第4話 こどものバケモノ

 俺の運命はすでに決まっていた。

「ここももうダメね」

「退くか」

「ええ」

生まれた場所はどこかの国の馬小屋。色んな国や建物を転々としていたから本当の家はあるのかどうかもわからない。帰った記憶はないから多分無い。

歩行が安定したときからそれが始まった。まだ話せるようにもなっていないのに。

「そうそう!種類によって若干違うが大体その方が安定するぞ。上手いじゃないか!」

「そうよ!この子は私たちの子ですもの。」

数年後

「そう!後はもっと大きくなって筋肉が付けば問題ない」

「さすがだわ!もう覚えてしまったの!」

一年後

「そう!相手は止まっているとは限らないからな。音や地形。使えるものはどんどん使うんだ。」

「もうそろそろただのマネキンじゃなくてもいいんじゃない?」

「うーん。かと言って実戦に出すのは難しくないか」

「私たちがいれば問題ないわ!そうでしょ!」

「君は…。ふう。母さんはそう言っているがどうする。」

「…?」

「まあ、ニードのためにも社会見学しようか!」

「久しぶりだわね!」

数ヶ月後

「いいかい。戦場は孤独だ。最悪、自分で自分を守らなくてはならない。今まで父さんが言ってきたことを自分で頑張ってみるんだよ。さあ、行くよ!」

男 ナイフ 防弾チョッキ 水

こうして華々しい暗殺ライフが始まるのだった。

「見えた敵は全て殺していいというわけではないんだ。もし近くに別の敵がいたら?無線機で報告されてより厳重な警備になってしまうだろう。相手の様子や持ち物をしっかり見るんだ。」

そっか。なら…あいつは大丈夫。無線持ちだけど使い慣れてないからほっといても大丈夫。だめ。ターゲット発見。二人護衛。うち1人チョッキ装備。

パッと見えた情報だけでも充分動きやすくなった。さすが父さん。巡回のルート、持ち物、装備。分かれば敵の動きも確かに怖くない。

「敵が見えたら後は簡単。ターゲットをやれば良いのだからね。」

護衛はどうせ金で雇われた人形。無駄に刃こぼれをしたくない。ターゲットだけやってさっさと……

「…君さ、まだ子供だよね。なんでこんなとこにいんの。」

「…。」

「やめなよ、こんな事。もっと楽しいことに人生使おうよ。」

影から話しかけてくる。初任務とはいえ警戒を怠ってしまった。どうする。背中を向けているから圧倒的に不利だ。

「大丈夫、君を襲ったりしないよ。むしろ主人殺してくれたほうが好都合だし。」

「なんで」

「そりゃ、金で雇われて汚いことをいくつもしたからな。俺には価値なんてないんだ。でも君はまだ間に合う。さあ、質問に答えて。」

「分かった。話す。」

当時の俺はバカだ。こいつは明らかに強いと悟った。俺は…弱かった。ナイフを捨てた。ターゲットはもうどうだっていい。こいつと話したい。


「父さん母さんが喜ぶから。おんなじ年齢の子がどんなことをしてるのか知らないし、そもそもやってて楽しい。」


「君、年齢からしてとっても幼そうだけど中身は別人だね。ねえ、こんなことやめて俺と逃げない?君が望むものにはできるだけ協力する。もしもっと強くなりたいと願うなら俺が協力する。こう見えてもジール国ではトップの護衛だったんだからな!武術体術ドンとこいよ。まあ、君のご両親もそこそこ強そうねー。…俺んとこに来たらパパママとはバイバイだけどね。」

「そっちいく」

「いやーわかるよ。パパママはさ、…へ?」

「おじさんに付いてく。俺強くなりたい。」

「へー。良いんだ。もう会えないんだよ。」

「いいって言ってるの。いこ。どこ行けばいいの。」

「まあ、そう早まるなって!まずは…おっと」

影から出てきた男…おじさんは、俺の身長では目も合わせられないほど高い。話しているときはしゃがんでくれていたが立って喋ると全く声が聞こえない。

「すいません。お待たせしましたー。」

「おお、よかった。今日はなんだか嫌な予感がしてなあ。おい、その子は誰じゃ。」

ちょうどターゲットが目の前にいる。しかし依頼はもう関係ないので気にしていな…え?

「ふー。やっと解放!さーて、仕事も終わったし勧誘も成功!調子さいこー!」

いつの間にか元ターゲットの首に俺の落としたナイフが刺さっていた。さっきしゃがんでいたときに拾ったのだろう。しかし動きが速すぎて全く分からなかった。

「いやー話の途中でごめんねー。ちょっとじゃまだったからさ。さて、行こうか。」

「どこに?」

「俺のアジト」


 いつか、母さんから教えられたことがある。

『もしあなたが捕まるようなことがあれば舌を切りなさい。依頼でいくつも大事なことを抱えてるはずよ。捕まったらさいご、それを教えてくれるまで離してはくれないの。だから自分のために死になさい。』

