第20話 『ドラゴン・ベアー』の誕生
少し話を戻す。
私は、芸名を「橋野澄(はしのすみ)」と決めていた。印象に残らない、目立たない名前にしようと自分で考えて名付けたのだ。それで申請しようとしたが、当時の劇団長に止められた。子役なので覚えてもらいやすい方がいいだろうと言われ、ひらがなにした。まあ、これくらいは仕方ないか……と承諾。
かくて、子役はしのすみが、声優の仕事を主軸にするまで、思いのほか時間がかかった。
日本に留学にやってきてから、すでに23年が経った。
時間経過に合わせて私は容姿も成長させていったので、はしのすみは対外的には28歳で、役者として脂の乗る時期になった。この頃、長年携わっていた洋ドラマの吹き替えレギュラーと、ラジオドラマの演技が評価されて、絵本原作のテレビアニメシリーズ「はんぺんまん」の主人公に抜擢されることになった。
やっと声優になれて、しかも主人公。嬉しかった。アニメーションはカラーになって、技術も進歩していた。少しずつテレビアニメの作品数は増えて、突出した個性・実力を持つアニメ監督やアニメクリエイターが次々に世に名を知らしめるようになる。
そんな中で、私は懸命にはんぺんまんを演じ、この役で有名になった!
もちろん夢が叶って嬉しかったし、留学が許可されている期間いっぱいは、ずっとこの役を演じたかった。幸福感と同時に襲ってくる、もっとという欲求。そう、私の夢はもっと大きかった。アニメの中に入りたい。アニメを作りたい。
その後も声優業は順調だった。はんぺんまんの他にも、私は、アニメのレギュラーを週に何本も抱える売れっ子声優になった。子役からの声優ルート計画を完璧に成し遂げた。でも……。
もっと欲がめばえる。
最初に言った通り、人間ではないので私には睡眠も休息もさほど必要ない。日本に来て25年。自由な時間は限られている。声優の仕事がない深夜の時間をつかって、別のことをしようと急に雷に打たれたように、思い立つ。
そう……マンガだ!
マンガを投稿して覆面作家として漫画家デビューして、自作品をヒットさせ、アニメ化するのだ。そして自分の作品の主人公を自分で演じよう! 原作者が自分なのだから、主人公の声優に「はしのすみ」を選べばいい。もちろん、作者と声優が同一人物などということは、けっしてバレないように立ち回るのだ。
今の声優の仕事もとても楽しかったけれど、どうしても一点だけ、強烈な違和感があった。それは、脚本や設定、ストーリーに多少の不満があっても、制作側の言うことをちゃんと聞いて従って演じなければいけないということ! プロなのだから当たり前だった。声優は原作者でも脚本家でもない、いち役者なのだ。作品の内容を意のままにすることはできない。
ならばキャラクターもストーリーも、すべてこの手で作ればいいだけの話。簡単な話だった。私の究極理想のアニメを作れるのは、私だけ。
こうしてーー
私は夜な夜な、マンガを描き始めた。
アニメを最初からつくるのは、困難を極める。道筋が不透明だ。ならば、マンガを描いて、それを大ヒットさせればいい。アニメ化は自然の成り行きで決まるはず。
アニメ化したら、自分でキャラデザもするし、主人公の声は自分で演じる。これが、私の思い描く、見果てぬ夢といえた。
人間としての仮の姿においてはとっくに成人しているため、一人暮らしの設定に変えて、家族にカモフラージュさせてた従者三人は、漫画家のアシスタントになってもらった。私は、すぐに投稿作にとりかかる。まず自分のことを描こうと思った。いずれは、突拍子もない作品をいくらでもたくさん描きたいけれど、初心者は、基礎が大事だろう。ならば自分をモデルにすれば作りやすい。
ホイルちゃんという、人にもなれるドラゴンの女の子が、ドラゴンハンターに追われる物語。ドラゴンハンターはふたりいて、一人はかわいい少年で、もうひとりはかっこいい青年。逃げながらも、両者それぞれ異なる魅力のキャラクターに揺れるホイルの乙女心。タイトルはそのまま、至極シンプルに、「ドラゴン・ラブ」
初投稿作ではあったが、連載も視野に入れて、恋の結論は出さないラスト……という読み切りにした。
今となってはここまで単純な作品は、投稿しても、誰の目にもひっかからないかもしれない。ただ当時は、急成長している分野にもかかわらず、まだマンガは描き手が少なかった。出版社は目を皿のようにして新たな才能を日々ほしがっていた。
私は幸運だった。マンガの描き方の情報もまだ出回っていなかった頃だったので、私の作品はすぐに雑誌に掲載されることに決まった。
「ドラゴン・ラブ」は、その後はドラゴンハンターを登場させるなどして設定を一新し、何編かの新作を載せることができ、やがて一冊の単行本にまとめられた。これが、デビュー作になった。私は、昼間は声優の「はしのすみ」として活動しながら、夜な夜なマンガを描きまくり、漫画家としての活動を始めた。
時代の波にうまく乗って、船をこぎ出したのだ。
漫画家としてのペンネームは、「クマちゃんズ先生」とした。どんな人物かまったく悟られないような名前で、自分としては気に入っている。自分が、はしのとはまったく別の人物に変身して編集者と会うことも考えたが、本業の声優業もあるし、仕事がかぶったらまずい。そこで、「クマちゃんズ先生」としての表立っての活動は、三人の内の従者のひとりに任せることにした。それが、『作画担当のA』である。
Aは作画担当で、クマちゃんズ先生はチーム名だということにした。シナリオ担当は覆面作家で誰にも会わないという設定にする。
デビューから三年経ったとき、いよいよ代表作になるものに取りかかった。アニメ化をめざす、勝負の作品。
『ドラゴン・ベアー』の誕生である。
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