第5話 スノードロップの咲く頃に

 夢を見た。白い花が舞う場所で目覚めると声が聞こえる。

“あなたを待っています”

二月のまだ寒い日の記憶だ。君がぼくに送った最初で最後の花。ぼくは嬉しかったよ。花言葉に詳しかった君はきっと一生懸命選んでくれたんだ。


「ぼくのせいだよね。」


 自分の声に驚いたフレンはベッドから飛び上がり部屋の隅で何かに怯えた。まだ日は昇っておらず辺りは暗い。普段はすぐに仕事ができるよう開けているパソコンも修理に出していて今日はない。

コンコンコン

ノックの音が扉から聞こえてくる。

「フレン?起きてるノ?なんか音が聞こえたけドだいじょうぶ?」

どうやら夢からは覚めていたようだ。レコードの声に応える。

「うん。大丈夫。ベッドから落ちたみたい。」

「…今から一緒ニ食堂行かない?」

「そうしようかな?」

扉を開けるとまだ寝巻きから着替えていないレコードが心配そうな顔をして立っていた。

「まだ暗いねー。あかり持ってる?」

「うん、持ってル。ついでに着替えてくるネ。」

いつも部屋の電気を付けると他の幹部が起きてしまうためこの時間はランプを使うようにしている。だが、これも先日つかなくなってしまった。レコードは夜目が効くため、これが必要ないらしい。とりあえず、今日は一日休暇をもらっているためシワシワのワイシャツで過ごそう。


「準備できタ?」

「うん。今行くねー」

レコードの部屋は隣。軍服に着替えているはずなのに、どうしてぼくより用意が早いのだろう、と靴を履く。

扉を開けると軍服をしっかり着てランタンを持ったレコードがいた。

「いコ。」

「うん。」

互いに食堂へと足を進めた。


―食堂―

この時間でも一応調理員はいる。住み込みなのでいつでも待ってくれているというわけだ。

「おばちゃん、おはヨー。」

「レコードちゃんおはよう。待ってたよ。あら、今日はフレンちゃんも一緒?」

「ウン、連れて来タ」

「そうかい!おはようフレンちゃん」

「おはよーおばちゃん」

調理員のおばちゃん。ぼくがここに入った時にはすでにいた。風の噂で、実は元マフィアとの噂だが真相は誰にもわからない。

「いつものおねがイ」

「はいよ!フレンちゃんも同じのでいい?」

「うん。」

レコードのいつものとは砂糖、牛乳ましましのコーヒーのことである。美味しい。自分で作ってもあの味にはならない。おばちゃんの裏メニューである。

「サテ。」

「ん?」

「フレンがあそこまでなるのハ初めて見たかラ。」

「げっ。見てたん?」

「部屋の隅でナイフ構えてるとこミタ。」

多分ダクトからのぞいたのだろう。シルク同様レコードもダクト移動が得意だから…って勝手にのぞくとは。


「今度はドウシタノ。」


「…アルファ以外に話したことないんだけど」

 ぼくはここにくる前、ちょっとしたハック技術を使って小遣い稼ぎをしていた。

「はーい、今日も元気?」

同じ施設で育った友もいた。

「やあ、グラン。元気だよ。」

共に親とはぐれて戦場で拾われて育てられた子ども。互いに別々の国だったけど、拾われた施設の人が共通言語を教えてくれた。拾われた国自体も周りの国と比べ、技術が発展していた。そのおかげでパソコンには苦労しなかった。

「今日も行きましょう!」

「うん、そうだね。」

最初は町の電気屋に潜り込んでパソコンでハッキングをかけて、簡単なメールでお金を騙し取ってた。

 それもだんだん飽きてきたからハッキングする場所を変えていって国営のプログラムまで二人で協力して入ったんだ。あのときはただ興味本位でやってたから何もしなかったけど、じきにどこからか依頼が来るようになって多額のお金をもらうようになっていた。

 いよいよ二人じゃ隠しきれないくらいたくさんのお金とどこからか漏れる二人の特徴の情報に耐えきれなくなってグランとその施設を逃げ出した。

あき小屋が近くにあって、そこで生活するようになった。


“イライ ナンデモ”


やっぱりお金が足りなくなってきて、やった事ない依頼も募集するようになった。猫の捜索から死体処理までなんでもやった。

 数年が経ったある日の依頼。

“人数欲ス ダレデモ”

これが最後に受けた依頼になった。


グランが死んだ。


 指定された場所は戦場だった。砂埃が舞い、血飛沫が乾く。そこでは死体処理みたいなぬるい仕事じゃなくて、戦場の報告と敵兵士の処理だった。支給されたのは服、チョッキ、無線機、スナイパーライフルとその弾。グランには服、チョッキ、無線機、ナイフ、地雷。彼女は前線に出向き地雷を埋める作業を託されていた。彼女の過去は全く知らないがどうやら有名人だったらしい。昔は(戦場の踊り子)と呼ばれ、子どもの体格を活かし敵の足を攻撃し動きを封じていたらしい。なぜか一番偉そうな人が知っていた。