いわゆる捕虜として依頼主の敵に捕まったら…の話である。おじさんが用意した車でそのままアジトに向かう道すがら思い出した。

「さ、ついたよ。ここがアジト!」

「なるほどね。」

ここはルールが通用しない、どの国の領土でもない領土にしたくない地。名前はないがここの呼び名は

「ブラックタウン、知ってるの?」

「よりによってここか。」

「都合いいもん。…本当に君子供?」

「まあまあ。それよりこの建物なの?」

「うん。ここは知ってる?」

「ブラックマーケット。闇市だね。初めて見たけど。」

「物知りだねー。そう。ここがアジト。」

ブラックマーケット。通称闇市ではその辺の市場では売っていない物を売買する場所。臓器や武器、情報なんかが手に入る。

「迷子にならないようにしてね。…食べられちゃうかもしれないから。」

「子ども騙しとは悪趣味だね。」

「…ごめんね。」

「手ぐらい繋ごうか?そっちの方が都合いいでしょ?」

「なんで分かったの?」

「…はやく。」

「はーい。」

予想通り。多分、ここで店を出してるから知り合いを装ったほうが俺が商品にされなくて済むし、おじさんも面倒くさいのに絡まれずに済む。


「戻ったよー!」

案の定、売り場の前を何事もなく通りすぎた。

「…。」

「俺の兄弟だよ」

「…。」

「やった!用意してくれてたの?あ、でも」

どうやらお店の中には1人店番がいるだけ。そいつは身振り手振りで会話をしていた。俺には意味が分からなかった。

「あーその前に少し説明が必要だね。えっと、まず今店番をしてくれてたポムちゃん。ちょっと前に喉が潰れちゃってねー。声が出なくなったからこうして話してくれるの。」

ポムとやらは深々とお辞儀をしてニコッと笑って見せた。

「あともう1人いるんだけど…あー畑か。んーまあ色々野菜とかを作ってくれてるんだ。え、あー先食べててって?わかった!ご飯食べよ。」

その後は覚えていない。スープをひとくち飲んだ瞬間から、意識が遠のいていく感覚があった。


 目が覚めると地面に横たわっていた。手首に重い何かをつけられていてうす暗い檻の中にいた。遠くの方から階段を降りる音が聞こえる。

「やあ、お目覚めかい?ごめんねー本当はこんな事したくないんだけどさ。君、闇市のこと詳しすぎね。なんで親はただの暗殺者なのに君はここのことに詳しいの?」

「まだ何も話してないのに歓迎するには早すぎない?」

「質問に答えて。なんでここに詳しいの。」

「友達がいたから。」

「ほお。どんな。どこの出身。」

「地図にも載らない村の子。除け者にされて祠に今も拘束されてるんじゃない?」

「その子がいる祠の場所は?」

「山。正確な名前はわからないけど近くに町がある。」

「案内して。その子のところまで。」

「わかった。でも、これは外して。これじゃ歩けない。」


あの山。名前は那次裏山。場所は切り株が目印。俺が生まれた場所のすぐ近く。あいつを助けてやりたいと思ったけど、もう遅いだろう。確か6歳の誕生日であいつは…

「おい、行くぞ。案内しろ。」


 ―村の規定によりこの子……を神に捧ぐ。

両親についていかなければ良かったのかな。


 那次裏山近くの町に着いた。船で2、3時間。ここから歩いて1時間。もちろんその間逃げることもできたが、さすがにそんな体力は残っていなかった。

「さすがに今日はこの町に泊まるか。」

ホテルでは手錠をつけられロッカーの中に入れられた。逃げるわけないのに。だが、手錠はおもちゃ。鍵も音だけで戸を蹴飛ばしたら開いたのでびっくりして閉めた。


「おはよー。さ、行くよ。」

軽くホテルで食事を済ませ山に向かった。

 山には大きな滝がありその裏から近道できるルートをだいぶ前に掘っていた。撒くならあそこ。もしまだあの子が元気なら一緒に逃げよう、と一途な希望を持って山を登った。

「ここ通るの?」

「その方が速い。」

「ふーん。」

予定通り滝の前まで来た。滝の前には飛び越えられる岩が等間隔であって、渡っている隙に滝裏に逃げればいい。見つかる可能性と追いつかれる可能性もあるため先に行く。そのほうが渡れる信用もあって滝裏には気づきもしない。

「この岩のとこ渡って。あと、ここ一番滑るから気をつけて。」

助言をし、少しの信用をとりに行く。まさか逃げるとは思っていないだろう。

「その次の岩。気をつけて。」

今だ。

「うん、この岩ね。…って。やっぱねー。」

後は滝裏に入って穴を抜ければすぐに着く。子どものサイズで掘ったからあんな大男は絶対入れない。

「俺、その村の出身だからね。まあ、油断してたけど。」

穴の後ろから声が聞こえる。…今思えば、おじさんあの川幅なら飛べたのでは?まあ、どちらにせよここは通れない。そしてブラックマーケットにいたなら、あの村とはもう関係は薄い。多分村には近づけない。落ち着いていこう。

