第35話 師匠であること
魔王軍豪将ヴァルガンとの死闘から1日が経った頃。
——レッドツリーの村。
丸一日眠り続けたロナは、回復魔導士サリアの看病もあり無事に目を覚ました。
ベッドで目を覚ますロナ。彼女の目に映ったのは部屋の隅でエオルが静かに寝息を立てている姿だった。
「エオル……?」
声をかけると、目を覚ましたエオルがロナへと抱きついた。
「あ、アンタ心配かけてんじゃないわよ! 私……ひぐ……っ」
「ごめんね……ヴァルガンは?」
泣きながらエオルが告げる。
「ジェラルドが……やったわ。ヴァルガンは光になったから、完全に」
「ホント!! やっぱり師匠はすごいや!!」
ふと何かに気付いたロナが、辺りを見回す。
「師匠とブリジットは?」
「2人とも元気よ。ガルスマンの所にいるわ」
◇◇◇
エオルに連れられガルスマンの家を訪ねたロナ。勢い良く扉を開けると、そこにはガルスマンの修理を受けるブリジットがいた。
「あだ!? もうちょっと優しくして欲しいであります!!」
「なんじゃとぉ!? 修理されとる分際でなーにを言っておる!」
ブリジットは新品同様に修理されており、とても魔王軍の豪将と死闘を繰り広げた後には見えなかった。
「さすがロナの剣を作ったおじいさんだわ……ヴァルガンの槍で貫かれた後が全く分からないわよ……」
「ほっほっほ。ワシに任せておけばこんなものじゃ!」
「まぁ……腕だけは認めてやるであります」
「腕だけとはなんじゃ!?」
ガルスマンが持っていたトンカチでブリジットのヘルムをカツンと叩く。
「へこむへこむ!? やめて欲しいであります!」
「元からへこんでおるのを直しただけじゃ」
「ややこしいタイミングで叩くでありますな……」
騒ぐ2人を止め、ロナがガルスマンへと報告する。
ガルスマンのルミノスソードのおかげでヴァルガンと対等に渡り合えたこと、それでも一歩及ばず倒せなかったことを。
「ありがとうお爺ちゃん。それとごめんね……僕が弱かったばっかりに」
ガルスマンの渾身の一振りを持ってして、豪将を倒せなかったことにロナは責任を感じていた。
「勇者のお嬢さん」
ガルスマンが真剣な表情でロナを見つめる。
「お嬢さんはこうして生き残った。さらに結果的にじゃが……魔王軍豪将を倒した。それだけで素晴らしい成果じゃよ」
「うん」
「お嬢さんの旅はまだ始まったばかりじゃろ? これから強くなればよい」
ガルスマンがエオルとブリジットを見る。
「仲間と共にな」
「ありがとう……お爺ちゃん」
「ほっほ。お嬢さんが魔王を倒してくれればこのガルスマンは一気に伝説の武器職人じゃ!」
「いい年して……でありますな」
「バカ鎧が! 野望はいくつになっても色あせんのじゃぞ!」
「ひえぇ!? 叩くのはやめるでありますぅ!」
「いや、ヘコミを直しとるだけじゃ。トンカチで」
「だからなんでこのタイミングなのでありますか!?」
「はいはい。そう言えばジェラルドはどこにいったの?」
エオルがキョロキョロと辺りを見回す。
「おお、ちょっと出て来ると行っておったぞ」
ガルスマンが引き出しから眼帯を取り出した。
「せっかくワシが新しい眼帯を作ってやったというのに」
日光に照らされ、
「弟子をほっぽり出してどこに行っておるのじゃ。あのバカが……っ!」
◇◇◇
——レッドツリーの村、近隣。
ジェラルドは荷造りした袋を肩に担ぎ、村を後にしていた。
王都方面へと続く崖を進むジェラルド。彼は、眼帯の代わりに巻かれたバンダナをさすり、ポツリと呟いた。
「これからどうすっかなぁ。まだ金もあるし、豪遊して暮らすってのもアリだな」
ロストクエストに登場した悪役貴族。本来のジェラルド・マクシミリアンは毎日湯水のように金を使い、欲望の限りを尽くしていた。
そのような生活を思い浮かべたが、
「ま、商売でもやりながら生きるかなぁ」
思い描く新たな人生。死の恐怖の無い道。
「どっかの街に店構えて、家庭なんか作ってもいいかもなぁ……うぅん俺が家庭かぁ」
しかし。考えが定まらない。
なぜか仲間達のことばかりが頭をよぎる。
エオルは炎しか使えないけどよ。それを利用して炎雷魔法なんて会得しちまった。本当の天才だな、あれは。
ブリジットは良く仲間を庇うし馬鹿力もあるいい前衛だ。鎧の強度に関しては……ガルスマンの爺さんが修理してるんだ。ずっと強化されるだろうな。
ロナは……。
ジェラルドの脳裏に一瞬笑顔のロナが映る。それを被りを振って頭から追い出した。
「……ロナ達は大丈夫だ。レベルも40越え。ここから本編通りならむしろ楽勝だしな」
わざわざ自分から危険に飛びこむことはねぇ。
もうガキの面倒なんて見なくていいんだぜ、俺。
だが、どれだけ振り払おうとも、ロナの顔が、声が、離れない。
「ロナのヤツ……目、覚ましたのか?」
サリアは完全に治癒できたと言っていた。
だからこそ、ロナが目を覚ます前に村を出た。
だからこそ、何も言わずに村を出た。
ロナの泣き顔が見たくなかったから。
それが身勝手な理由だと分かっていても、なぜかジェラルドは
俺が一緒に行っても、足手まといなだけだ。俺にはもう反魂の眼帯もねぇ。やられちまえば……ロナの目の前で死ぬことになる。
そうしたら、アイツは……。
ジェラルドが皮袋を置き、座り込む。
そうだぜ。俺は今後のストーリーに絡まない脇役。俺の物語は生き延びることがゴール。これ以上続ける意味がねぇ。
ロナ達と一緒にエンディングを迎える意味は……。
……。
エンディング?
