第41話 怒りの勇者

「師匠ぉ! エオル!!」


 

 ロナが駆け寄るが、2人の姿は小さな宝石となってしまっていた。



「帰れ! 貴様もこのようになりたくなければな!」



 オーグェンがロナを睨みつけた瞬間。



 その眼前には瞳を赤く光らせたロナがいた。



「なっ……!?」


「戻せぇ!!!」



 ロナが虎の首を掴み壁に叩き付ける。その衝撃でクリスタルの壁に亀裂が入る。



「がはっ!?」



「戻せ戻せ戻せぇぇ!! エオルを!! 師匠を戻せええぇぇ!!」



 オーグェンの体でクリスタルの壁を削りながら急降下するロナ。その勢いのままに彼女は虎を大地へと投げ飛ばし技を放った。



「クロスラッシュ!!」


「ぐあああああああっ!?」



 十字の斬撃が虎を襲い深い傷を刻み込む。



「があ、あああぁぁ……っ!」



「戻せ……戻せ……戻せ」



 うわごとのように呟くロナから禍々しいオーラが溢れ出す。



「師匠を……っ!! 僕から奪う奴は絶対に許さない!! 殺す!!」


 薄暗い洞窟の中にロナの赤い瞳が映る。


 ルミノスソードを構えたロナが一瞬にしてオーグェンとの間合いを詰める。



 放たれるルミノスソードの一閃。紙一重で避けたオーグェンの顔にビシリと傷を刻んだ。



「な、何という力……っ!!」


「死ねええぇぇぇ!!」



 「く、うおおおおおォォォォオオオ」



 連続で放たれるロナの斬撃を受けながら、虎が額の角から光を放つ。



「私はぁ! 死ぬ訳には行かん・・・・・・・・のだ!!」



「またその魔法!?」



 瞬時に危機を察知したロナが後ろへと飛び退く、その一瞬の隙を付いて、虎は崖へと飛び降りた。



「待て!!」



「ダメでありますロナ殿!! こんな絶壁ロナ殿では無理であります」


 オーグェンを追いかけようとしたロナをブリジットが止める。



「離してブリジット!! 僕はアイツを殺さないと!!」



「大丈夫であります! オーグェンはこの崖から逃げた訳じゃないであります!」



「でもっ!? ……え?」



 ブリジットの言葉にロナの瞳が元に戻る。彼女は不思議そうな顔でブリジットを見た。


「どういうこと?」


「ヤツが逃げるなら、ジブン達が来る前にとっくに逃げているであります。それにジブン達を追い返そうとしていた……だから、この棲家すみかから離れることはないはず」



「そうか……そうだよね……」



 ロナのオーラが弱まっていく。



「待っててね。2人とも。絶対助けるからね」



 ロナは2つの宝石を握りしめた。





 ◇◇◇


 断崖の頂上を目指して2人は進む。モンスターを倒し、ボロボロになってもロナは先へ先へと進む。


 狭い部屋のような空間にやって来た時。突然、ロナが立ち止まった。



「出入り口が2ヶ所……か。ここならモンスターが来たら分かるね。休もう」



「懸命でありますな。てっきりこのまま進むのかと思ったであります。そうなら無理矢理にでも止めるつもりでありましたが」


 ロナが松明を地面にへ突き刺し、クリスタルの壁を背に座り込む。



「万全で挑みたいからね。師匠でもそうするよ」



 ロナが皮袋から回復の巻物スクロールを取り出し、回復魔法を発動する。すると、彼女の傷だらけの体が光に包まれ、一気に回復した。



「ご飯も食べないと……」



 取り出したほし肉とパンをかじり、それを水で流し込むロナ。無言で食事をする彼女。ブリジットはそんな空気に耐えられないように声をかけた。



「ロナ殿、大丈夫でありますか?」



「大丈夫じゃないよ。2人のこと考えると今すぐにでもアイツを八つ裂きにしたくなる」


「……」


「ごめんねブリジット。師匠みたいにどんな時でも明るく振舞えたらって思うけど……僕にはできない」


 ブリジットがその場に座る。



 黙り込む2人。



 洞窟にはヒタヒタとどこからか流れる水の音だけが響いた。



「ロナ殿は、2人のことが大切なのでありますな」



「師匠は、僕をいつも気にかけてれる。1番に考えてくれる。だから、大好きなんだ。エオルもたまにケンカ吹っかけて来るけど、気にしてくれてることは、分かるし……」


 鎧騎士が両眼の光を細める。いつも元気なロナだと思っていたが、それを形作っていたのはジェラルドとエオルの存在なのだと感じた。



「ジブンも分かる気がするであります。ジブンもマスターという大切な存在がおりましたから」


 ブリジットの脳裏に自分を作ったマスターの姿が蘇る。魔導騎士の開発者、そして、ブリジットにだけはずっと優しかった姿が。



「ブリジットは、ずっと1人で寂しくなかったの?」



 ブリジットは考え込むように膝を抱えた。



「マスターが死ぬ時ジブンに命令したであります。『生きろ』と。だから、寂しいとか、消えたいとか、考えることをやめたであります」



「そっか」


 ロナが剣を支えに項垂うなだれる。



「ブリジット、見張り頼んでもいい?」



「もちろん」


「ごめんね。ちょっとだけ、疲れちゃったから眠るね」



 再び訪れる沈黙。



 しばらくすると、静かな寝息が聞こえ始める。



 その顔を見ていると、ブリジットはマスターとの最後の瞬間を思い出した。寿命を迎え、弱々しくなったマスター。彼との最後の会話を。



 ……。



 ——いいかいブリジット。お前は生きるんだ。そうすればいつかきっと……。


 ——嫌であります! ジブンはマスターと一緒に……。


 ——⚪︎を想わない×はいないよブリジット。お前は私の特別な⚪︎だ。私の大切な……。



 ……。



「記憶が劣化しているであります。大事な言葉だったはずなのに思い出せない……」


 チラリとロナを見るブリジット。あれほどの力を持ちながら、ジェラルドやエオルを求める少女。彼らがいないと消えてしまいそうなほどはかなげな少女。



 そんな彼女の姿に、ブリジットは昔の自分を見ているような気がした。




 ―――――――――――

 あとがき。


 ジェラルド達を助ける為にローグェンの元へ向かうロナ達。次回、ボス戦です。

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