「……ね。」

穴の入り口からおじさんの声が聞こえたがもうわからない。もう追っては来てないようだ。後は穴から出て祠まで走る。町まで行けばなんとかなる。


「村長。あの子は本当に大丈夫ですかね。」

「うむ。問題ない。あの子は鬼の子なのだからな。」

ここに来て…きっとあの村の人だろう。でも今は何も持っていない。祠には慎重に近づくしかない。

 幸い、身長が低いおかげで背の高い草に紛れることが出来た。

「リド。リドいる?」

「え?ニード?なんでここに?」

「いいから早く。俺も追われてるんだ。縄は解けてるでしょ?早く」

「わかったよ。村の人はいない?」

「村長ともう1人。それ以外はいない」

「わかった。それ味方だから殺さないでね。」

「うん。」

祠の中からは見慣れた布面の少年が1人。祠を蹴破って出てきた。

「…久しぶり。どこに行ってたの。」

「旅行…かな?」

足音。3…いや4人?火が燃えてパチパチいう音。いよいよだったのか。

「逃げる場所は決まってる?」

「一旦町にいこ。とりあえずここはもうまずい。」

足音がどんどん近づいてくる。何人いるかもわからない。とりあえず祠の中に土やら藁やらを敷き詰めて中を見えないようにした。後は村長に任せて大丈夫らしい。

「あー滝裏はやめといた方がいいかも。そこで撒いたから。」

「…ん?まあいいや。じゃ、普通に降りるか。」

降りている途中で人影を何度か見た。一応町に入る前に変装の意味で俺は着ていたパーカーを脱いで髪の毛を整えた。リドは布面を外して俺のパーカーを裏にして着た。何度か今山で起きている火事について山から出てきた俺たちに聞かれたがよくわからないので

「おれたち、やまで虫とりしてたんだ!きょうはね、ゲジゲジみたよ!むしかごわすれちゃったから今日はつかまえられなかったんだー。」

と、子どもオーラ全開でどうにか振り切った。リドからの冷たい視線も振り切った。


 こっそり貨物船に乗り込み海を渡って大きな街に着いた。この国は他国とは違い、経済、軍事力、人的資源など多方面に優れていて、まずホームレスで困ることはない。子どもの容姿ならどこかで保護してくれるだろう。

「君。もしかしてあの村の子どもだったりしないか?ほら、那次裏山にあるあのーあれ。」

思ったとおり。

「そうだけど。何。」

「あー良かった。君、鬼なんだろ?俺と一緒に来ないか?」

「お前はだれ。」

「あー。自己紹介がまだだったな。俺はこの国の軍のリーダー。アルファだ。」

「なんで俺のこと知ってんの?」

「リド、その人知り合い?」

「君は?」

「ただの一般市民。おじさん、有名人だよね。なんの用?」

「よく知ってるな」

「どうせ駒にされるだけだよ。行こ。」

「えええ?ちょ、ちょっと待つんだぞ。」

「何?おじさん知らない?俺のこと。」

「知らないぞ。そこの奇妙な服の子どもしか知らない。」

あ、船の中で暑くてパーカー脱いじゃったんだ。

「なら良かった。んじゃ。」

「ちょ、まって。誰が駒にすると言ったんだ?」

「軍兵でしょ。今どきスカウトなの?」

「まあ最後まで聞け。君の力を貸して欲しいんだ。」

「俺?俺特に何もないけど。」

「その鬼の力。暴走するんじゃないか?」

「うん。まあ、たまにするけど。それが何?」

「俺たちならお前の暴走、抑えてやることができるぞ。その代わり俺たちの手伝いをしてほしい。」

「ほんと?…いや待って。俺だけ?」

「そっちの子は何ができる?」

「ふふん!こいつすごいんや!サルみたいに木登り速いし、俺と追いかけっこしてもいっつも俺が先に疲れちゃうし、捕まらないし。」

「ん?鬼より体力がある?鬼より速い?鬼は生まれながらに力を持っているから未熟なわけではない。…鬼よりバケモノ?」

「まあそういうことよ!どうだ!俺を連れてくならこいつも連れてけ!」

「なんでー?早く逃げよ。明らかに変態だよこの人。」

「んな!わ、わかったぞ!お前も一緒に歓迎しよう。君たちは俺と一緒に働く“幹部”となってもらう。」

「こいつと一緒ならいいよ!ね?」

「う、うん。わかった。行くよ…」

「よし、交渉成立。拠点に戻る前に…ケーキ屋寄ってもいいか?」

「けーきや?なにそれ。」

「行ってみればわかるぞ!甘くてな…」


 けーきやで箱いっぱいのものを買った後。街を抜けて坂を登り、拠点っぽい門をくぐり抜けた。

「…アーールファーー!」

「うっ。ヤベッ。」

「まーたお前逃げたな?今度はどこまで…だれ?そのちびっ子ら。」

「ふう。前話した鬼の子とその取り巻き。今日から幹部だぞ。」

「うわ。また勝手に決めたんか?あー書類がまた増えたー」

「あいつは幹部のナンバー。今はほっといて君たちの部屋を案内しよう。」

「う、うん。」

ナンバーという人は門の前で一人「書類がー」「部屋に軟禁しよう」とか言っていたからおそらくアルファの世話役といったところだろう。とにかく今は部屋で休みたい気分だ。長くて大きい階段を何度も上がってようやく着いた。ここなら外の壁から上がった方が早いのに。

