第19話 ここ100年の、世界の成り立ち(4)

 彼女の……ホイルの話はなおも続いていた。

 いったいさっきからなんの話をしているのだろうか。

 口を差し挟む雰囲気ではない。ただ黙って、聴衆者になった。

 

 竜の王国は、ここよりもはるかに文明の進んだ社会だ。竜というと、人々は太古の時代をイメージするかもしれない。けど、そんなことはない。竜は自由に人の姿にもなれるし、人間の姿で社会で活動しているのだ。文明が進んでいるとはいっても、エンターテイメントの分野は弱かった。彼らが海深くに住むことも関係あるかもしれない。竜たちは、スポーツやピクニックを休日に楽しんだ。すべて海の中にある。でもホイルには合わない。

 インドア趣味の者たちは部屋にこもって、他の星のエンタメを受信して楽しむ。巨大なスーパー衛生が、わたしたちの海の真上に浮かんでいる。宇宙からのさまざまなチャンネルを受け取る、中継車のようなものだ。さまざまな星の電波を受信して、ドラゴンハーツにはこの同じ次元の、ありとあらゆる娯楽映像や音を楽しめる。

 私が好きなのは、とりわけ、アニメだった。

 当時、私の自宅のテレビが受信したのは、白黒のアニメーションだった。

 それが、テレビアニメシリーズ。

「鉄腕アトム」

 私はすぐに夢中になった!

 毎週、放送が待ちきれない。新しい放送を待つ間は、電子記録ディスクに書き込みして保存し、何度も何度も見た。

 架空の物語。架空のキャラクターたち。架空の街、世界、ことわり。

 私は確信する。アニメはこれからもっともっと進化する。そう遠くない未来に文化として芸術として、定着し、より多彩なアニメ作品がファンのもとに届けられるだろう。

 この世界に行きたい!

 ……けど竜の能力を持ってしても、王様の権力を行使しても、アニメの中には入れない。どうしたらもっと近づけるのか。

 キャラクターに近づくには、キャラの声を演じればいい。

 声の演技という仕事がある!

 

 私は留学先を「日本」の「東京」に決めた。お供を三人連れて行く。人間にとって百年なんて、気が遠くなるほど長い年月かもしれないけれど、竜にとってはほんの瞬きの刹那の休暇。めいっぱい楽しむしかない。

 百年ここに居座るために、人間でいうと5歳の姿で舞い降りた。あとは少しずつ、年齢と共に容姿も歳を重ねていくようにした。自分の国に戻れば、私は自由自在に外見を変えられるけれど、ここではその力は制限される。この地球上では大地の力が足りないので、本来の竜の姿にもなれない。

 でも、この世界に合わせた姿にならなければそもそも留学は無理。そこで、はしのすみの姿を取るため、留学に当たって両親に持たされていた「3回だけ願いが叶う、竜の至宝」

 この宝石を使った。(一応断ると、なんでも願いを叶えてもらえるようにせよっていう反則技は使えない。なんでも自由に変身できるようにせよ、とかはだめ。変身したい容姿も具体的に指定する)

 国宝であり、ふだんは絶対に使ってはいけないアイテムだけど、子を思う親心で持たせてくれた。

 まず、さっきも言った、外見が五歳スタートで、普通の人間と同じ速度で少しずつ年を取る、はしのすみという女性に変身できるようにする。ちなみに、はしのすみという固有人物の範囲内なら年齢は自由に操れる。

 お供三人も、ここでとれる姿はそれぞれが人間体の1種類だけ。とはいえ、いちいちここで至宝を使うと絶対に足りないので、(願いはあと2個しかない!)彼らには元の素材を生かしてもらう。

 二人は中年男性の顔をしていて、もう一人は若い男の顔をしている。そこで、中年男性の一人に父親役を、若い男に兄役を当てた。三人家族という体にして、三人で住んだ。のこりの従者には近所のアパートで暮らしてもらった。

 ぼうっとしている暇は一秒もない。早く声優になろう。しかし、まだ日本のアニメーションの歴史は始まったばかり。声優オーディションは一般公募されていないし、今では乱立する専門学校も声優事務所も当然まだ存在しない。テレビアニメ作品自体が少なくて、ラジオドラマに、海外作品の吹き替えあたりが、主な声優の活躍の場。声の芝居と舞台役者を兼ねている者がほとんど。

 私はいくつかある著名な劇団を調べて、最も手堅いと感じた「劇団おひさま」に子役として入団することにした。俳優デビューして業界に名を売り、確実に声優のチャンスを掴もう。

 子役になることはそう難しくなかった。いや簡単だった。だって私は子どもではない。見た目が5歳児というだけで、頭脳は大人だ。現場スタッフの顔と名前をすぐ覚えたし、台詞の覚えも早い、ぐずって撮影を遅らせることもなく、眠気の限界も来ない。

 だいたい人ではなく竜なので、一ヶ月くらいなら、ずっと起きたままで、水さえ取れば活動しつづけられるほどの体力がある。例えるなら身の内に、巨大なエネルギーの倉庫があって、自由に取り出せる。記憶力がいいから台詞も立ち回りもたちまちすぐに覚える。演技については自分ではわからないけど、五歳の子役に演技力なんて周りの大人たちは誰も期待していない。そのシーンの決められた動きをして、決められたセリフを間違えずに言う、それだけで百点満点だろう。

 とはいえ、私は目立ちしないように細心の注意を払った。子どもが、わがままも言わず、礼儀正しく、長い待ち時間に飽きもせず、泣き言も言わなければ、それは人間味のない怖い存在になってしまう。なので、適度に付き添いの親に甘えたり(親じゃなくて従者だけど……)、眠そうにするなど、子どもらしいふるまいを取り入れた。

 仕事そのものよりも、正体がばれないように調整することのほうが骨を折った。

 やがて、その作戦は功を奏した。

 私はどの現場でも重宝された。子役として着実に仕事を得るようになっていった。テレビドラマに新聞雑誌の広告に、テレビコマーシャルに演劇にと、声がかかればなんでも出演した。学校には行っていなかったので、学業との両立なんて気にしなくてよかった。今では、子どもの労働、芸能活動は制限されているけど、当時はまだ教育の規定なんてきちんと決まっていないし、だいぶ緩かったのだ。学校に行く必要はない。竜の知能なら、本を読めば独学で教養は身につく。

 そんな中で、ラジオドラマの仕事が来たときはガッツポーズを取った。声だけの演技は、声優の仕事と言えるだろう。ここで実力を発揮すれば、おのずと、ゆくゆくは声優の道に……。


 

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