第5話 声優のSNSって、「○○さんこんにちは!」から始まるファンの丁寧なリプつく人と、それ以外に分かれるのはなぜなんだ
佐多は決して機械音痴ではなく、どちらかというと電子機器やウェブにはつよい。進学時に、声優以外に安定した収入を得ようと考えて、専門学校で技術を学んだ。おかげでアルバイトに通うことなく、自宅で空き時間にホームページ作成などの仕事を請け負っている。けれど、この声優界のビッグニュースを今この瞬間まで知らなかったという。
「あぁ。わたしは今、スマホを触らない生活してるから」
「スマホを触らない生活って可能なんですか……?」
電波が届かない山奥などに籠もらないかぎり無理ではないか、という目で見てくる研究生たち。
「正確には、持ち歩いてるけど必要な連絡以外では絶対に使わないってこと。アプリも全消し、SNSは自宅のパソコンでしか見ない。そのほうが発作的に感情的な書き込みしちゃうこともないから。リスク回避よ。ほんとスマホの必要がないから、昔の携帯電話で充分なんだけど……もうそんな単一的な機能のものって売ってないし」
佐多は売れたら先輩たちにいじり倒されそうな、隙のあるかわいらしい見た目なだけに、研究生たちはギャップを感じていた。といっても佐多は売れっ子声優ではない。役名のついたキャラは数回だけ。ふだん声の仕事は、会社説明会で流す映像のナレーションとか、派遣会社の登録説明会で流す映像のナレーションとか、「仮歌」や「仮アフレコ」といった、表には出ない仕事が主だった。どれほどAI音声ソフトが発達しようとも、人の実際の声は望まれる。といっても、佐多はその分野に特化しているわけでもなく、単発の仕事がたまに入ってくる程度で、ウェブデザインの仕事を本業にした方がよほど収入が安定することは間違いなかった。
「びっくりだね。レジェンド声優が電撃引退なんて」
「オーディション公募ありますかね!? 自分、ドラモになるのが夢なんす! うちの事務所ちょっと、いやだいぶ弱小だから話来るかなぁ」
「ドラモの2代目にド新人が選ばれるわけないじゃん!」
「新人っていうかまだデビューもしてないし」
やいのやいのと仲間たちに突っ込まれるものの、ここにいる誰もがドラモになれるものならなりたいと思っているのだ。それくらいのバイタリティ、度胸は必須の業界。
「そうだね。もし声優オーディションがあって応募可能だとしても、デビュー前の人は厳しいかな。大きな役だし。とりあえずデビューがんばれ」
ほほえんだあと、佐多はふと天井を見上げて「あっ」と声を上げた。
「そういえば私、はしのさんとお仕事したことあるんだった」
「まじっすか?」
場は騒然とする。
アニメ『お姉ちゃんだから名字同じだし結婚してるといっても過言ではないよねっ!』で、レギュラーだったときのこと。レギュラーといってもキャラクターの固定の役はなく、学校の生徒、街行く人、テレビの声など、毎週別の役だった。それでもあの時の嬉しい気持ちは新鮮に覚えている。
ドラモのパロディキャラ、ドドモ。原作にも出てくるキャラクターなのだが、パロディネタというきわどさでアニメ化は無理だと思われていた。しかしふたを開ければ、オリジナル声優はしのすみがドドモに声を充てて話題となった。ドラゴンベアーの公式は許可しているのか、怒らないかとファンに戦慄が走ったのもつかの間。後日ドラゴンベアーと公式コラボが実現し、コラボグッズも発売。平和なコラボとなった。(ただし、両者全然作風が違うので喜んだ人がいたのかは疑問ではあったが……)
佐多は、ゲストで参加したはしのすみと、少しだけ会話する機会を得た。収録後の打ち上げに、すみのが少しだけ顔を出したのだ。もちろん大御所のすみのを囲むために設けた打ち上げの席である。
こちらはペーペーの新人であちらは生きる伝説。挨拶するも、緊張して言葉の詰まった佐多に、はしのが話題を振ってくれた。優しい人だった。
「あなたはパンが好きなんですって?」
「あ、はい!」
事務所のプロフィールページに載せている佐多の趣味の欄に、『パン屋巡り』と書いているのを見てくれたのだ。なんて気遣いのある先輩だろうと泣きそうになってしまった。はしのは、私もパンが大好きだからおすすめの店教えて、と続けた。そのとき携帯のアラーム音が鳴る。
「あ、時間だわ。このあと歯医者なの。よかったらこんど電話で教えてくれる? じゃあね」
え!?
佐多が驚いたときにはもう、彼女はスマートにスタッフ・キャストたちに礼を言うと颯爽と店を後にしていた。佐多の手には、はしのが走り書きで記した電話番号のメモが……。
「けっきょく、電話する勇気がなくて、はしのさんの公式サイトのメールアドレスにお店のリストを送ったんだ。返信はなかったけど……」
「つまり、それプライベートの番号ですよね? 電話してみたほうがよくないですか?」
「今、はしのさんと誰も連絡取れなくて、みんな困ってるって……」
「え?」
研究生たちから促されるままに佐多は、スマホを取り出してのぞき込んだ。何件か通知が来ている。はしのすみさんの連絡先が分かる人は連絡をくれという、一斉送信メールだった。
*
というわけで――
佐多は、自分ではしのに電話をかける前に、辰己たちと合流したのである。経緯を説明されたプロデューサーたちは気色ばんだ。
「さっそく電話!! かけてみてください!!」
五人の有名なアニメ関係者から一斉に圧をかけられて、佐多はコンビニのイートインで緊張を強いられた。
「電話がつながったら、さりげなーく、あくまでもさりげなく会話を続けて。いきなり、なんで辞めるんですか?とか言って問いつめるのはよくない。そんで、うまいこと僕に電話を替わってほしい」
辰己が言うと、あ、先を越された、という目で四人のプロデューサーが目配せする。が、よく考えればはしのすみを電話で説得する役割は相当荷が重いものだ。アニメ界の未来がかかっている……。
「は、はい……。できるだけやってみます。そもそも出るかわかりませんが……」
佐多は、震える手で通話ボタンを押す。
呼び出し音が、聞こえてきた。
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