「君たちは一人ずつの部屋がいいか?二人で一緒もできるが。」

「別の部屋で」

「べつべつで」

長い廊下には無数の部屋があった。ドアは子どもの身長でも届かなそうなドアノブがたくさんある。

「ふむ。ならこことその隣の部屋を自由に使うといい。この階には幹部しか入れないからな。それと、早速で悪いのだがこのあと幹部の会議があるから出てくれ。」

「…いいんか?」

「ん?なにがだ?」

「俺、鬼なんよ?暴れ回ってだれかケガさせるかもしれないんよ?」

「んふっ。あーっはははは!」

「な、なにがおかしい!」

「いや、だってここには俺が認める強いやつしかいないから。自分の身くらい自分で守れるぞ。」

「本当にここにいてもいいんだな?」

「ああ。今日からお前たちは仲間だ。だから会議で他の仲間にも自己紹介してくれ。」

「…わかった。」

「では。また後で呼びにくる。」

アルファは部屋を出て行った。長い廊下でくすくす笑っている声が聞こえた気がした。

「ねえニード。なんであの人俺のこと知ってたと思う?」

「さあ。ここ、学校とくっついてるみたいだしこんだけでっかい建物なら本がいくつあっても不思議じゃないからね。図書館あるんじゃない?」

「ほんと君って観察力あるよね。」

「いやいや。君こそ“この国”のこと本で知ったんでしょ?いいなあ文字が読めるって。」

「まあね。とりあえず寝る。疲れた。」

「そうだね。俺もねるー」


この国…いや、軍隊のこと。リドはどのくらい知っているのだろうか。村にある本はなぜか新しいものばかり載っていた。せっかく俺が現地で見てきたことも、「知ってるよ!」と得意げに話す。なら、この軍事国家のことを知らないわけがない。なんであんなにあっさり返事してしまったのか。ふあー。ねむたっ。


 俺は廊下に響く足音で目が覚めた。アルファが呼びにきたのだろう。

「リド。起きてー。もうじき会議だってー。」

「…。」

「リド?…っまさか!」

部屋のドアからノック音が聞こえた。

「おーい。会議行くぞ。」

まずい。今ここでドアが開いたら逃げてしまう。急いでドアに近づいた。

「今はまだ開けないで。」

「その声はちびっ子の方だな。鬼の子がどうかしたのか。」

「ねえ、暴れてもいい広いところない?」

「…わかった。その窓から見えるのが中庭だ。周りは塀に囲まれているからそこなら自由にしていいぞ。」

「…ありがと。」

窓の外を確認すると確かに広い中庭がある。日が落ちてきて見えにくいがこのくらいなら充分だろう。

「リド。下いこ。」

「ゔう。」

リドの鬼化が始まったのである。まさか幹部のメンツとこんな形で顔合わせとは。とりあえずベッドのブランケットを拝借してリドを包んだまま窓から中庭に降りる。


《ぴんぽんぱんぽーん。放送担当フレンでーす。兵士の皆様に連絡でーす。総統命令により本日は中庭の使用を禁止しまーす。近づくのもやめてくださーい。窓から覗くのもおすすめしませーん。入ってくる兵士は速攻死にますのでご注意くださーい。総統命令です。以上。》


どうやら館内放送のようだ。これで思う存分楽しめる。さっき寝たから体力もバッチリ!

「リド。大丈夫?」

「ゔゔ。ごべん。」

「いいよ。君も辛いでしょ?早くしよ!」

「ゔゔ。」


「さて。あいつらの戦闘能力が見れるんか。にしても、いきなり拾って来て寝てたと思ったらこれか。子どもっちゅうもんはほんまバケモンやな。」

最上階の窓から会議に集まった幹部が二人を見下ろしている。

「いや、案外そうでもない。鬼の子もそうだが、ちびっ子のことは本当に知らないぞ。」

「あの子、本当に人間なんですか?まるでサルのような動きですけど。しかも鬼と互角にやり合うなんて。アルファさんでも厳しいんじゃないですか?」

「さあな。打開策もあるし今は見守ろう。」

「おーやってるねー。って、どっちが噂の子ども?」

「まあ、どっちもすごいっちゅうことはわかったわ。」


 やっぱり前より動きが速い。歳とるごとにレベルアップか。ずるいなあ。俺はあんなに頑張っても結局悪いおじさんに捕まっちゃうんだもん。

「リド!そんなんじゃ俺に追いつけないよ!もっと身体を動かすんだ!」

リドが正気に戻るには今のところ二つの方法がある。

1、体力を減らす

2、鬼よけの道具を使う

2に関しては本に書いてあったらしいから具体的な方法も道具もなんのことだかわからない。だから今は身体を動かして発散させるしかない。だけど、それももう限界がある。今は俺が壁を使って逃げていれば体力がじきに尽きる。でも、リドの方が成長が早い。確実に前よりも足が速い。戦うよりも逃げるしか選択肢がない。

「ああゔゔゔ」

そろそろ疲れていたらしい。次は…


「あのちびっ子凄いな。逃げてるだけやと思ったら体力減らしてたんか。」

「おー。体術もいけるか。どっかの国で見た柔道ってやつに似てるな。」

「私あの子の方が気になりますね。」

「ぼくもー。」

「おっ!そろそろ決着つくんじゃないか?」

「がんばー」

「おー。いいカウンターですね。」

「あ!そこだ!いけー!」

「…お前ら楽しみたいだけじゃないか?」

「まさか。」

「ううん。」

「そんなことないぞ。」


 そろそろか?後は持って来たブランケットで包めば…。よし!これで終わり。

「おい!終わったぞ。そこで見てんだろ?」

「すまんなー。今降りるから待ってろー」

あー窓から降りないんだ。礼儀はあるようだなあ。


「いやーさすがだね。色々聞きたいことはあるけどまずは部屋に戻ろうか。」

大人が4人。これらが幹部なのだろう。それらしい服を着ているから大体察しはついた。とりあえずさっきのナンバーという男がリドをおぶって部屋まで運んでくれた。リドはいつものように眠っている。

