第24話 さよなら人類
いったいこれのなにが、多様性なのか。
アニメを始めとしたコンテンツは、多彩な才能がそれぞれの魂を燃やして作品を創っている。それがファンに届き、もっと大きな熱へと上昇する。群雄割拠、混合玉石。膨大な作品の星の海の中から、まばゆくひかるものを自分の手で捜し出す。己の感性に深く触れるものを、まるで自分のために創られたのではないかと疑うほど心を揺さぶるものを、探し当てる。
それに出会えたときのよろこびは何にも勝る。それは時に、人と人との出会いをも凌駕する運命となる。新作が出れば一喜一憂する。イベントの現場チケットが手に入れば、何週間も前から準備し、全力で楽しむ。それこそが、このエンタメというもののあらがえない魅力なのではないのか。
それが、俺たちの知らないうちに――
ただの一人の手の内にあったとしたら……
誰も気づかずに、みんなでそれを喜んでいたとしたら……
辰巳は絶望的な気分に、突き落とされた。
*
「質問まだの人は? 塚くん、辰巳くん」
「えっと……」
塚が額を抑えて若干青ざめた顔をしながらも言った。
「信じたわけじゃあないけど、俺たちが聞いてる話が仮に本当だとして」
「ほんとうなんだけど、まあいいわ」
「なぜ、俺たちに明かす?」
冷や汗が出てくる。そうだ。そこが一番わからない。
「ずっとバレないように隠してきたんだろう!? 俺たちに話すメリットないじゃないか。従者の手が足りないから脅して仲間に引き込もうってのか?」
「まさかぁ」
手をパタパタと左右に振るホイル。
「私は人間界に来て115年、経つ……こうして手を変え品を変え、アニメ業界に関わってきた。けれど、私の秘密にほんの少しでも肉薄した人は、あなたたちが初めてだった。キングストンたち怪しい人々が同一人物かもしれないから一堂に集めようなんてことを考えたのも、あなたたちだけ。だから、気づいてくれて嬉しかったの。本当はずっとずっと……みんなに教えたかったんだもの。ホイルの才能を。ホイルのすごさを」
「じゃあなに? 自己顕示欲が抑えきれなくて、言ったの!?」
「そうよ」
何十年もさんざん、はしのすみの活躍だけで世界中から大絶賛されてるくせに、まだまだ褒められ足りないってこと?
辰巳は頭を抱えたくなる。
まさかそんな、しょうもない理由で、正体をバラすことはしないだろう。他に理由があるはずだ……。
「最後なんだから、これくらい、いいでしょう? ずっと寂しかったんだから……」
そう言ってホイルは瞳に光を宿し、揺らした。
そりゃあ、そうだろう。例え従者がそばについているとしても。100年以上も正体を隠して、偽りの姿で過ごしていたら。たとえ友人ができても本当のことは言えない。誰にも言えないのだ。
胸を打つ可憐な姿は、「ドラゴン・ラブ」のヒロイン、ホイルそのもの。いやホイル本人なのだ。脳がおかしくなる。
本当に、ただ寂しかっただけなのかもしれないと思ってしまった。
ホイルは微笑をうかべた。
「それに、もう私は帰ることにしたの。あなたたちと話せて、やっと決心がついたわ。いい機会をもらったと思う。今夜、従者たちをつれて故郷に帰るわ」
「どう、なるんだ」
辰巳はやっと絞り出すように、声を上げた。
「あんたが帰ったあと。この世界はどうなる?」
「わからない」
「わからないって……」
「だって帰ってみないとわからないでしょ。私の存在の有無が、どれほど影響があるのか。さほど影響がないのか」
ホイルは、ポケットから薄水色の水晶片を取り出し、ことんとテーブルに置いた。完全な球体ではなく、少しいびつな形をしているため、平らな台の上でも転がっていくようなことはない。ずっしりと質量を感じる石だった。
片手で持てるほどの石、しかし地球上では存在しえないほど深みがあって輝いている。よく目をこらすと、そこには色が変化していく空のような雲のようなものが映っている。竜の王国の空だろうか……。
「最後のおねがいをひとつーー。ここに残しておくわ」
「え?」
「さっき言っていた、竜の至宝よ」
強大な力を持つ、魔法の石?
「ちょっとまってまって、これって私たちにも使えるの? こっちは普通の人間だけど」
姫野の問いにホイルはうなずき、指さしゆびで揶揄うようにコロンと石を撫でた。
「うん、誰でも使えるはずだよ。あとひとつ願いが残ってる。私たちがここを去ったあと……、使ってちょうだい。竜の至宝は、けっこうすごい規模のお願いもかなえてくれるわ。私たちが地球に来なかったことにできるの。時代は今のままで、状態だけを元に戻せる。ちなみに、時間を過去に戻すとかは無理よ。ふふ……。もし人々が混乱して、どうしようもない状態だったら、使ってください」
辰巳は夢想する。
ホイルたちが干渉しなかった世界を。
声優はしのすみが、最初からいなかった世界。そこでは、はんぺんまんは別の声優がやっていて、『ドラゴン・ベアー』という作品もなくて。辰巳もドラゴン・ベアーじゃなくて、別のアニメ作品を担当して……っていうか、そもそも、辰巳はアニメ関係の仕事をしていないかもしれない。
もしかしたら、ホイルが来なかった世界では、自分はアニメにハマっていなくて、一般企業のサラリーマンをして、妻と子と楽しく暮らしていたかもしれない。急に自分の人生に妻子が生えてくるなんて、それこそ転生モノのアニメじゃないか……。
「世界を元に戻すか、戻さないか。あなたたちに任せるわ。もし戻さないのだったら、みんなで平等にお願いを決めてね。喧嘩はしないで」
「いやでも待ってくれ、使い方の説明とか――」
そのとき、ずっと作業場のほうでパソコンに向かっていたはずの従者三名は、いつのまにか、身支度をした格好でこちらに集まってきていた。三人はみな一様に、覆面やサングラスを外し、素顔を見せている。Aさんがポケットから何かを取り出した。
「取説、置いておきますね」
「親切にどうも……」
ペラ紙一枚を受け取ってみんなでのぞき込む。と、わかりやすくマンガ仕立てで使い方を説明しているものがあった。わざわざ、クマちゃんズ先生のAさんが描いてくれたようだ。
「それじゃ、もう行くね」
ホイルがつぶやく。彼女は変身したときと同じ速度で、はしのすみの姿になった。辰巳たちはこちらのほうが見慣れている。
そして、あまりにもあっけなく、瞬間移動のように、三人の影は跡形もなく消えた。
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