第17話 ここ100年の、世界の成り立ち(2)

 ホイルちゃんは、辰巳の人生最愛の二次元キャラクターである。『推し』という言葉がまだなかった時代から、辰巳の推しだった。

 マンガのキャラクターは通常あり得ない美貌の持ち主で、「絵」や「CG」以外で表現できるわけがない。はずなのに、ホイルちゃんは身体をもって彼らの目の前に出現した。たとえばアニメキャラを現実世界に照らし合わせると、目がでかすぎるとか脚が細長すぎるとかで様々に無理が生じる。が、はしのすみが変身したホイルちゃんは、マンガのクオリティを保ったままで現実に存在していた。ホログラムではない。実際に質量を持っている。人でいうと16歳くらいの女の子。

 どういうこと?

 はしのすみは、ホイルちゃんだった?

 っていうか自由に変身できるの?

 いやいや、おかしい。

 ホイルちゃんというキャラクターが、このマンガ作品が世に発表されたとき、はしのすみはすでに声優として活動していた。それほど彼女の芸歴は長い。はしののほうが先に存在していたから、はしのがホイルちゃんのはずがない。っていうか人間がマンガのキャラだったって何?

「っていうかヤバ、ホイルちゃん美し・尊い・かわいすぎか? うちら凡な人間と同時に存在しちゃだめなやつでしょ」

 塚が驚きながらも意味も分からず感動に指先を震わせている。わかる。いろんな疑問が噴出して頭がどうにかなりそうなのに、ホイルちゃんの神々しさに頭がどうにかなる。

「はしのすみは、この世界に住むための、仮の姿」

 ホイルが……言葉を発する。

 その声は、はしのすみの持つ七色の声の、どの声とも違う。

 アニメの仕事を多くしてきた、また、子どもの頃からずっと好きでアニメを見続けてきた。そんな辰巳が、今までまったく聞いたことのない、新しい声だった。脳が、文字通り揺さぶられる。

「ほんとうのわたしはホイル。ここから遠くの遠くの竜の国、ドラゴンハーツの次期、王さま」

 なにを言っているのかぜんぜんわからないけれど、問う間もなくホイルが歩き出す。浮いているように軽い足取りで部屋を出て行こうとする。導かれるように辰巳たちは腰を浮かせる。

「こっちよ。ついてきて」

 逆らうすべはなかった。


 ***


 そうして、エレベータに乗って地下室に連れてこられた。このマンションは、ほかに人が住んでいる気配がない。それに地下があるとは。

「こちらの活動に便利なように、自分のためのマンションを作ったの。設計から関わったから使い勝手は抜群よ。もちろん一般には売り出しもしてない」

 コンクリート打ちっぱなしの地下室は、冷ややかな空気が流れていた。

 長テーブルに設置されたたくさんのパソコンや電子タブレットが明かりを付けて、何重にも動作音を響かせている。一見して何か秘密裏に行っている怪しい研究室のようにも見える。

 そして地下室には三人の先客がいた。

 くまちゃんズ先生のAさん!

 井岡キングストン!

 そして、雨水黎!

 同一人物だと疑っていた三人が、それぞれ離れた席に着き、粛々と作業に没頭している。

 彼らは一見して、仕事をしていた。

 Aさんはパソコンの液タブで絵を描いている。マンガではなく一枚絵のようで、線画に彩色しているようだ。雑誌に載せるカットなのだろうか。

 井岡キングストンは、ワープロソフトに文章を打ち込んでいるようだ。

 さらに雨水黎が操作しているのは、辰巳も見たことがあるパソコンの作曲ソフト。無数の楽器を自由に打ち込めるようになっている。作曲家なのだから、当然かもしれないが、曲作りの真っ最中のようだ。

 三人とも辰巳たち部外者が入ったことにも気づいていないのか、脇目も振らずに目の前の作業に没頭している。

 なぜ同じ場所で作業しているのか。ここが、業界関係者に向けて貸出されている、クリエイター向けのシェアオフィス……な、わけがないか。

 パソコンはもっと多く起動しているが、作業しているのは彼ら三名だけだった。

 それも、はしのすみの関係者の……。 


 ホイルは三人を一瞥すると、仕切りを隔てた先にある会議テーブルの誕生日席についた。こちらのほうがまだ蛍光灯の明かりがしっかりついていて明るい。

「彼らは留学についてきた従者。わたしは幼く見えても、次の王様だから。なにか不測の事態があったらまずいの。お目付役ってやつね」

「なにも、なにもわかりません……はしのさん。いや、ホイル、ちゃん?」

「呼び方は、どちらでもいいわ」

 ホイルは微笑む。はしのすみの面影は、そこにはない。

「じゃあ、そろそろ説明しましょうか。長い話になるわ」

 いつまでも突っ立っていても脚が痛くなる。プロデューサーたち5人はテーブル席に腰掛けた。

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