「さて、ここで少し話してもいいかな?」

「うん。自己紹介だったね。俺はニード。んで、こいつはリド。みんな知ってるとおり鬼の血を引く人間。」

「ここまではみんな知っとんねん。今俺たちは君が何者なのかを知りたいんや。」

「俺?俺は一般市民。さっきまで誘拐されてたってところかな?もう親の前に戻る気はないけど。」

「ますますわからなくなったぞ。」

「えっと?誘拐される前は何をしていたのですか?」

「…特に、なにもしてない。」

「はーい質問。君たちは兄弟?」

「違う。俺が山で遊んでたら祠にこいつが閉じ込められてた。なんでなのかは俺も知りたい。」

「まあ、今日はここまでだ。みんな飯まだだろ?」

「あ、そういえば。」

「忘れてましたね。」

「思い出したらおなかすいたー」


―食堂

「いらっしゃーい。あら、かわいい!拉致して来たの?」

「おばちゃん!違うぞ。この子は新しい幹部だぞ!」

「あら、ごめんなさい。いらっしゃい。あたしはここのおばちゃんよ。みんなのご飯を作ってるの。」

「ど…どうも」

「うふふ、かわいいわね。ねえ、お名前は?もう付けてあげたの?」

「あ」

「そーいえば」

「忘れてましたね、恒例行事。」

「おばちゃんなんかいいのないか?ちなみにもう一人いるが。」

「あらやだ。もう一人かわいいのがいるのー?じゃあ、お肌がとっても白いからシロとかどうかしら?」

「なんか犬みたーい」

「シロか。犬やな」

「なんかしっくりきませんね。」

「うーん。リンネはあるか?」

「白いといえば私は絹…シルクをイメージしますね。」

「お、いいじゃん」

「ええなー。」

「じゃあお前は今日からシルクで。」

偽名?こんなにあっさり決まるもんなのか?ま、いっか。

「リドは?」

「あー鬼の方な。おばちゃん、頼んだぞ!」

「そうね。鬼の子。今日はチキンライス。…ライスちゃんでどうかしら?」

「いいんじゃない」

「ええなー。」

「しっくり来ますね。」

「ではリド改めライスで。」

へー。そんなあっさり決まるんだ。

「伝えとく。」

「ああ、よろしく。ではまずは…おばちゃん。」

「はいよ!すぐできるから席で待ってて!」


各々決まった席があるらしくバラバラに散っていった。俺は目の前のテーブルにひとり座った。

「あんた達!今日くらい一緒のテーブルで食べたら?」

「…それもそうだな。」

「アルファのとこいこー。」

「シルクさんもいきましょう。」

「う、うん。」


 それから料理が来るまでの間ここのことを少し知った。ここは軍学校と政府が運営する軍事基地がくっついているらしい。この食堂には毎日たくさんの生徒や兵士が来ることと区切りがあること。幹部の仕事など。

「そういえば私たちの自己紹介、まだでしたね。」

「ああ、そうだった。まずは俺。ここのリーダーのアルファだ。総統と呼んでくれてもいいぞ。」

「次は俺。ナンバーや。書類があるときは俺に見せてな。」

「あーぼくね。ぼくはフレン。普段は情報処理、パソコンカタカタしてまーす。あと放送もぼくがかけてるよ。」

「私の番ですね。リンネと申します。普段は軍学校の校長をしていますので、用事があればそちらまで。後は武器庫の管理をしています。」

「ありがとう。」

「ああ、言い忘れていたが明日から配属を決めたいから少し幹部と腕試しがてら遊んでくれ。今はフレンが長距離部隊…まあ援護射撃の隊長をやってくれてるんだが同じようなのをシルクにも任せたい。」

「わかった。なにするの。」

「ライスと一緒に鬼ごっこをしてもらいたい。」

「げ。アレやるのー」

「私は不参加で。」

「ああ。リンネは見学で。フレンとナンバーは強制参加。俺もやるからな。」

「うわあ。ホンマですかー。ルールは?どうします?」

「殺さなきゃいい。」

「んー?誰がおにー?」

「もちろんワイドル。」

「うわっ」

「うわー」

「がんばってください。」

「だれ?」

「俺の犬。」

「そんなに強いのか。その犬」

「やってみればわかるぞ。」


「出来ましたよー!」

少し疑問だったが犬ならなんとかなるだろう。俺の直感は少しも当てにならないことは次の日になってやっとわかる。今はそんなことは知らず、ただ大盛りのチキンライスをほおばった。


―風呂場

 俺が嫌いなこと。それは風呂に入ること。服も装備もなく弱点を晒すのがとにかく嫌だ。誰かと一緒に入るならなおさら。でも、入らないのはさすがにまずいと思いサッと入ってサッと出た。