「ロスト・クエスト」のエンディングってどんなだっけ?
確か……魔王デスタロウズとの戦闘の後、イベントが発生したよな。
それから勇者は……ロナは……魔王と一騎打ちして……。
「おい……その後どうなったんだよ」
ジェラルドの頭が突如として回転を始める。
「あれって……確かエンディング2種あったよな……真のエンディングじゃねぇと、勇者は……」
光に飲み込まれて……
——師匠〜!
頭の中でロナの姿が思い浮かぶ。あの笑顔が、泣き顔が、声が……自分を慕う彼女の姿。
——いいかジェラルド。自信ってのはな。
自分を真似した口調。自分を元気付けようとした少女の顔が。
ロナが……消える? この世界から?
アイツが、いない世界……だと?
「ダメじゃねぇか……俺が生き残って、ロナが消えるなんて、あっちゃいけねぇ」
ジェラルドが右眼をなぞる。
クソみたいな運命は、そのまま行けば通常エンドに向かうはずだ。俺のことを散々縛りつけやがったからな。
アイツは自分のことよりずっと他人を気遣うヤツなんだ。自分が傷付いても、誰かの為に。
純粋で、俺なんかのこと信じてくれて……。
……。
そんなヤツが……消えるなんて……。
俺は……。
◇◇◇
夜が近付いた頃、ジェラルドはガルスマンの家を再び訪ねた。
「あ! 師匠!!」
テーブルに突っ伏していたロナの顔がパッと明るくなる。
「どこに行ってたのよ!」
「ジブン達を放ったらかしで酷いであります!」
エオルとブリジットが怒り出す。
「すまんすまん。ちょ〜と道に迷っちまってよぉ」
ジェラルドが真っ直ぐロナの元に向かい、その頭に手を乗せた。
「師匠?」
「ロナ。側にいてやれなくて悪かったな」
「ううん……気にしてないよ。僕が弱かったせいだし。結局ヴァルガンを倒したのはみんなだし」
「そんなことねぇぞ。お前のおかげで勝てた。それは事実だぜ」
「えへへ……照れるなぁ」
恥ずかしそうに笑うロナ。そんな彼女を見てジェラルドの中で言葉にできない感情が湧き上がる。
「……お前はこれからどうしたい?」
「え?」
「お前が立派に戦ったからこそ、ヴァルガンを倒せた。お前がもういいと思うなら、魔王討伐は他のヤツに任せてこの村で暮らしてもいいぜ?」
「……」
ロナが真っ直ぐジェラルドの瞳を見つめる。
「師匠。僕は……すごく怖かったよ」
「ああ」
「だから……他の人にそれを味合わせたくない。なぜだか分からないけど、そう思うから」
その言葉に、ジェラルドの隻眼に炎が宿る。
「……分かった。ならまた明日から修行だな」
「うん。それに、苦しんでる人がいたら助けないとね」
「旅か。そうだな」
ジェラルドは衝動的にロナを抱きしめそうになるのを抑えた。彼の中にあった、ロナを「可哀想だ」と思う気持ちを振り払うために。
ジェラルドは胸の奥で誓う。
ロナ。お前は絶対に死なせねぇ。
俺が、絶対に……。
「おい」
突然、ガルスマンがジェラルドに声をかけた。
「うぉ!? なんだよオッサン!?」
「そのままじゃ師匠として格好つかんじゃろ?」
ガルスマンが指した先にはジェラルドの顔に巻かれたバンダナがあった。
「ほれ」
差し出されたのは真新しい眼帯。ガルスマンがニヤリと笑う。
「お前にピッタリの
「ガルスマン……ありがとな」
受け取った眼帯を巻く。
「運命」を象徴する星座模様の眼帯を。
「やっぱり師匠には眼帯が無いとね!」
「ははっ。やっぱり眼帯あってこそ箔がつくってもんだぜ」
弟子に向かって笑う、眼帯の男。
「明日からまた修行だな」
「うん!」
その日、ジェラルドは真の意味で勇者ロナの師匠となった。
―――――――――――
あとがき。
ここまでお読み頂きありがとうございました。ジェラルドという男の物語が終わり、勇者の師匠の物語が始まります。大切なものを守る為の物語が……。
次回より新章開幕です。ぜひご覧下さい。
少しでも楽しんでいただけた方、先が気になるという方は☆や作品フォローを入れて頂けると、とても励みになります。どうぞよろしくお願いします。
※☆は↓の目次欄の「おすすめレビュー」から。もしくは最新話下部の「☆で称える」から行ってください。
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