第14話 アニメの主人公になったような気分で
その後はとどこおりもなく、盛況のうちにその懇談会はお開きとなる。辰巳だけは途中から妙に居心地が悪い。仕事の連絡が入ったと方便を言い、一人で先に会場を後にした。
キングストンにもらった直筆サイン色紙を自宅に持ち帰ると、先日Aさんに描いてもらったサイン色紙と並べくらべた。
やはり……おかしい。辰巳は作業用机に突っ伏して頭を伏せた。
人の手で描いているはずが、コンピュータが描いたような筆致。昨今はAIの技術が発達し、綺麗に整ったAIイラストがネット上には溢れる。なにかと問題になっているが、まさか、そのまさか、人間の脳や手にはAIイラスト作成ツールはインストールできまい。
それともあの人たちは人間ではなく……そんなことが可能だったりして?
『人間ではない』といえばーー
はしのすみも長年、その多彩な声色を使い分けと、高齢をまったく感じさせないパワフルさでもって、「人間じゃない」、「生きるドラゴンベアー」と昔から冗談のように言われいた……。
そうだ。
なにかひっかかると思っていた。
「ドラゴンベアー」「まじっくプリンセス」……両方とも、はしのすみに関係が深い作品だ。
はしの、クマちゃんズ先生のAさん、キングストン。この三者が、「候補の声」に対してーー
おなじコメントを。
反射的に同じ感想を述べた。
まったく別人の三人が。全く同じ喋り方、抑揚。
見た目をどんなに変えようと、物事に対する【条件反射的なリアクション】というのは、最もごまかしがきかない素顔の部分なのではないか。
辰巳はがばりと起き上がった。
プロデューサー仲間の担当作品で、まだ原作側に接触していないのは、「ココロのモンスター」と「はんぺんまん」「プレイヤーズ!!」の3点か。確かめてみる必要がある。
辰巳はその夜、すぐに音声通話アプリに仲間たちを招集した。塚、半村、田原に向けて、担当作品の原作者(著作権者)に会えないかと持ちかける。
これまでの経緯を簡単に伝えて、沸いた疑問がどうしても気になるので明らかにしたいと訴えた。
「そうねえ、探偵みたいで面白いかもしれないわ」
田原がすぐに返事をくれた。
「ただ、残念ながらココロのモンスターに関しては、『ココロン』の新しい声の感想をもらうことはできないわね。はしのすみさんの過去データでまかなうことになったから、ココロンの声はもう永久に変わらないことになったし」
「ああ、そうでしたね……」
ココモンはゲーム発の作品なので、マンガやアニメと違って明確に作者がいるわけではない。最初のゲームは声がついていなかった上に、アクションゲームで、ストーリー性もなかった。アニメ化にともなって、後付けの物語と声がついた。アニメを最初に作ったスタッフはアニメ版のスタッフだ。著作権は企業に属している。
「はんぺんまんはどうです? 半村さん」
「それなんだが、原作者はとうに亡くなってる。いま、著作権を引き継いでるのは、原作者のお孫さんで」
聞けば、はんぺんまんの新しい声について、著作権を管理している孫、もとい、『はんぺんまん商会』の社長にすでにご意見の伺いは立てているという。はんぺんまんの時期声優は、目下のところ、社長とともに慎重に検討中ということだ。
「……ってことは、はんぺんまんは、今回の懸念とは関係ないのか?」
社長はぜひ若手声優にチャンスをと息巻いている。無名の新人を起用する流れらしい。意外とチャレンジングなコンテンツのようだ。
辰巳は一呼吸置いてから尋ねる。
「なら、塚はどうだ?」
「……プレイヤーズは、かなり若いコンテンツですよ。ファンも若い女性ばかりだし、原作者は作曲家の雨水さんですからね」
雨水黎。
アニメ関連の楽曲をたくさん手がけてきた、音楽プロデューサーとして業界に名を轟かせている才能の塊だ。もちろん辰巳も普段からよく聴いている。
「あ、あの雨水さんっ!? 雨水さんに会えるの!? 行く行く私も超行くわ」
と、ここでまたミーハー根性を出してくる姫野。気持ちは分かる。辰巳も、雨水が手がけた数々のアニメ劇伴音楽や主題歌、キャラソンに、人生を大いに助けられてきたから……。
「別に会えることは会えると思うけど。声優さんに関するご意見はうかがえないかもですねぇ。ソシャゲの都合上、キャラが多いもんで。やむなく声優交代も今まで、スキャンダルやらなんやらでまあまああったし」
無理かもしれないけど、こっちも連絡取ってみます、と塚がスマホ片手に告げた。俗に言う女性向けソシャゲは、今をときめく人気の男性声優が多数出演しているので、常にこういったリスクと隣り合わせ。制作側としてはずいぶん胃が痛いものだ。
今回もまた不思議とアポイントメントがすぐに取り付けられた。やはりなにか彼らには共通項がある。業界内では人付き合いが多くはないのに、要望すれば会ってくれるところ……とか。
数日後に辰巳たちはみんなそろって雨水に会いに行ったーー
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