ぼくの方はとりあえずで持たされたスナイパーライフルだが、扱いは充分慣れている。親から教わったこの武器はグランを守るにはもってこいだと思った。


「そんなに甘くはなかったね。」


ぼくは通信機で報告した。

『こちら高台。砂埃で周りが見えません。』

『こちら前線部隊。同じく、味方の位置を把握するのがやっと。こちらが風下。視界不良であるため状況は不利。』

『いいや、視界不良は突っ込んでくる相手も同じ。今こそ訓練の成果、発揮されよ!』

『了解!』

その後監視に戻るとスコープで見てしまった。きっとまだそのときはぼく以外の地上にいる人は見えていないのだろう敵の装備を。

『こちら前線部隊。敵が風を利用しこちらに向かっている。加えてゴーグルをつけているため少しの砂埃では動じずやや押されている。』

『こちら高台、報告します。敵は常にゴーグルと耳栓を装着している模様。砂でこちらの軍は足が止まっている様子です。』

『わかった。一度立て直そう。地雷部隊、出撃開始。』

敵はゴーグルに耳栓。さらには布の生地に砂がつかないよう加工されているものが使用されているようで砂の中を泳ぐように走ってくる。

一方自軍は退くのがやっとで砂に足を奪われてまともに戦える状況ではない。

地雷軍は引いてくる前戦部隊に合わせ、ある法則によって地雷を埋める作業。流れ弾に当たってもおかしくない。いくら銃の性能が悪くても当たれば軽くは済まない。


前線部隊が引き、地雷部隊が作業を進めるところまで敵の兵が押し寄せ始めたころ。ぼくは射程の長い武器を手に持つ兵から順に片付けていった。爆弾やマシンガンのような物を持つものは味方に当たらないよう我先に前に出てくるからだ。しかしそれが良くなかった。地雷部隊は戦力に欠ける兵が参加するのが一般的でナイフを持って近づかれると逃げ惑うことしかできなくなる。それゆえに兵同士で見張ることは絶対だが、見通しが悪くそれができなかったらしい。結果として簡潔に言えば全滅。風に舞う砂埃と共に地雷の爆発が見えた。


『こちら高台。報告します。地雷部隊壊滅。繰り返します。地雷部隊壊滅。砂埃で視界、足を奪われ生存は絶望的です。』

『報告どうも。まあ、こうなることぐらいわかってたさ。』

『こちら前線部隊!いま地雷が爆発したのを受けて第二ラインまで退却。だがこのままでは敵兵に追い付かれてしまうのも時間の問題。このまま一気に下がっていいか?』

『あと兵士はどのくらいだ』

『推定だが当初の半分も残っていないと思われる』

『では中衛部隊も配属しよう。第三防衛ラインはなんとしても越えさせるな。』

『了解!』


あの後2日も持たずして大将が白旗持って敵地に出ていったさ。その後は知らん。


「それガさっきのフレンと関係あル?」

「…うん。」


あのときは自分に必死だったから、必死に指示にかじりついていった。結局殺した数は三桁を超えたね。

依頼金はもらったけどグランが帰ってこなかった。何日も何ヶ月も。

ぼくは依頼が終わった次の日から、毎日最後にグランを見た場所に行って瓦礫をどかしたり水をかけてみたりしてみたんだけどダメだった。でもある日気が付いた。


地雷が作戦とは別の場所に埋めてあった。


ぼくにはどういうことかすぐにわかった。

引いたはずの前衛部隊の人が聞こえるくらい大きい爆発。素早く動けないが掘りやすい地面。

作戦とは明らかに違う場所に残ってる地雷。

「まさカ。でも、指示されてないよネ?」

「あの場では彼女が圧倒的に“場馴れ”していたからでしょ。」

「元々は前線の兵隊さんだったんだネ。」

「そうだと思う。指示されなくても身に染みついてた、潔さ。」

「人質に取られルくらいならいっそ。そういう事だネ。」


ぼくの悪夢はここからが始まり。

今日もあの場所に行こうとしたら牛を連れた人の話が聞こえてきた。

「ねえねえ、あのお花なにー?」

「あれは紫陽花っていうの。」

「まだ咲いてないのに元気いっぱいだね!」

「そうね。根っこに元気のもとが入っているのかもね。」

「ここでいっぱい人が死んじゃったから?」

「そうね…。言い伝えだけどね!」

「またお花見にこようね。」

「ええ。そうね。」


思い出した。グランはぼくの誕生日にスノードロップをくれた。だからぼくもスノードロップをプレゼントした。

「希望」

君がぼくに送った花言葉。グランを最後に見たあの場所に球根と種を植えた。未来できっと綺麗に咲いてくれると信じて。


 次の日。またグランを探しにあの場所へいった。でも何か変だった。一ヶ所が白い花でいっぱいで、近くに駆け寄ってみるとスノードロップだった。季節は冬。雪は降っていないがお花にとってはかなり寒い。咲くはずもないお花は、どうやらぼくが植えたものではないようだった。


