


 ブリジットの脳裏にマスターの言葉が蘇る。





 ——⚪︎を想わない×はいないよブリジット。お前は私の特別な⚪︎だ。




 ……。



 まさか!?



「エアスラッシュ!!」



 ロナが風の斬撃を放つ。今まで放たれた物とは全く威力のレベルが違う、オーグェンの息の根を完全に止める為の全力。巨大となったその刃が満身創痍の虎へと迫る。



「あぁ……やめ、ろ……」



 懇願にも似た虎の呟きがれた時——。



 鎧の騎士が風の刃に立ちはだかった。



「ブリジット!? 何してるの!?」



「ぬ、ううおおおおおおっ!!!」



 両腕を開き全身で斬撃を受け止めるブリジット。騎士の体だけでは斬撃が抑えきれず、大地にも深い痕を刻み込む。



 だが、ブリジットの後方。オーグェンだけは無傷でロナの斬撃を凌いでいた。



「は、はは……なんとか、防げたであります……」



「ブリジット!」



 崩れ落ちるブリジットをロナが抱き止める。その表情は意図せず仲間を傷付けてしまったことへの後悔の色が浮かんでいた。



「なんで……なんでこんなこと……」



「ロナ殿。聞いて欲しいであります。あの虎は……子供・・を守っていたのであります」



「子供……?」



 ブリジットが震える手で指を指す。オーグェンがかばっていた宝石を。



「あの虎。しきりに自分達を追い返そうとしたり、引けないと言っていたであります」



 虎がよろよろと立ち上がり、宝石を守るように倒れ込む。



 その奥の宝石。その中に、小さな獣の影が映る。ゴロゴロと寝るような幼い影が。



「こ、この岩壁に後から来たのは人間の方。棲家を荒らしたのはジブン達の方であります」


 ブリジットがロナの手を掴む。


「お願いであります! なんでだか分からないけど……ジブンはあの虎が死ぬ所は見たくないのであります!」



「……」



 無言のロナが、ブリジットを地面へと降ろす。



「ロナ殿!」


 ロナがルミノスソードを握り締め、オーグェンの元へと歩いて行く。


 ブリジットが叫んでもロナのオーラは止まない。壮絶な殺意が周囲へ漂う。



「この子だけは……やらせん……」



 既に身体も動かせないオーグェンが叫ぶ。その眼前までやって来たロナが、呟いた。



「……せ」



「な、なんだ? 今、なんと?」



 ロナが2つの宝石を差し出す。



「師匠とエオルを戻せ。僕の願いはそれだけだ・・・・・



 凄まじい殺気。それを抑えようと手を震わせる少女。その姿を見た虎は、おずおずとその角を宝石へと向ける。



「わ、分かった」



 オーグェンの角が先ほどとは違う温かな光を放つ。


 光に照らされた瞬間。



 ジェラルドとエオルが宝石から元に戻った。2人とも眠るように意識を失ってはいるが……。



 ロナが2人の元へと歩み寄る。


「生きているだろうな?」



「大丈夫だ……我の魔法は、命を奪う物では、無い……」



 そう聞いた瞬間。ロナの全身から殺意が消える。


「分かったよ」


 彼女は懐から回復のスクロールを取り出し、虎に回復魔法を放つ。



「……痛みが……消えていく……」



「謝らないよ。でもブリジットの話は本当みたいだから」



「感謝する。そこの鎧の者、も……」



 ボロボロになったブリジット。そのヘルムは笑ったように見えた。




◇◇◇



「あ"〜今回は酷い目に遭ったぜ……」


「まぁ、でもいいじゃない。ロナとブリジットのおかげで助かった訳だし」


「でもブリジットとロナはお手柄だな。オーグェンが怒ったままなら本当にサザンファムの人間は全員宝石に変えられてたかもなぁ」


「あの魔力量……その話もあながちウソって訳じゃなさそうだわ」


 ジェラルド達が地下王国への道を進む。


 ロナはオーグェンの棲家を出てからずっとジェラルドの腕に抱きついていた。


「ロナさっきからずっと離れないじゃない」


「いいの。僕はこうしていたいの」


「しかし戻ったらなんと言うかでありますかなぁ……依頼は失敗な訳でありますし」


 回復魔法ですっかり元気を取り戻したブリジット。しかし騎士はずっと丸くなっていた。


「心配すんな。口なら俺に任せとけって! ありがとなブリジット……ロナもな」


「うん!」


 師匠に感謝され少女が満面の笑みを見せる。



 その姿を見てブリジットは思う。



 ロナの鬼気迫る姿と子供を守るオーグェン。戦いはしたが本質的には同じなのではないかと。



 そして、その両者に自分を重ねたことに戸惑っていた。



 マスター。



 自分は……。



 ブリジットが立ち止まる。騎士の様子がおかしいことにエオルが不思議そうな顔をした。


「何やってるのよ?」


「あ、いや……」


「アンタは私達パーティの前衛なのよ? 置いてかれてどうするのよ?」


「……!? そうでありますな! いや〜ジブンがみんなを守らないといけませんからなぁ!」


 ブリジットがカシャンカシャンと小気味良い音を立てて走る。



 マスター。



 あの日のマスターの気持ち、少しだけ分かった気がするよ。





―――――――――――

 あとがき。


 なんとか元に戻ったジェラルド達。次回、ジェラルドは女王を上手く丸め込めるのか?

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