第12話 アニメの王様

翌日の仕事はいちおう休み。とはいえ、ドラモ声優を決定しなければいけない期限が刻一刻とせまっている。気ばかりが焦り、貯まった録画のアニメを見る時間もまったく心が休まらない。そんな中、姫野から電話が入った。

『大変、大変!』

「なんだよ急に。まじっくプリンセスの後釜が決まったのか?」

『それが、こっちも新しい声優さんに悩んでたら、まじプリ原案者の井岡キングストン様に会いに行けることになったのよ』

「なにぃ!?」

 井岡キングストン。

 それはアニメ業界内でもひときわ偉大な王様、謎に包まれた人物ーー。まじプリだけでなく、数々のアニメの原案・企画・監督を担当し、いずれも成功させてきた凄腕ヒットメーカーである。井岡キングストンの注目点は、原作のないオリジナル企画を1から立ち上げてそれを長期の人気メディアミックスコンテンツに仕立て上げることだ。人気マンガのストーリー、世界観を「忠実に」アニメ化することが主流となった昨今のアニメ業界において、キングストンのやり方は異色かつ豪胆なのだ。

 その実績はアニメだけにとどまらず、ゲームや舞台も得意とする。

 業界において他者の追随を許さない井岡キングストンの最大の代表作は、なんといってもまじっくプリンセス(初代)だ。女児アニメの新たなスタンダードをゼロから創りあげた。無印のまじプリには、企画会議から参加し、キャラクターデザイン、ストーリー原案、そしてアニメのシリーズ構成も務めた。まじプリというシリーズの産声を聞き、骨子を作って世に知らしめたあとは、いつのまにか制作スタッフからはそっと名を消していた。

 キングストンは信じられないほどの幾多もの企画を抱えて同時進行しているので、去り際も早かった。自分がいなくても現場が回るようになるのを見届けると、また新しい作品に着手する。そんな具合で、辰巳はキングストンの手がけた作品に関わることはあれど、直にキングストンと仕事をしたことはなかったし、一度も会ったこともない。

 噂では仕事の鬼だとささやかれているし、そうそう積極的に会いたいわけでもなかったが、アニメの神様のような人物。生きる伝説だ。一度お目にかかって、その才能やパワーの切れ端でも欲しい。拾っていきたい。

『この前誘ってくれたからお礼に、あんたも来ていいよ』

「行く行く行く行く!!」

 一も二もなく飛びついた。


 というわけで姫野に指定された、まじプリを制作しているアニメーションスタジオの待合ロビーに着くと。

 なんとそこには、スーツを着た半村、塚、シックなワンピースを着た田原がいた。おなじみの面々のプロデューサーたちが全員集合していた。しかもみんなそれぞれちゃんとした格好をしている。

「みんな呼んだの? こんなに大勢で押しかけたら迷惑じゃない!?」

「キングストンさん、全然良いって言ってた」

 姫野もいつもと違って仕事ができそうなパンツスーツを着ている。辰巳の知らないうちにドレスコードがあったらしい。辰巳はいつも着ている藍色のトレーナーを見下ろした。

「キングストンさんは、実は俺も会ったことないんだ。ありがたいよ。サイン色紙持ってきた」

 ただのファンの顔になっている半村は、サイン色紙をざっと見たところ20枚は持参していた。サイン色紙って、普通頼めたとしても1枚じゃないのか。なぜこの辺の連中はこうもずうずうしい精神の持ち主なのか。

「まじプリ初期のキャラ原案も、キービジュアルもキングストンさんが手がけてるんだよな。マジ神、あまりにも天才。ひとりで一体、何十人分の働きをしているのやら」

 塚はまじプリ展と書かれた公式トートバッグに、まじっくプリンセスの「ぬい」と、「アクスタケース」にセットしたアクスタをカラビナで付けて、さらに缶バッジをいちめんに貼り付けていた。推し活?

「最近はあまりお仕事している様子がないからね、ひそかに心配だったの。王様ももうお年かもしれないわね。こんな貴重な機会逃すわけにいかないね」

 いつもは落ち着いている年長組の田原まで、軽く足踏みして高揚を隠せていない。ほとんど王様謁見の状態である。 

「みんな大人なのにやっぱり、まじプリが好きなんだな……」

 辰巳は苦笑した。もちろん辰巳も全シリーズをリアルタイムで見ている。

「キング様、もう着くって!」

 メールを確認した姫野が声を上げると。

 

 

「みんなー、おっ待たせー」

 底抜けに明るい声に乗せ、巨体を揺らしながら、現れた一人の男。

 紅色に染めた髪は刈り上げ、大きなサングラスに黒マスク、明度の高いピンクのパーカーに、だぼっとしたジャージ。プロレスラーのごとく身体は大きいが、雰囲気は柔らかい。本人がアニメキャラのような存在感の人物である。

「私が井岡キングストンよ! みんなにお会いできてハッピー!」

「は、はじめまして。キングストンさん。まじプリの現プロデューサー、姫野藍子です。あ、プロデューサーはほかに10人程いるんですけども、代表で私が……」

 まじプリってそんなにプロデューサー多いんかい。まあ、動くお金はその辺の単発ワンクールアニメとは桁違い、巨大コンテンツにありがちな現象ではある。仕事量やスポンサーの重圧など、苛烈を極めているのだ。

「あなたが噂の姫野ちゃんね! 今回のシリーズも趣向を凝らしてて、とっても面白い。ばっちりよぉ! まさかまじプリでスペースオペラをするなんてねぇ!」

「あああああ、ありがとうございます! 今年こそネタ切れでもうだめかと思いました……」

 まじプリは原則として1年ごとに作品のキャラクター・物語が変わるので、計48作品もある。これだけ長くやっているとネタかぶり、ネタ切れの感はあるが、手を変え品を変え存続させていた。

 例え大人にとってはどこかで見たことのあるようなマンネリな作品だとしても、子どもたちにとってまじプリは、いつでも煌めいていて新しい。新鮮でわくわくする魔法と冒険の物語だからだ。その気持ちを忘れてはいけない一心で、制作陣たちは身を粉にして作ってきた(という話を、日頃、姫野からさんざん聞かされている)。

 まじプリの生みの親に褒められ激励され、姫野は泣き始め、それを見た他メンバーたちも次々と目を潤ませ、もらい泣き状態になった。なんだこれ、集団ヒステリーかなにかか? とか内心突っ込んでいる辰野の目にも光るものが……。仕方ないのだ。アニメを作る楽しさもつらさも、ここにいる人々は経験してきている。

 そしてこの流れで、さっそくサイン会が始まった。

 

 

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