第3話 コンビニのイートインっていいよね
アニメプロデューサーの精鋭5名は、会議室で情報交換をしながら、自分たちの持ち寄った情報ではまったく役に立たないことをただじっくりと確かめていた。宅配で頼んだハンバーガーと、みんなでつつくLサイズのポテトがとにかく美味しい。
ふだん関わっている作品の制作中はとにかく忙しいし、制作に入る前の企画段階でも準備のために人に連絡を取り、打ち合わせにつぐ打ち合わせ……という感じで、多忙を極める。今回も別に遊びで集まったわけではないが、食べることで少し一息ついた。
「なんだかデザートも食べたくなってきたわ。コーヒーも飲みたいし。買いに行ってくる」
「あ、私も行きます。ずっと会議室にいても気分変わらないですもんねー」
田原が財布だけ持って身軽に席を立つと、姫野も追随した。なんだか学生時代を思い出すようなやりとりだ。外に出ると言っても、ここは都会のオフィス街。このレンタルオフィスのビルを出た道には、目視で三件はコンビニの看板が確認できる。
こんなにのんびりしている場合ではない……のだが、今できることといえば、各位が自分の知り合いからとにかく情報を集めることだけなので、片っ端から、仕事関係者に電話し、メールし、連絡を取りまくることになった。
アニメのプロデューサーは、人と人をつなげる橋渡しのような仕事でもある。一度会って挨拶し、名刺交換をしてから、以来連絡を取っていないような人がとにかく山のようにいる。もちろん顔も思い出せない。が、とにかく知り合いが多いことだけなら誰にも負けないかもしれない。仕事用のスマホに入っている連絡先、登録していない名刺だけの連絡先……。この中に、はしのすみと個人的付き合いのある人がいるかもしれない。その人を見つけるのだ。気の長い作業だった。
昼食後も続けていたが、今のところ手応えがこれといってない。というのも、はしのすみは声優界の重鎮で、伝説であり、物理的にも一番の年上で、はしのの同期や先輩は、もういない。軒並み引退もしくは死去している。一番歳が近くて、80代だった。80代の声優にとっても、はしのすみは40歳上の大先輩で、会うと暗いスタジオでも後光が差して見えるそうだ。むろん個人的な連絡先は知らないし、知っていたとしても恐れ多くて電話できないと言われてしまった。
『本人が決めたことだし尊重したいんですよ』
「そういう考えも一理ありますね」
一理あるとか言っておきながら辰己は電話を切ると深いため息をついた。表向きは本人が決めたこととなっているが、本当にあの引退宣言が本人の手によるものかわからないではないか。もちろん、メールは、はしのすみの仕事用のメールアドレスから発信されている。それは確かである。しかし、第三者がメールのアカウントを乗っ取ることは、不可能ではない。直筆コメントも、ビデオメッセージも、なにもない。何より、この件について、誰も本人と話していない。本当にそのまま信用していいのか?
疑心暗鬼が止まらなかった。せめて、本当に本人の意思で引退するということなら、まだ納得がいくのだが……いやぜんぜん納得はしないが……。150歳まで仕事しますって口癖のように言っていた元気な人だ。心境の変化が急にあるとも思えない。
「やっぱり……なぁ。すみさんもお歳だ。己の、体力の限界を感じていたのかもしれない」
スマホを触る手を止めて、半村が目頭を押さえた。眼精疲労だろう。今の時代、誰も彼もがスマホやPC、タブレットの画面を見続けている。人類皆眼精疲労なのだ。
それならそうと「体力の限界!」ってあの声で叫んでから引退してほしい。そうすれば余計な詮索しないし、こちらもあきらめがつくし……。
「そっちですか。ご病気だけど公表せずに表舞台から去る選択をした……ってのもあるかもですね」
塚も声のトーンがあきらめモードに落ちてきていた。なんか皆疲れてきている……。
「あの! 俺らもちょっと休んでコンビニ行きましょう!!ね!!」
そういえば、女性二人はなかなかコンビニから帰ってこない。会議室はいちおう丸一日レンタルしたので、荷物を置いたまま、辰己たちも外の空気を吸いに行くことにした。
**
「あ」
最寄りのコンビニに入ったところ、ほかにだれも客がいない中で、田原と姫野がイートインコーナーにいた。パフェとコーヒーとスナック菓子を広げていた。高校生の放課後の寄り道か?ってくらい、本格的に居座る気まんまんのくつろぎ方だ。せっかく会議室借りたのに……。
姫野はこちらの3人の姿を認めて手を広げた。
「べつにいいじゃん、休日のオフィス街なんてほかにお客さん居ないんだから、のんびりしたって」
「いや何も言ってないけども……」
せっかくなので辰己たちもコーヒーを買い、イートインコーナーにすわることにした。
このままなにも有益な情報得ることもなく、ただ大人五人が集まって時間を無為に過ごすだけで今日が終わるのか……。
と、胸をよぎったその瞬間だった。
「あ、ここにいたんですね。辰己さん!」
よく通る、かわいい声に呼び止められた。早足でコンビニに入ってきたショートボブの若い女性だ。少女といってもいいくらいの見た目だった。見た目にも気を遣っていて、流行のボリューム袖のワンピースに身を包んでいるし、どう見ても声優だが、まったく名前が出てこない。
「えーと、すみません、お名前は……」
「先ほど、ご連絡もらった佐多です。佐多ケイ。アニメ『お姉ちゃんだから名字同じだし結婚してるといっても過言ではないよねっ!』で、主人公のクラスメイトのモブ役でお世話になりまして…あ、役名はなかったんですけど、茶髪のコでした!」
タイトル全部読み上げる必要あった?と思ったが、略称だと分からないので正直助かった。ちなみにそのアニメは、約3年前の作品で、血縁のある姉妹百合モノである。アニメもワンクールで軽く100本ほど作られる時代となった。もう、ありとあらゆるニッチ向けアニメにあふれているといっていい。アニメファンにとって夢の時代ともいえるが、そんなにたくさん作品があっても見る時間がない問題が深刻化している。
佐多は、アニメ代表作と言えるのがその3年前の名もなき役しかない。ということなのだ。声優戦国時代は続いている――。
ともあれ、彼女は辰己からのメールを見て、たまたま近くにいて時間もあったので立ち寄ってくれたとのこと。
「はしのすみさんのことで、少しお役に立てるかもしれなくて……」
彼女が取り出したスマホの表示を見て、辰己たちは目を合わせた。
佐多のスマホのアドレス帳。はしのすみのプライベートの電話番号が、登録されていた。
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