第23話 すべてがホイルになる

 あまりに突飛なので冗談を言っているのだと思った。


「私はここに100年いるつもりで来た。けど。私がここにやってきた1964年時点で、この国の平均寿命は、65歳程だった。発表されている予測で、2023年時点だと、女性の平均寿命は87歳になるだろうと言われていた。ただ、それだと全然足りない。私が100年後の105歳時点で、現役で働いていても不自然ではないように、いっそのこと、と思ってーーちょうどその時期に平均寿命150歳になるようにせよって願ったの。ここに来たときにすぐに実行したわ」

 平均寿命を延ばす……?

 なんだそれ……

 足下がぐらぐらする。音を立てて世界が崩壊しそうな気分だった。

 情けない声を上げたのは塚だった。

「ちょっとまってくれ、それがあんたの願いによってもたらされた結果だってどうしてわかる? 因果関係は証明できるの? もともと人の寿命っていうのは、少しずつ延びていっているものなんだ。自然にそうなった可能性も……」

「日本で100年かけて自然に寿命が伸びていったとしても、私のシミュレーションでは、今の2079年時点で、おそらく120歳が限度ってとこだった。はしのすみが120歳で、平均寿命が120歳……ま、さすがにそれで元気なのは無理があるわよね」

「平均寿命を延ばすことのほうが絶対無理があると思うよ!」

 塚が短い前髪をくしゃくしゃさせている。

「もちろんこの国だけに特別に変動があるのはおかしいから、地球規模で魔法をかけてもらったわ。そのへんは気が利くの」

 もうわけがわからん。

 辰巳の子どもの頃から、平均寿命は毎年毎年延び続けていた。けれど、文化や科学が成熟するほどに平均寿命が延びることはそれが当たり前だと思っていたので、疑問を持つこともなかった。あまりにも不自然な増加だったのか……。

 ホイルがはしのすみに変身するとか言うのとは次元がまったく違う。日本、いや世界を巻き込んだ、大規模な改変じゃないか。いったい仕組みはどうなっているのだ。いや、仕組みなんてなく、物理をねじ曲げるほどの強大な力、魔法、ただそれなのかもしれない。いまホイルが口にしたように。

 竜の力はそれほどまでに強大なのか。

「……ねえ。ホイルさん。あなたは今、自分が関係したのは、はしのすみと、ここにいる3人についてだけだと言ったけれど……」

 ここで、ぽつりと、田原が疑問を発した。

 ここにいる者たち皆が持ち始めていただろう疑念だ。想像するとひゅっと冷たい風が背中に吹くような心地がする。

「もっと、たくさんあるのではなくて? あなたが関わった作品が……」

 ホイルは、信じられないほど長い年月を、人間に化けて東京で暮らしているという。竜の体力は人間の比ではないことはもうわかった。外見を好きに変えられるのも凄い。各種能力も長けている。声優、漫画家、アニメ制作、作曲家。どれかひとつだけでもやり遂げるのに一生かかるような仕事だ。それをみんなすべてひとりの力でやるなど……。

 しかも、半端物ではなく、それぞれに超一流の仕事をし、作品を世に届けている!

 そんな彼女が、たった四人分の活動を行っただけで満足するだろうか?

 今や、誰とも対面せずともネット上だけで完結するようなクリエイター活動は、ごまんとあるだろう。たとえばゲームクリエイター。イラストレーター。グラフィックデザイナー。脚本家。小説家。YouTuber、VTuber……etc.

 たとえ打ち合わせ等で人に会う必要があっても、その頻度が年に一度くらいならば。他の人物と競合せずに折り合えるだろう。

「ココロのモンスターの生みの親、ゲームクリエイターの浅沼由岐。その素性は一切不明で、たったひとりで『ココロのモンスター』をつくりあげた天才。今でこそ制作ソフトが充実しているから、一人でゲームを創るのは当たり前の時代になった。でも、当時は一人でゲームを創るなんて考えれなかった。ゲームは、それぞれの分野のプロフェッショナルの技術が集結してできるものだった。ゲームのアイデア、システム、プログラム、グラフィック、シナリオ、UI、音楽、キャラクターデザイン……その他諸々、デバックまで。すべてを一人で行ったと。浅沼は、いくつか伝説的なゲームを発表したあとに、ゲーム会社に権利を譲渡して、それから作品は発表していない。当時何歳だったのかわからないけれど、おそらくもう亡くなっているだろうと言われている……」

 淡々と物語を紡ぐように、田原は語った。

 田原にとっては神のような存在の浅沼由岐。それは多くのゲームファンたちにとってもそうだ。いまでもそのゲームたちは歴史に燦然と輝く。別のクリエイターによってタイトルは引き継がれ、新しい媒体に合わせて今なお新作が発表されている。彼(彼女?)の名は廃れる気配など微塵もない。浅沼の息吹が、脈々と息づいているのだ。

「浅沼由岐。できるならば一度会ってお礼を言いたいと思っていた。この人も……ひょっとしたら……」

 田原は、ホイルに目線を合わせて、決して外さなかった。

「ホイルさん。浅沼は、あなたなのかしら?」

 ホイルは答えない。

 ただ田原を、まばたきもなく見つめ返す。

「浅沼由岐だけではないわ。この業界には、他にも、きらめくような素晴らしい作品を残して、その後消息がぱったりとわからない人物が幾人もいる。変わり者の多い業界ではよくあることだと思われていた。けれど、それは……本当はあなたなのではなくて? 正体を見せずにその都度ペンネームを変え、作品を創り、目立つのを避けるためにその後は姿を消す。そんな風にして……いろんな分野で、創作活動しているの?」 

「これ以上は秘密」

 ホイルは真顔で答える。

「あなたたちの理解を超えるでしょう」

 ああ、違いない。

 とっくに、理解の範疇外だった。

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