第22話 百年後の未来
ぎくりとする。
ホイルがこちらをまっすぐに見ている。心を読まれた?
最初はホイルの実物の出現に歓喜していた辰巳だが、もうそんな気持ちはどこかへ消え去っていた。
「あ、ああ……そうだ。あの声は、なんなんだ。一体……」
「いろんな声が出るのは、竜だから。竜には八つの声帯がある」
人間の姿に変化しても、竜は八つの声帯を自由に入れ替えて、声を発することができるのだという。それで、文字通り、八面六臂の活躍を実現していたわけだ。声帯が八つあるといっても、人間が八人分いるのとはまったく別らしい。竜は、ひとつの喉ですら、人間の声帯能力を凌駕している。
彼女は自分に備わった身体能力をふんだんに使っているだけなので、反則技ではない。不正ではない。けれど、人間はあまりにも不完全な身体を酷使しながら日々働いている。そう思うと胸につっかかるものがある。
「え、え、でも、じゃあ……演技力は?」
声優が表彰される機会はそれほど多くはないが、はしのすみはありとあらゆる賞を総なめにしている。声という天然の素地だけでなく、それを扱う演技力も確かなのだ。
ホイルは壁の方を向いて首を斜めに傾けた。
「そんなの、知らない。子役時代からずーっとお芝居してるからじゃないの? 誰よりも芸歴長いし。それは人間と同じよ。それに……」
見た目は少女のホイル。けれど中身は、並のおばあさんよりも長生きしている。
「何食わぬ顔で、この世界で人間のふりをしてるのも、大芝居だし。これは、バレるわけにいかないからね。仕事よりも本気よ」
ふと垣間見える老成した表情が、辰巳の目に映った。
「ちなみに私、大人の男性の声も出せるの。強キャラのおじいさん役とかやってみたかったわ。でもさすがにそこまですると人間じゃないと疑われるからね、封印しているの」
ホイルはいたずらっぽく、ふふっと笑った。
「さて、たくさん話しすぎたかしらね。質問はご自由にどうぞ」
そう急に振られても、こちらは質問したいことがあふれてまとまらない。
辰巳はしばらく、他のメンバーに会話をまかせることにした。自分はやることがある。ホイルはなぜか自信ありげに、辰巳たちは秘密を口外しないだろうと言っていたが、一体何の根拠が?
すでに辰巳はこの場で交わされた会話をすべて、スマホのボイスメモに記録している。その上、その音声ファイルを自分のメールアドレスに都度送っている。自分だけでは不安なので、この場にいない、とある人物にも送っている。自分のいる場所もGPSで確認し、その地図も送信済みだ。
ホイルが同じ空間にいる中で、密かにその人物と連絡を取るのは肝を冷やすが、今のところバレてはいない。
その人物と、アプリでメッセージのやりとりをする。
『一人では危険なんで、事情を話してなるべく男含めた複数人を連れて、マンションの近くまで来てください』
『私のつてで、アニメ関係者にできるだけ頼んで一緒に来てもらいました。もうマンションの入り口前まで来ました。オートロックなので入れないけど、待機します』
『ありがとう』
『気をつけてください!』
……という段階まで来た。
記録は取っているが、これをどうするかはまったくわからない。ホイルのことを世間にバラしていいものか。まだ事態を飲み込めていない。だいたい竜の方がどう考えても強者なので、もし竜の逆鱗に触れればと思うと、下手に動かない方がいい場合も……。
一堂、しばし沈黙していたが、それを破ったのは半村だった。あごのそり残しの髭を撫でながらホイルに向き合う。
「はしのさん。これは本当に初歩的で素朴な疑問なんだが」
「なんですか? 半村さん」
「はしのさんはここに……日本にもう115年いるって言っただろう。でも留学の期間は100年間。だいぶオーバーしてるように思うが、故郷は大丈夫なのかい」
「…………」
質問を受け、ホイルは肩をすくめた。
「もちろん、全然だめよ。ほんとうは今すぐにも国に帰らないといけない。両親はおかんむりだし。はしのすみはひとまず引退できたけど、他が……。どうしようか悩んでて。ちょっと手を広げすぎたわね」
彼女が故郷に帰ったら、この国のアニメはどうなるのか?
いや、声優は随所で引き継ぎが行われている。「プレイヤーズ!」は、今後の新曲は別の作曲家があとを継ぐことになる。キングストンは企画を立ち上げたあとは本人は去って実際の現場のスタッフに任せるスタイルだから、大丈夫だろう。
唯一無二といえば、職業作家である漫画家のクマちゃんズ先生。これは他人が引き継ぐというわけにいかない。ただ長い活躍期間を考えると、もう新作を発表しなくなってもおかしくない。
それぞれの人物を引退させて引き継ぎすればいいだけのように感じるが、ホイルとしてはどの作品にも未練があって、手を離しにくいということか……
次に声を上げたのは、姫野だ。
「ねね、3回だけ願いが叶うっていう夢のアイテム、あれ、2回目と3回目はどうしたの? もう使ったってこと? そんなの実在するとしたらヤバすぎ、かなえたいことありすぎて一生悩むよね」
「え、その話してもいいの?」
ホイルの瞳は瞬きの内に光を増した。
「うん、どうぞ?」
「私こう見えても、慎重なの。なにか不測の事態のときのために、まだ1個だけ、残しているわ」
「へ、じゃあ2回目の願いって? なにをかなえてもらったの?」
ホイルは、しゃべりたくて仕方ないといった様子で「それはね!」と意気揚々と続けた。
「私が100年間、声優できるように、この国の平均寿命を徐々に延ばしたの」
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