第2話 その男、勇者の師匠となる

 ギギン地方にある小さな村。「シンノ村」


 村の外れでは1人の少女が農作業を行っていた。赤いショートヘアに金色の瞳。細く引き締まった身体は一見すると少年のようだが、その長いまつ毛は彼女が女性・・であることを表していた。


「おーいロナ! 次はこっちを頼む!」


「分かりました!」


「ロナ! それが終わったら次はこっちの畑も頼むよ!」


「はーい!」


 村人達の声でロナと呼ばれた少女が別の畑へと駆けていく。


 一見するとのどかな光景。しかし、1つの違和感があった。



 明らかにロナの作業量だけが多いのだ。大の大人が13歳の少女に多くの作業をさせる。それが異様さを感じさせた。



「ま、勇者ロナは天涯孤独てんがいこどくっつー設定だしな。村人には逆らえねぇだろ」



 その様子を見ていたのは1人の男。


 高レベル装備「ドラゴンメイル」を装備し、腰のニワトリ模様の鞘に収められた剣「ガルスソード」右眼には眼帯……そんな姿の男だった。


 男の存在に気付いた村人が軽い悲鳴を上げる。村人達の視線が集まる中、男は声を張り上げた。


「俺の名はジェラルド! この村へ用がある!」


 ジェラルドの声にすぐさま村長とその護衛の大男達がやって来た。


「な、なんじゃお前さん! この村に何用じゃっ!?」


「ゆ……いや、この村に『ロナ』っつー子供がいるだろ? 俺はその子供を引き取りに来た」


「ひ、引き取りにじゃとぉ……っ!? ダメだダメだ! ロナをお主のような素性も分からん男に渡す訳にはいかん! あの子は村の大事な宝じゃ!」


 村長が烈火の如く怒り出す。



 宝……ねぇ。こき使ってるくせに良く言うぜ。


 ジェラルドは知っている。なぜなら彼はゲーム「ロスト・クエスト」で勇者ロナの人生を追体験しているから。


 ゲームでの旅立ちの日、ロナは村人達が自分を利用していたことを知ってしまうのだ。


 そして失意の中、村を出た時に勇者としての神託しんたくを受ける。そういうストーリーだ。


 ジェラルドは人の良さそうなフリをする村長に苛立いらだちを感じた。


「おいジジイ! テメェ最もらしいこと言ってやがるが、さっきの光景見ていたぞ。明らかにあのロナだけ作業量多いじゃあねぇか! 村の宝をこき使うのか?」


「はぁ!? ワシはじゃな! ロナの将来を思って今のうちに苦労を……」


「報酬」


「は?」


「テメェ、ちゃんとロナに報酬払ってんのかぁ? まさか『村に住ませてやってるのが報酬』とか言わねーよなぁ? そういうのなんて言うか知ってるか? 搾取さくしゅって言うんだよ。この搾取ジジイ」


