第21話 ここ100年の、世界の成り立ち(5)

 かくて、ドラゴン・ベアーの連載がはじまった。デビュー三年目で、ヒット作もまだない。クマちゃんズ先生は、ほぼ無名だ。編集部や読者からさほど期待されていないのを証左するように、新連載掲載号の、表紙を派手に飾ることもなく、すみっこにひっそりと載せられた。

 読者の人気が低ければ、物語の途中でも打ち切られる、厳しい週刊マンガの世界。週刊少年誌を選んだのは、ここなら長い物語を書けることと、アニメ化した場合に長寿番組になる可能性が高い。

 デビュー後も、限りある掲載枠をプロたちが競い合う、志望者が多いだけにおり厳しい世界だが、私はぜったいに国民的アニメにするのだと闘志を燃やしていた。

 シナリオとネームはすべて私が書いた。最初の内は作画も自分で描いていたが、連載をもつようになって追いつかなくなり、基本的にはアシスタント(従者)たちに絵を描いてもらった。

 私もそうだけれど、従者の三人とも竜なので体力は充分過ぎるほどにあるし、技術の向上も顕著だ。何年もずっと絵を描かせていたらすぐにめきめきと上達した。

 三人は私の絵柄をそっくりそのまま描けるようになり、分担して作画することで週刊連載は苦労しなかった。

 開始一年ほど経ったころ、口コミで少しずつ話題に上る。しだいに人気が上がっていき――

 連載から三年経ったときようやく、ドラゴンベアーのアニメ化が決まった。

 

「……こうして私は、夢を叶えた。自分のマンガをアニメ化できて、主人公ドラモの声優を自分で演じた。ほんとうは、デビュー作のホイルちゃんのほうが思い入れがあったけど、残念ながらそれはアニメ化しなかった。でも、いいの。こうして私のアニメをみんなに好きになってもらえて、私は幸せ」

 ホイルは、ほんの10代の少女の笑顔で目の前にいた。この人物がその実は竜で、はしのすみで、年齢は120歳を優に超えているとは、信じられない。長い夢を見ているようだ。それに、今の話がすべて本当だとして、辰巳たちに開示する理由がひとつもない。秘密を自らの手でバラすのか?


 *


 ホイルの打ち明け話はいったんとぎれた。

 完全に混乱状態で、辰巳は自分が息をしているかも忘れたまま、呆然とペットボトルのお茶を口に含む。

 ああ、意味が分からない。声優だけでも100人分働いているとネットミーム化していた、はしのすみ。ドラゴンベアーの原作者も兼任していたとは、誰が信じるだろう。人間業ではない。

「あ、このへんで15分ほど休憩にしましょっか。人間は休憩が必要だものね」

 ホイルが伸びをしながら言う。

 いや竜には必要ないのかい……と突っ込む元気もない。

 

 トイレから戻ると、辰巳はキッチンを拝借してインスタントコーヒーを入れた。お茶だと調子が出ないのは、ふだん仕事のしすぎか。

 緊張感が5ミリほど下がったテーブル席で、ホイルは話の続きをはじめた。


「まあこれ以上は話すと長くなるから、以下略よ。まじっくプリンセスの『井岡キングストン』も私で、身代わりに従者Bにキングストンに扮してもらっている。そしてもちろん、雨水黎も私よ。身代わりに従者Cに、雨水の格好させて、打ち合わせとかに行ってもらってる」

 この傍目からはそうは見えないほど野心家のホイルは、声優もして、売れっ子漫画家もして、世間から羨望のまなざしを受け、賞賛されて、それでも、飽き足らなかったらしい。

 なお、もっと他のアニメを作りたくなり、アニメのなんでも屋こと「井岡キングストン」になった。さらに、アニメの音楽も作りたくなり、すかした外見の雨水黎という人物も作った。彼らの作品に必ず、はしのすみがキャスティングされているのは、そういうからくりだった。

 ホイルが自分で作った作品で、はしのとして好きにキャラを演じていたからである。

 中高齢男性以外ならば、はしのすみはどんな声でも出せる。赤ちゃん、子ども、少年、少女、青年、女性、動物、架空の生物、それどころか生物ですらないAI音声。

 それが、おかしいのだ。はしのすみ一人からして。一人の声帯から、あんなに多様な声が出るはずがないではないか。それでいて、絶対に別人ではない、どのキャラクターも「はしのすみ」だとわかる、説得力のある、魅力的な声をしているのだ。

 その理由だけでも知りたい――

「はしのすみの活動だけでも、一人の人間では無理って思った?」

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