 風呂から戻りリド…ではなくライスの部屋の前まで来た。

「リド。起きてる?」

「…。」

返事は返ってこなかった。一度様子を見に部屋に入った。

 部屋にはまだ寝息をたてるライスがいた。安心したので部屋に戻ろうとしたら

「起きてるよ。」

少し話をした。

「気分はどう?」

「なんともないよ。いつもありがとう。」

「それならよかった。お腹は空いてない?食堂に行こうか?」

「明日にするね。いつもの反動で身体が動かないから。」

「わかった。あ、それから君の偽名が決まったよ。ライスだって。俺はシルクね。」

「何その名前!面白い名前だね。」

「そうだね。あと、明日は君と一緒に鬼ごっこをするんだって。」

「へー。まあ、詳しいことは明日聞くよ。とりあえず疲れちゃったから寝るね。シルクも明日鬼ごっこ負けないようにしなきゃ。」

「そうだね。じゃあ俺は戻るね。おやすみ、ライス」

「おやすみ、シルク」

俺は少し背伸びをしてドアを開け、ゆっくり閉めた。ふう、さすがに今日は疲れた。隣の部屋が遠く感じる。もう眠気で目が開かない。


 日が昇って来た。昨日は廊下を歩いた後の記憶がないがいつの間にかベッドで寝ていた。とりあえずカーテンと窓を開ける。朝の冷たい風が部屋に入ってくる。いつものパーカーを着て建物の中を少し見てまわろう。