ぼくが植えた場所じゃない。


胸騒ぎがしてスノードロップを根っこを抜かないよう丁寧に別の場所に移したあとその下を掘った。


……。


「つらいなら話さなくてもイイヨ。」

「…ううん。話させて。」


地面から出てきたのは


ナイフとグランの腕輪


「そっか。…地雷だもんネ。でもなんでスノードロップ?」


「きっとその後にご自身で調べたのでしょう?花言葉。」

「リンネいたんだ。」

いつの間にか同じテーブルにリンネが座っていた。

「あなたの死を望む。グランさんの地域でのスノードロップの花言葉でしょう。」

「うん。多分ね。その意味が分かってから夜が怖くなった。グランが夢に出てくるんだ。まってるよ、って」

「そっカ。それでさっきのネ。」

「あのときもっとぼくがグランの周りを見ていればこんなことにはならなかった。あの依頼を受けなければ、グランは…」

この歳にもなって情けない。今までだって大事なものは全部自分のせいでなくなってきた。どこにも吐き出せない気持ちと情けなさにどうしても腹が立って。結局どうしようもないから忘れようとしてきた。どんなに涙を流したって責めたってもう戻ってこないのに。だれかに話すと気持ちが一気にあふれ出た。どんな感情なのかぼくにもわからない。


「フレンさん、今いろいろな感情に侵されている状態のあなたに聞きます。今までのフレンの行動は無駄でしたか?全く必要のない余計な行動でしたか?」

「無駄だったし余計な行動だった。ぼくが守れなかったから…ぼくのせいで全てがなくなった。ぼくが代わればいいのに。」

「ではそれを私は否定しましょう。」

「僕も違うト思うヨ。」

「なんで?だってぼくさえいなければみんな今も元気なんだよ?ぼくが代わればみんな傷つかなくて済む。苦しまなくて済む。…苦しむのはぼくだけでいいんだ!」


表の言葉は攻撃的だが心の中では意外と冷静だ。ぼくの行動で言葉で、どれほどの人が犠牲になったのだろう。どれだけ苦しんでいたのだろう。その苦しみや痛みは測りきれない。想像がつかない。このときだけはみんなとの思い出で胸が苦しくなった。


「…やっとあなたの本音が聞こえた気がします。ね、レコードさん。」

「ウン。フレンの話を聞く限りは確かに自分を責めたくなる気がすル…ケド…」

「じゃあ、なんで?どうして違うって言えるの?」

「んふふ。…フレンさん。スノードロップの花言葉調べたのでしょう。もう一つ、有名な言葉があります。きっとそっちの意味だと思いますよ。」


「もしものときの友。そうでしょう?リンネちゃん。」

「はい、その通りです。おばちゃんはなんでも知ってますね。」

「へ?」



「もしものときの友。二人で一緒に頑張ろうとか、あとはよろしくとか。きっとフレンさんなら思い当たる事があるんじゃないですか。」


“あなたを待っています”


そうだ。この言葉はグランが熱を出したときにぼくに言った言葉。当時お花は薬だったから、町に降りて薬を交換してくれるところまでスノードロップを持ってったなあ。小屋を出る前に藁の上で寝てるグランに言われたんだ。

“あなたを待っています気をつけてね”

“おおげさだなあ。大丈夫、グランが大事に育ててくれたお花だからきっといい薬になるよ。待っててね”


「フレンさん。その思い出は苦しかったですか?」

「…ううん。とってもいい思い出だった。」

「そうでしたか。フレンさんが落ち着いた様子で安心しました。」

「ほら、これ飲んで元気だしな!今日は休みなんでしょ?ゆっくりしてってね。」

「フレン今日の昼暇だからご飯一緒にタベヨ。」

「うん!ありがとー!げんきでた!」



スノードロップの咲く頃にまた思い出すのだろう。また君を探してあげることはできないけど、大事にしてたお花の種はまだ持ってるよ。部屋で育ててあげよう。


おばちゃんの淹れてくれたコーヒーが体にしみる。ちょっと寝てから倉庫に鉢を探しに行こー。っとその前に…


「ありがとう、みんな。ぼくのわがまま聞いてくれて。」

「リンネいなかったラどうなっていたこトカ」

「お互い様です。私も暴走しますし。これからも頑張りましょうね。」




友と一緒なら

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