サザンファム地下王国編

第36話 復讐者

 死の湖周辺。クレディス村。


 焼け落ちた家屋の中を魔王軍知将シリウスが歩いて行く。


 ガレキに腰を下ろし、シリウスは手に入れた魔導書をパラパラとめくった。



竜嵐魔法ドラゴンストームの魔導書……古代魔法の1つがこんな村に隠されているとはな」



 この村で古来より守られて来た魔導書……それを手に入れる為に魔王デスタロウズはシリウスを送り込んでいた。


「シリウス様! 生き残った村人を捕らえました!」


 黒い人型の影——魔族の尖兵がシリウスへと報告する。しかし、シリウスは無言で書物に目を通していた。


「シリウス様?」


 何度尖兵が声をかけてもシリウスはページをめくる手を止めない。尖兵が困り果てていた時。彼は口を開いた。



「……赤い瞳あかいひとみの者はいたか?」



「あ、赤い瞳……?」 



「怒りと共に瞳が赤く光る・・・・・・者はいるか?」



「し、調べて参ります!」


 慌てて走って行く尖兵。その様子を彼は冷たい目で見送った。



 こんな所に居るはずもない……か。



 彼女・・の面影があれば、見つけやすいのだが。



 だがヴァルガンが討たれた今、最も近いのはあの赤髪の娘……か。確かロナと言ったな。



「シリウス」



 ふいに、後ろから女性の声がした。振り返るとそこには銀髪のダークエルフがたたずんでいた。


「フィリアか。何のようだ?」



「何のようだ? はないでしょう? 同じ魔王軍幹部に向かって」



 魔王軍幹部。魔将フィリア。



 圧倒的なまでの魔力を持って広域制圧を得意とする魔導士ウィザード。同格の幹部とはいえ、その力量は彼の数段上であった。




「悪かった。私より強い魔力を持つ君へ言うことでは無いな」



「私が言いたいのはそう言うことではないのです」



 困ったような顔をした彼女が、シリウスへと歩み寄る。



「ヴァルガンが倒されたという話は聞きましたか?」



「……ああ」



「使い魔の情報によると奴は単独で消滅した模様です。戦闘しか脳の無い馬鹿者が……戦闘で敗北するとは我らの恥ですね。真竜にでも挑んだのか……」


 シリウスが読んでいた本をパタリと閉じる。


「人間だ」


「え?」


「ヴァルガンは人間に殺された」


「何を言っているのです? 人間などに幹部クラスが倒せるとはとても……」


「ヴァルガンは……魔族の尖兵を倒した眼帯にドラゴンメイルの男。それと赤髪の娘を倒しに向かったんだよ。私の調査報告を元にな」


「貴方の?」


「ヴァルガンの失態を助けてやるつもりだったのだが……まさかそれほどまでにその人間達が手強いとはな。私の想定外だった」


「ふふふ。貴方にも想定外のことがあるのですね」



 フィリアがシリウスの顔に手を添える。



「私も気に留めておきましょう。その人間達とやらを」



「フィリアはどんな任務を任されているんだ?」



「サザンファム地下王国。そこを服従させるために動きます。既に準備は万全……その前にね、貴方の顔を一目見ておきたくて」


 熱を帯びた視線で彼を見つめるフィリア。そんな様子を気にも止めない様子でシリウスは言葉を告げた。


「そうか。がんばれよ」


「もぅ……良い結果を届けて見せるわ。デスタロウズ様と貴方に……ね?」


 そう言うと彼女はそっとシリウスから離れる。



移動魔法ブリンク



 魔法名と共に魔王軍魔将は姿を消した。



「お前になびくつもりはないぞフィリア」



 シリウスが立ち上がる。



「サザンファムか。魔王はよほど己が命が大切なのか」



 だが、この状況は使えるか。ヤツら・・・を監視している使い魔が役に立つな。


 