 かなり視力はいい方だと思ったが、部屋を出て左右どちらとも先が見通せないほど遠い。ここが軍事基地かとやっと理解が追いついた。

「あー、おはよ。えっとー、あ!シルク!」

「おはようフレン。」

「今日は眠れた?」

「うん」

「いやー、昨日部屋の前を通ったら君がドアの前で寝ていてびっくりしたよー。たまたまナンバーが一緒だったから運んであげれたけど。」

「あー、やっぱり」

「心当たりがあるなー。次から気をつけてよー。ぼく一人じゃ運べないから」

「昨日はありがとう」

「どうもー。というか君って早起きだねー。まだ日が昇り始めたばっかりなのに。何しに行くの?」

「この辺散歩しようとしてた」

「じゃあぼくの眠気覚ましがてら案内されてよ」

「わかった。よろしく」


 それから色々見てまわった。情報管理室や放送室、資料室、武器庫、図書館、軍学校などを軽く見た。全体的に大きい。

「ねえ、この穴なに?」

「あー、これはダクトだね。」

「だくと?」

「排気口。空気が抜ける穴っていえばわかりやすい?」

「入れる?」

「君なら入れると思うけど掃除してないからなー」

「掃除したら入っていい?」

「いいんじゃない?誰も使ってないし。それよりご飯食べない?おなかすいたー。」

「食べる」


―食堂

「あらおはよう。早いのねー」

「おばちゃんおはよー」

「おはよう。」

「今日はオムレツよ!はい、どうぞ」

「ありがとー。シルク一緒にたべよ」

「うん。おいしそう。」

「うふふ。いっぱいたべてね」


フレンは兵士用と書かれたテーブルに座った。俺はその隣に座った。

「フレン幹部!おはようございます。」

「おはようございます。」

「おはよー」

「…失礼ですがこの子は?」

「ぼくの子」

「!!」

「ウソ。新しい幹部だよーシルクくんっていうの。仲良くね」

「はっ!失礼しました。シルク幹部よろしくお願いします」

「うん。よろしく」

それから何事もなかったかのように兵士と食事をとった。

「ぼくね。兵士のみんなとごはん食べるの好きなんだー。朝早い時間にくるときはみんなと食べるんだよ。」

フレンがここまで兵士に慕われているとなると相当強いんだな。鬼ごっこが楽しみだ。

「そうなんだ。」

オムレツはおいしかった。昨日も寝ぼけてはいたがチキンライスの味は覚えている。とてもおいしかった。睡眠薬とか入ってなくてよかった。

「さて、ぼくは部屋に戻るよ。君は?」

「戻る。」

「じゃ、行こっか。」


 食堂を出てすぐアルファとナンバーに会った。

「おはよー」

「おお、おはよう。ここにおったか。ちょうどいい。俺の部屋来てくれんか?」

「わかった。」

「ぼく部屋戻るねー。またあとでー」

「はいよー。ほないこか。」

ナンバーの部屋について行くことになった。

「昨日はありがとう」

「ああ、よく眠れたか?」

「うん。」

「次は部屋で寝るんやで」

「わかった。」


ドアの前に着いた。

「もどったで。」

「はい。では採寸していきますね。」

「軍服作ってもらうから。」

「わかった。」

そういえば俺もライスも手荷物は一つもない。だからこの服一枚しか持ってなかった。

「ありがとうナンバー。」

「あいよー。軍服は支給品やから大事にしてな。私服は休みの日に買いにいってな。」

「うん。わかった」

「はい!終わりましたー。それでは後日。」

「ありがとうな。」

「ありがとう」

採寸をした人は部屋を出ていった。きっと専属の人なんだろう。

「さて、みんなが朝食取り終わったら昨日言ったやつやるからな。身体あっためておいてな。放送で呼ぶから部屋戻ってええで。」

「わかった。またあとで。」

「期待してるで。」

ナンバーの部屋を出た。とりあえずライスの部屋に行ってみよう。あの調子だとライスも採寸してもらったのだろう。


「ライスー起きてるー?」

「おきてるよー」

「入るよー」

ドアを開けると窓から風が吹いて来た。

「おはようシルク。」

ライスはイスに座って本を読んでいる。

「おはよーライス。寝れた?」

「うん。ねえ、この本、タイトル読める?」

「わからない。なんて書いてあるの」

「『シルクロードの歴史』って書いてある。でも、読んでもさっぱりわからない。」

「君は本当に本が好きだね。」

「文字教えてあげようか。これから使うと思うし。」

「そうしようかな?この後は放送で呼んでくれるみたいだからさ。」

「あ、そうなの?じゃあまずは…」


《ぴんぽんぱんぽーん。こちら放送のフレンでーす。幹部のみなさんは全員武器庫①に移動してくださーい。シルクー。さっきのところねー》

フレンの放送が入った。そろそろだ。

「探検でもしてたの?」

「そんなところ。行こっか。」


 武器庫前にはすでに他の幹部が揃っていた。

「みんなおはよう。じゃあ改めて、ルールを説明すんで。」

「はーい。」

「よろしくお願いします」

「鬼ごっこでワイドルが鬼な。ワイちゃんよろしく」

「わん!」

「んで、殺さなきゃなんでもあり。ここにある武器も使用可。腰にワイちゃんの大好きなオヤツをぶら下げてそれが食べられたら負け。最後まで残ってた人の勝ち。質問ある人ー?」

「はーい。範囲は?」

「この建物全部。学校の方まで使ってええで。」

「大規模だね。」

「他に質問ないなら始めるで」

「兵士や生徒は使っていいのか。」

「はーい大丈夫です。許可とってありまーす。他には?」

「なし。」

「なーい。」

「ほなやろか。まずは各々武器を選んでオヤツを腰に巻いてな。」

俺は武器庫にあったナイフを取った。それをいつものとこにセットした。後は雑巾。それでかんべき。

「それじゃああと5分後に始めるなー。ワイちゃん頼んだで!」

「わん!」

一斉に建物の中に散っていった。


 俺は自分の部屋に戻った。というのもダクトが気になっていたからだ。天井についている格子を取って飛び移った。小さい俺の体なら余裕で移動できそうだ。ただしホコリとススがひどいのでワイドルが来ないうちに雑巾で拭き取っておこう。


 結構時間が経った。追われてる様子も見たいからあちこち掃除をして様子を見たがワイドルどころか他の幹部の姿がない。とりあえず図書室に出た。

「おお、まだ残ったったんか。」

「ナンバー、みんなもう捕まった?」

「いや、まだ誰も。なあシルク。中庭で組み手やらんか?」

「罠?」

「今俺が思いついた。」

「なんで今?」

「書類に追われてないからや。」

「なるほど。やろ。何すればいいの?」

「武器はなし。体術一本勝負や。」

「わかった。行こか。」


中庭についた。ワイドルの匂いや気配はどこにもない。本当に鬼ごっこしているのだろうか。

「さて。やーっと俺の番や!いやーごめんな。色々ややこしくてー」

「何が?」

「実はな、鬼ごっこは嘘や。ほんとは俺とシルクが組み手するためだけの話やったんや。」

「なんで嘘つく必要が?」

「そりゃライスと離す必要があったからや。」

「一対一でやり合いたいから。そういうこと?」

「ああ、理解が早くて助かるわ。まあ…細かいことは後で話すとして実力テストと行こうか。」

「武器おくね。」

なんか上手く言いくるめられた気がするが、とりあえず隊長の話は本当のことのようだったのでルール通りナイフを置いた。

「じゃあいこか。」

「あんま得意じゃないから手加減してね。」

「フッ、何をいうか。行くで。三、二、一…」

次の瞬間、ナンバーとの間合いを詰める。本当に体術は得意じゃないし武器もないからどう攻めていいのかわからない。でも、大体の急所は把握しているからなんとかなるだろうか。