「そんなことはない! ワシは人徳を持ってじゃなぁ……」


「浮気」


「……な、なんじゃそれは?」


「テメェ、カサレラっつー女と浮気してんだろ? そんな奴が人徳ぅ?」


 ゲームで知ってるっての。散々クズな依頼をサブクエストで依頼しやがってよぉ。この村長、良い人ヅラしてるけどクズなんだよなぁ。


「なななななな何を言うとるのじゃ貴様はぁ!?」


「アンタ! 今の話は本当なのかい!?」


 突然村長の妻が現れ、村長へと詰め寄る。


「いや、ワシは知らん! 何もやっとらんぞ!」


 ゲームで散々こき使われたのに何の断罪もされねぇしなぁ。ちょうどいいや。


「奥さん。アンタの旦那夕方になると村の教会でその女と会ってますよ。神父は抱き込まれてるんで信用しない方がいいぜ」


「きいいいいいっ!! 怪しいと思ってたんだよぉ!!」


「嫌ぁ!? 殴らないでぇ!?」


 村長は殴りかかる妻の両腕を抑えながらジェラルドを睨み付けた。


「う……ぐぐ……貴様ぁよくも! みんな! 頼む!」


 村長が合図すると、屈強な村人達がジェラルドを取り囲む。


「なんだぁ? 口で勝てなけりゃ暴力ってか?」


 ジェラルドが腰のガルスソードに手をかける。


 その時、ジェラルドは思った。



 いくら俺がクソザコボスと言ってもレベル10。こんな初期村の男共に負ける訳ね〜。



 ジェラルドは舐め腐っていた。



 だが、ジェラルドは気付いていなかった。この世界はゲームのように相手のレベルを目視することはできない。彼の自信はそのゲーム経験から来ているもの。



 実のところ。



 村人達のレベルは15。



 つまり、普通に勝てないのである。



 戦えばボコボコである。



 そもそも村人はゲームでは戦う相手ではない。ジェラルドが知らないのも無理はない。


 しかし、そんなことをつゆとも知らずジェラルドはイキリ散らした。



「この伝説の戦士! 不可能を可能にする男! ジェラルド・マクシミリアンの実力を知っての挑戦だろうな!?」



「何だよ……あの自信……」

「もしかして、あの鎧って、ドラゴンの骨……?」

「アイツ、ドラゴンすら倒しちまう戦士なのか?」



 眼帯の男の鋭い眼光。村人達が見たこともないドラゴンメイル。剣を抜こうとする男のあくなき自信。


 それは……腕っぷしに自信のある男達の心をへし折るには充分な威力を発揮した。



「そ、村長……お、俺達じゃ、勝てないかも……」


 1人の男が弱気な発言をする。



 お、もう少しでいけそうだな。



 ジェラルドの隻眼せきがんがギラリと光る。



「……死にてぇ奴だけ向かって来い!!!」



 ジェラルドはそれっぽいことを叫んでみた。



「ひっ……!?」



 村の男達がその男の威圧感に脚を震わせる。




「今さら許されるとでも? 貴様らのような雑魚ざこに勝負を売られたことで俺のプライドはズタズタだ。その怒り……どう落とし前を付けてくれる!?」



「ひ、ひいいいい!? 俺達には家族がいるんです!! だからお許し下さい!!」


 男達は蜘蛛くもの子を散らすように逃げてしまった。


「ということだ村長。ロナは連れて行く」


「ま、待て! そんな簡単に我が村の労働りょ……い、いや子供を連れて行くのを見過ごせん! せめてロナの意思を確かめさせてくれ!」



◇◇◇


 しばらくすると、不安そうな顔をしたロナがやって来た。


「よぉ。俺は……」


「ジェラルドさんでしょ? 見てたよ。僕を連れて行くって……」


「なら話は早い。俺はお前の才能を知っている。俺ならお前を世界最強の戦士にしてやれる」


「僕の才能? そんなの……ある訳ないよ。ジェラルドさんの期待を裏切っちゃう」


 ん?


 ロナってこんなキャラだっけ? ゲームだとプレアブルキャラで話さないから分かんなかったな。


 まあいいか……この辺であの話を言っとくか。勇者の話を。


「そんなことは無いぞ。お前は選ばれたんだ。魔王を倒す人類の希望『勇者』にな」


「ゆ、勇者? 僕が?」


「ああ。だがお前はその秘められた力の使い方を知らねえだろ? だから俺が来た。お前の才能を開花させる為に」



 そして俺の死亡イベントをクリアする為にな。



「ほ、本当に僕にそんな力があるの? 信じられないよ……」


 ロナがモジモジと地面を見つめた。


「あのなぁ……自信無さすぎだろ」


「だ、だって……」


 ジェラルドは、ロナに視線を合わせるようにしゃがみ込む。



「自信ってのはな『自分を信じる』ってことなんだよ。お前を信じられるのはお前だけなんだぜ? 信じろ。お前自身の可能性を」



 そう言った途端。ロナは目を大きく見開いた。



「自分を、信じる……」



「そうだ。お前はどうしたい? このまま一生この村で自信の無いまま過ごすのか、自分の可能性を信じて俺と来るのか」


 ま、俺がいなくても勇者に選ばれて旅に出るんだけどな。それがゲーム本編だし。


「僕は……ジェラルドさんみたいになれますか?」


 ジェラルドを見つめるうるんだ瞳。それに応えるように彼はロナの目をしっかりと見つめた。


「ああ。俺よりずっとすごい奴になれるぜ」


「ぼ、僕ジェラルドさんと一緒に行きたい!」


「よし!」


 ジェラルドが立ち上がり、村人全員に聞こえるように叫んだ。


「ロナは行きたいと言った! 誰も文句はねぇな!?」



「……」



 村人は黙り込み、何も口にしなかった。



 ただ、村長だけが妻にボコボコに殴られていた。



「よっしゃ! じゃあ行くぜロナ! 今日からお前は俺の弟子だ!」


「はい! 師匠!」


「違うなぁ……」


「え、な、何がですか?」


「これから一緒に旅するんだぜ? 敬語なんてやめろやめろ」


 少し頬を赤らめるロナ。彼女は元気な笑顔でジェラルドを見つめた。



「うん! 師匠!」




 こうして、2人は村を旅立つこととなった。




 ロナは自分自身の可能性を見出す為に。



 ジェラルドは自身の死を回避する為に。




―――――――――――

 あとがき。


 次回は師匠と弟子が装備を整える回です。


 そしてあるクエストへ……。

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