第13話 『人間じゃない』
*
関係者だけのごく小規模なファンイベントか何かか?
というくらい、王様は民たちに優しかった。
半村が持参したサイン色紙20枚に、キングストンは次々にペンを走らせ、なんとすべて別のキャラの絵を描いてくれた。初代キャラのみならず、歴代のまじプリ戦士たちが勢揃いの椀飯振る舞い! こんなサービス精神旺盛な素晴らしい王様っているだろうか? まじプリの民はこの国にいれば一生安泰である。
ん……?
しかし辰巳は、感動しながらも、なにか違和感を覚える。
キングストンは確かに、まじっくプリンセスの初期キャラ原案や、物語を作った人だ。しかし、彼は職業アニメーターではない。もちろんアニメ監督は絵が描ける人も多いけれど、キングストンは歴代の、それぞれ異なるキャラデザをしているまじっくプリンセスの戦士たちを、なにも見ずに描いた。普通はネットの画像を見るものでは?
まったく参考資料を見ずに描けるものか? いや、描ける人もいるだろう。けれど、キングストンの絵は、完璧だった。
新しい公式グッズの描き下ろしイラストレベルの、圧倒的作画クオリティを、色紙に手で、描いたのである。もちろん、パソコンを一切使わないで。
人間なのか? この人は?
プロのアニメーターだって、隣にキャラ見本表などを置いて描くものなのではなかろうか。
あれ?
最近同じようなことがあったような――
ピザを宅配してもらって、飲み物も用意し、ロビーでは懇談会が始まった。姫野がキングストンの隣に座り、
「あのう、キングストンさん。それでですね、新しいまじプリの声の件なんですが……」
「ああ、聞いてる。それねぇ残念。はしのさん辞めちゃったのよねぇ」
「ぜひ率直な感想をお願いします!」
姫野は、最終オーディションに残った5人の声が収録された音声データを、会社用のノートパソコンから再生し、キングストンにだけヘッドフォンで聞かせた。もちろん辰野たちには何も聞こえない。
キングストンは大きくうんうんと頷きながらリアクションをしていく。
「あら、いいじゃないの~」
「うん。いいわね~」
「こっちもいかす声ね~」
「どれも甲乙捨てがたいわね~」
「みんな違ってそれぞれいいわ~」
胸がドクンと鼓動を刻む。
つい最近、どこかで聞いたような、台詞の数々。
……ああ。
辰巳の胸にゆらめいていた不信感、違和感、疑問符は、ここでやっと線を結び、くっきりとした形を帯びた。
「ちょっと待ってください!」
辰巳はゆらりと立ち上がり、キングストンを見た。暗い、闇よりも深い色のサングラスをかけていて、その瞳は隠されていた――
「どうしたの?」
キングストン本人よりも先に驚いたのが姫野であった。彼女はさっきまで、神からのありがたいお言葉の数々に感謝しきり、まじっくプリンセスの新しいキャストについては、「全員素晴らしい、誰が選ばれても遜色ないと受け取りましたので、メインプロデューサーの私の意見で、個人的に一番好きな声優さんを推します」と見解を述べた。俺もそんな明快に生きたかったと羨望さえ感じる台詞である。
辰巳にじりりと寄られて、キングストンはピザを食べていた手を止めて、ウェットティッシュで拭いた。
「あら、なにかありましたか?」
「あのう……失礼を承知で、お伺いしますが。キングストンさん、あなた、あなたは……ひょっとして……」
息を整えて辰巳は声のボリュームを一段階大きく上げた。
「クマちゃんズ先生の、作画担当をしてらっしゃいますか? 数日前に……祝賀会で僕とお会いしましたか!?」
「えーー」
ぽかんとしてキングストンは動きを止めた。
クマちゃんズ先生の作画担当Aさんーーこちらも顔を隠していたが、体型だけを見るとぜったいにキングストンと別人とは言いがたい。いや、実際には声もしゃべりかたも違うし、なにより、身にまとう雰囲気が違う。Aさんはおそらく若い。キングストンはベテラン。活動歴に差がある。なぜ同一人物だと思ったのか。それは、
20枚もサイン色紙に絵を描いた。せっせと迷いなくペンを走らせて。その絵の筆跡、書き方が、人間とは思えない技術を披露しており、似通った物を感じる。
新しい声優さんに対する反応も、多少言い方が異なるけれどほぼ同じ!
たとえ別人だとしても、偶然こんなに重なる要素があるのは、おかしい。「なにかがある」のは間違いない!
「?」
その場にいる人々、全員が一体なにを言っているのかという目で辰巳を見てきた。
いや、わかっている。自分が頭のおかしな発言をしていることは。
キングストンとクマちゃんズのAさん。誰が同一人物だと疑うだろうか。活動内容が違うのに。仕事も才能もそれぞれ違う物を持っている。一人の人間にこなせる量ではない。ではなぜふたりとも顔を隠しているのか。人間でなかったら……?
長らく覆面作家をしているクマちゃんズ先生がパーティに出席し、快く辰巳を迎えいれてくれた。キングストンもまた、現プロデューサーである姫野や、辰巳たちに会うことを承諾した。なぜ今になって?
「……何かと思えば、ふふふ。僕とそのお方、顔が似てらっしゃいましたでしょうか。それとも声?」
キングストンは怒りも見せずに温和に微笑み、細長い綺麗な指で自ら、サングラスを外した。吸い込まれるように見る。Aさんの素顔を見たわけではない、けど直感でわかった。似ていない。声も顔も。別人だ。
「あ、いや………まったく似てないですね……えーと……変なこと言ってすみませんでした!」
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