 シリウスが考え込んでいると、物陰からパキリという音がした。



「うあああああああああ!!!」



 突然。ナイフを持った少年がシリウスへと襲いかかる。




重力魔法グラヴィト




「うぐっ!?」



 シリウスが放った魔法により少年が地面へと叩き付けられる。



「う、動けない……っ!?」



 何とか重力魔法からのがれようともがく少年。しかし、どれだけ抵抗した所で魔法の力を跳ね返すことは出来なかった。



「少年。私に何か?」



「み、見てたぞ!! お前が村のみんなを殺すよう言ったんだろ!!」



「復讐か」



「父さんを返せ!! 母さんを返せぇ!」



 シリウスが少年の顔を覗き込む。



「論理的ではないな。君の生存戦略ではこの場から逃げる。隠れてやり過ごすのが最適解。私を殺しても死ぬだけだ」



「うるさい!! 返せぇ! 返せぇぇぇぇええええええ!」



 少年はなおも叫ぶ。半狂乱となった少年にシリウスはため息を吐いた。


「はぁ……論理に従わぬ者は嫌いだ」



 異変に気付いた魔族の尖兵達が駆け寄る。



「何かございましたか!?」



「私を襲う者が現れた」



「な、なんですと!?」



 魔族の尖兵達が少年を取り囲む。



「貴様!! よくもシリウス様を!!」



「うぐっ……」



 尖兵達から暴行を受ける少年。痛みに涙を流す少年はボロボロになった体でなおもつぶやいた。



「返してよぉ……みんなを……」



 返せ……か。




「おい、今回の被害数は?」



「は。シリウス様の作戦のおかげで被害はほぼ出ておりません」



「そうか。それはいけないな」



「はっ! ……は?」



「いくら作戦とはいえ、この古代魔法を手に入るには我が軍の犠牲・・が少なすぎる」



 シリウスが頭上へと手を伸ばすと、手にしていた魔導書が光り輝いた。



「な、何をなさっているので?」



「成果には物語が必要だ。この古代魔法を手に入れたに相応しい物語が」



 彼の手から嵐のようにウネリを上げた魔力が湧き上がり、空を舞う。



 そして、ゆっくりとその古代魔法・・・・を唱えた。



竜嵐魔法ドラゴンストーム



 その直後、空を待っていた魔力が飛竜の姿となっていく。3体の飛竜が現れる。



「あ、あれは……」



 見上げる尖兵。そんな彼にシリウスが告げる。



竜嵐魔法ドラゴンストーム。魔力を源とし竜を作り出す古代魔法の1つだ」



 3体の飛竜が空を舞い、火球を大地へと放った。



「ぐああああああああ!?」



 大地へ直撃した火球が爆発し、魔王軍の者達の断末魔が聞こえた。



「キュオォォォォォォォンッ!!」



 雄叫びと共に、飛竜達がシリウスの元へと集まる。



「周囲の尖兵共を喰らえ」



 シリウスの命令を受けた飛竜達がギロリと尖兵をにらみ付けた。



「シリウス様!?」



「戦いの末、村人達は己を犠牲に古代魔法を発動。我らは1割の犠牲を払いながらも魔導書を奪った……良いシナリオだろ?」



「な、何を……あ"っ!?」



 魔族の尖兵が飛竜に喰われる。主の命を受けた飛竜達は暴れ回り、尖兵達の悲鳴を上げさせた。



 その様子を背に、シリウスが少年へと言葉をかける。



「少年。君が復讐しようとした者はこのような力の持ち主だが? それでも私へ復讐したいのか?」



「あ……あぁ……」



 少年は怯えたようにナイフを手放す。それを見たシリウスは目を閉じた。



「残念だ」



 シリウスがその場を後にする。後方の少年が何かを叫ぶが、それは既に彼の元へは届いていない。


 竜が主の元へと舞い戻り、魔力を失い消えていく。



 周囲に舞い散る魔力の残照ざんしょうは、雨のようにも見えた。



「後悔しながら生きるのだな。今私を討たなかったことを」



 シリウスは、ポツリと呟いた。




―――――――――――

 あとがき。


 シリウスの視点から始まった新章。今回ジェラルド達は一体どんな物語を紡ぐのか。


 次回。ジェラルド達はある場所へと導かれます。

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