第9話 神の声をもとめて
「こうなったら先代御本人に聞いてもらうか」
次に電話をかけたのは、はしのすみ本人である。あれから何度か連絡を取るようになった。はしのは予告どおりに海外にいて、休暇を満喫しているようだったが、たいてい電話はつながった。
『あら。いいじゃないの~』
『うん。いいわね~』
『こっちもいい声ね~』
『どれも素敵な声でいい感じね~』
『みんないいわよ~』
同じ調子で五人全員を褒めたあと、「寝る時間なのよ。じゃあね~」と、明るく電話を切られた。
「あああああ、もう嫌だぁ!」
辰巳は机に突っ伏した。
とにかく誰かに背中を押してほしい。いや支えてくれ。他人にすがりたい。猫でもシマウマでもいい。誰かが決めてくれ――
辰巳は、当たり前のように棚にそろっている『ドラゴンベアー』のコミックス全24巻のひとつを手に取る。原作はたった24冊しかないのに、週刊連載作品とは信じがたいほどの完成度の高さ。アニメは独自のキャラも増え、オリジナルの展開で作り続けている。そんなことが可能なのも、ひとえに原作の持つ土台の堅牢さがあってのことだ。練り込まれた設定に美術に世界観の魅力。原作者先生の生み出した作品の力なのだ。
「あーあ、クマちゃんズ先生がなにか言ってくれたら……。あれ、なんかコメントしてたっけ?」
ネットで検索してみるが、それらしき発言はなにもヒットしない。
ドラゴンベアーの原作者先生――
その名も、「クマちゃんズ」先生。年齢性別出身地も不明。
表舞台に顔を出さない覆面漫画家であり、この名称は一人を指すのではなく数人のチームである。シナリオと作画に分担して制作しているらしい。クマちゃんズ先生は、ドラゴンベアーのアニメに際しては、アニメスタッフに任せる形を取っており、制作には関わっていない。SNSもしていない。ドラゴンベアーの制作者陣営も、一度もクマちゃんズ先生に会ったことはない。
「先生のお墨付きがあるだけで、決定的な決め手になるよな――」
ちょろっとだけでも声を聞いてもらってご意見を伺えれば……。辰巳は思い切ってドラゴンベアーの担当編集に電話をかけてみた。週刊少年ヤングは未だに少年漫画の雑誌で売上一位の老舗だ。
「新キャストの件で先生がたのご意見をお伺いできればと思いまして……」
ドラゴンベアーは、すでに連載を終えている。現在クマちゃんズ先生はこれといって漫画家の活動をしていない。その全盛期は50年間くらいに渡る長いもので、次々と連載を持ち、精力的に活動していた。アニメ化映画化舞台化など、メディアミックスは数え切れないほど。
年齢非公表とはいえ、チームはそれなりに高齢のはずだった。半ば引退状態となるのも不思議ではない。
『それなら、パーティに来ませんか? 歓迎しますよ』
担当編集の答えは意外なものだった。いっさい素顔を公表していない、クマちゃんズ先生が、先日受賞した文化功労賞を機に、お礼を兼ねて関係者を集めるらしい。自宅ではなくパーティ会場を借りるとのこと。
「え? クマちゃんズ先生の祝賀会、私が出席してもよろしいんですか?」
『ぜひぜひ。ごく小規模な集まりですよ』
こうして思いがけず、原作者に初めて会えることになった。
アニメ制作チームとも相談したが、あまり大勢でおしかけても迷惑だろうと、辰巳ひとりが代表して行くことに。とにかく声優候補の音源を聞いてもらう、なにか一言でもいい、感想をもらってそれで2代目のドラモを決めよう。という、なんとも人任せの作戦が開始される。
「クマちゃんズ先生に会えるってマジ!?」
「なんであんたも来るんだよ」
「こんなチャンス生きてても二度とないでしょうよ。数人ならいいって言ってたんでしょう。行くしかない」
「話さなきゃよかった……」
というのも、例の会議室での集まり以降、辰巳たち五人は定期的に通話アプリにログインし、情報交換するようになっていたのだ。仕事の話が終われば、最近のアニメや他ジャンルで面白かった作品を、まるで学生時代の友達のように雑談した。同じ趣味の仲間との会話は格別に楽しいものだ。
そこに、クマちゃんズ先生の件をうっかりポロッと話したことで、長年のガチファンである姫野が便乗してきた。
姫野藍子は、確かにアニメ関係者ではあるが、ドラゴンベアーの関係者ではない。はずだが……
「私はれっきとした関係者ですぅ! アニメーターやってた時代にドラゴンベアーに参加してたんだから。人で足りないってことっで、お手伝いで数話、ちょこっとだけど! 当時のメールとか残ってると思うけど証拠見せる!?」
主張が激しいしもうめんどうなので連れて行くことにした。
とはいえ、辰巳ひとりでクマちゃんズ先生に例の件を持ちかけるのもなかなか勇気のいることだ。内心びびっている。ここは友人の力添えに期待しよう――。
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