「そもそも不利だと思わない?」

「俺もやりたくないねんて。リーダーの御達しやから仕方ないねん。」

「そっか。じゃあハンデちょうだい。」

「ええで。何がある?」

「そこの木の棒で。」

「これか。ほい。」

これでリーチは五分五分。多分すぐ折れちゃうと思うけど無いよりマシ。

「それじゃあ行くで。」

ご丁寧にまたカウントを始めてくれたので不意をついて足を狙った。

「お前卑怯やなぁ。」

「元々こっちが専門だよ。」

「なるほど?じゃあ」

ナンバーは柱に向かって走っていった。と思ったら駆け上がり宙返りで俺の頭上を取った。

「隙あり」

滞空中は相手のリーチが長く俺はかすりもできないだろう。ならしゃがんで着地を狙えばいい。必ず両足での着地になるその一瞬の隙を狙った。

「おっ!お前ええやないか!ちょっと楽しくなって来たな」

「そう?じゃあ今度は俺から」

着地後でふらつくナンバーを見ながら俺はさっき掃除したダクトに入った。中庭に繋がるダクトは3つありまあまあ距離がある。撒くくらいには充分な程だ。

「ほら、こっち。走らないと間に合わないよ?」

「くっそ、だいぶ卑怯やぞ。」

「だから元々こっちだって。」

「まあいいや。大人なめんなよ!おら!」

「残念。次はこっち!」

「はあ!速すぎやろ」

「…ナンバーが遅すぎる」

「モソモソ喋るなお前!わかった。どうやったら出て来てくれるんや。」

「…ダクト掃除係を雇う」

「……お前、一回でてこい。」

「わかった。」

一応雑巾で掃除はしたが何度も同じところを通るとこびりついたホコリが服にまとわりついてしまった。

「その服ぬいだら?」

「うん。」

気持ち悪かったのでさすがにパーカーをぬいだ。黒いパーカーはホコリで白くなっていた。

「汚ったなぁ。」

「…洗濯いこか。その格好じゃ寒いやろ。俺の服貸すわ」

「いい。続きは?」

ただダクトに入ってイライラさせてたわけではない。動きのクセ、持っているペンやカッター。観察をしていた。

「まだやるんか?俺はええけど寒くないか?」

「馬鹿は風邪ひかないから大丈夫。でももうダクト行かない。」

「それはよかった。やろか。」

いつもパーカーの下に色々仕込んでいるから肌着一枚は心許ない感じがする。でも今まで装備してたものがなくなると体も軽い。

「そういえばどうすれば勝ちなの?」

「あー忘れとったな。じゃあ地面に膝着いた方の負けはどうや?」

「わかった。」

「じゃあ始めるで。三、二、一…スタート」

ナンバーは立っていたシルクを投げ飛ばそうとつかみにかかったが瞬きの間に視界から外れていた。

「遅いよ。」

俺はまっすぐ突っ込んでくるナンバーを飛び越え背後に回った。落ちていた木の棒をナンバーの背中に当てる。

「お前、ホンマか今の。俺、見えへんかった。」

「…だってナンバーが遅いんだもん」

「モソモソ喋るな?…どうやら俺じゃ相手にならんようやな。…アルファ?聞こえとるんやろ?降りてきてや。」

「アルファ強い?」

「少なくとも今いる中では一番やな。なるほどな。お前はスピードか。」

「?」


「いやー待たせたな。ナンバーがボコボコにされたと聞いて。」

「されてませんー」

「もう一回やる?」

「俺じゃ相手にならんやろ?」

「うん。」

「うん、て。まあそういう訳や。アルファ頼んだ!」

「お前で遅いって。…やりがいがありそうだな!」

「後は頑張ってー俺ライスの様子見してくるわ。あ!負けたら書類増えるからな!じゃあ!」

「お、おい!待て!…まあ、始めようか。」

「いいの?書類。部屋に軟禁されるよ?」

「…勝てばいいんだぞ!さっきはどんなルールだった?」

「膝が地面についたら負け。」

「ではそれで。ハンデは…いらんな。」

「うん。くれてもいいけど。」

「やらんわ!ナンバー負けてるんだから。じゃあ…はじめ!」いたああ


ずいぶん雑に始まるなーと思ったが、どちらも動かない。

「なんで動かないの?」

「お前こそ。」

「不毛だな。俺はただお前の実力が知りたいだけなんだが?」

「正直どう闘っていいかわからない。不意打ちとか武器を使うのが得意なんだけど。」

半分ウソだ。言っている事は本当だがアルファの隙が無さすぎて動けない。どうにか隙をつくりたいが。

「意外と慎重派か?今まで会ったことないタイプだな。まあ要するに一瞬でも隙が欲しいのだろ?5秒だけ目をつぶってやる。」

アルファは本当に目をつぶった。しかし宙に浮きながら。

まあ、隙はある。目を開ける時はまず地面を確認するはず。だからアルファより高く飛べば背後を取れる。足音を消して壁から高く飛ぶ。これだけ。

「能はあるようだな。あと観察眼が鋭い。非常にいい目をしている。」

「げっ。」

5秒後、地面についた時に俺はアルファの背中にくっついていた。背後に近づいたあとアルファの腕が俺を掴んだ。投げ飛ばされそうになったのを防ごうとした結果背中に張り付くしかなかった。

「やっと捕まえたぞ!このまま捕まってるんだぞ!」

「え?え?いや、あの離して。」

「いやだ。お前ケガしてるからな。」

「…わかってたならどうして。」

「だって分からなかったぞ。風呂もしっかり入ってないし普段の立ち振る舞いでは健康そのものだったからな。」

ライスは気づいていただろうか。会ってからまだ1日も経っていないのに異変に気づけるのはすごいなあ。俺はずっと利き手の手首をケガしていて食べるときも闘うときもずっと利き手の反対の手だった。一応両利きだから普段の動作に支障はなかったが…

「ごめんね。」

「どうしたんだ?」

「ちょっと馬鹿にしてた。」

「ああ、これから訓練で厳しくなるから覚悟してるんだぞ。」

「うん!よろしくね。…あともう抑えなくても逃げないよ。すごく痛いんだけど。」

「すまん。普段のクセが。しかしお前軽いな。これからちゃんと食べるんだぞ。」

「わかった!」


次の日。俺の配属が決まった。

「これより総統命令により、配属を宣言する。先日我らルビー国軍事基地の幹部に仲間入りしたライス並びにシルク。ライスの配属を前線部隊に。シルクの配属を暗殺部隊に決定した。以降、方針や人員選別時には彼ら隊長が先陣を切る。なお、隊長が確定したことにより一度兵士全員軽くテストをしたい。普段の訓練を我々幹部が見させてもらう。そこで配属が変わることがあることも覚えておいてくれ。では訓練に励むように。」


 こうして総統の選別により俺は暗殺部隊の隊長となった。新しく導入された隊のため、他の隊から兵士を連れてくるようだ。人は俺が選んでいいらしい。これから楽しく過ごせそうだ。


このあとアルファは

「いやー必要だとは思ってたんだがな。なかなか人材が揃わなくてな。シルクと組み手をした瞬間、こいつだ!と思ったんだ。兵士も順調に育って来ているから配属を変えるには丁度良かったのかもしれんな。」

と、暗殺部隊について話していた。

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