第2話 プロデューサーたちの会議

 アニメ「ドラゴンベアー」の「ドラモ」。

 作品の主人公であり、マスコットキャラでもあり、日本のみならず世界中で人気の、ドラゴンの子ども(の、ぬいぐるみ)である。

 はしのすみ代表作の中の代表作で、半世紀を超えてその声を担当している。

 ドラゴンベアーのプロデューサー、辰己竜矢、髭を蓄えた業界歴40年のベテラン――は、この「はしのすみ対策会議」の音頭を取って皆を会議室に集めた張本人だ。

 長年の仕事のつきあいがあっても、辰己本人ははしのの私生活はなにも知らなかった。番組の親睦会などでも、最初に顔を出してあいさつだけですぐに帰る、ミステリアスな人だったのだ。とはいえ長年培った信頼は本物である。これまで仕事に必要な連絡が途絶えたこともない、アフレコはいつも本調子、万全な状態でその声が吹き込まれてきた。声は劣るそぶりもなく、歳とともにますます張りが出ている。いくら寿命が延びたといっても、100を超えれば人は老化する。でも、はしのすみは腰が曲がることもなく、声が枯れることもなかった。最近やっと老眼鏡をかけるようになったくらいだ。

 彼女ならまだまだ活躍できる。と、いうか、絶対に急に辞めるなんておかしい。いくらフリーとはいえ、仕事仲間の誰にも相談せず、1人で決めて、引退報告して終わりなんてありえない。何者かが裏で糸を引いている可能性がある。誰か? はしのすみを気に入らない「誰か」だ。

 辰己はとにかく手当たり次第、スマホに入っているプロデューサーたちに連絡をして、その日のうちに集めた。日曜の午前11時には、5人の業界内でも名だたるアニメのプロデューサーが集合したというわけだ。

「すみのさんのプライベートの連絡先、知ってる人いる? ちなみに俺は知らない!」

 辰己の問いに、

「知りません」

「知ってるわけないだろ」

「知らないから来たんだけど」

「情報もらえるんじゃないの?」

 と、会議室の長机に着席している人々が一斉に答えた。誰も知らなかった。

「誰も知らないんじゃん! どうすんの? 物理的に集まったって意味なくない?」

「おまえが集めたんだろ!」

 つっこみを入れたのは、辰己より少し年長のプロデューサーだ。

 90年続く国民的アニメ「はんぺんまん」を担当している、半村寛。

 はしのは、主人公はんぺんまんを90年間ずっと演じている。この先、誰も永久に超えられない記録だと巷でささやかれている。はしのとの付き合いは最も長い。もちろん80年前は半村も生まれていない。70代の半村が赤ちゃんの頃から、はしのはすでにベテランの域、押しも押されもせぬ実力を持った大人気声優だった。

「こっちは毎週放送中だからね、後任の人がそんな数週間で決まるわけないんだよ。っていうか無理だろ、90年も同じ声だったキャラ声変わるの無理すぎるだろ。独特で唯一無二の声だからさ、はんぺんまんのものまねする人だれも似てないしさ。後継者もいないわけ。AI音声はしのすみを本気で作るしかないって方向になってるよ。ドラゴンベアーは、もうテレビは終わってるからいいかもしれないけど」

 長寿アニメはんぺんまんは、クールの短いほかアニメと違って、余裕のあるスケジュールで進行している。アフレコのストックは向こう三ヶ月分収録を終えている。しばらくは再放送などを織り交ぜてごまかすしかないと半村は算段していた。なにしろ、過去の放送回はいくらでもある。1年くらい名作を再放送しても視聴率はある程度取れるだろう。

「テレビシリーズは終わってるけど映画が控えてるんですよ! 毎年冬恒例の映画です。はしのさんがいないと話にならないです」

「待ってくださいよ~」

 と、話に入ってきたのは、辰己より少し後輩の塚功一だった。数年ぶりに会う巨漢は、またひとまわり大きくなったように見える。 

「それぞれのアニメが大変なのは同じだから、言い争ってる場合じゃなくないですか。うちだって、『プレイヤーズ!!』、今年40周年の節目なんです! 記念アニメ公開、イベントなどなど、企画が目白押しなんですよ」

 プレイヤーズ!!とは、演劇活動に邁進する少年たちを描くアニメで、主に若い女性から支持を受けている、スマホゲーム発の一大コンテンツだ。イケメンが多数いるこの作品で、はしのは、絶大な人気を誇る男性キャラクター、「紙屋先輩」を担当している。長めの銀髪が片目にかかったイケメンだ。低く少しハスキーな声で演じている。

 あらゆるイケメンキャラに、多数のイケメン人気声優がついている作品ではあるが、イベントでは、はしのへの声援がもっとも多いことで有名だった。

「それを言うなら、『まじっくプリンセス』だってそうだし。まじプリ、来年50周年っすよ。総勢200人のまじっくプリンセスが全員集合する映画作ってるから」

 ここで発言したのは、姫野藍子だった。辰己の同期で年齢も同じだが、腕はこちらより数倍上で、次々とヒット作を飛ばしている。目の上のたんこぶ的な存在の女性である。数年前にまじプリの担当に就任し、業界からは注目を集めていた。

「200人も出たら収集つかないでしょ、変身バンクだけで2時間終わるよ。噂は聞いてたけどまじでやるのか……」

「そんなの省略するに決まってるでしょ。ちゃんと全員出番あるから。こっちはプロだから考えてますから」

 さて、女児向けの――近年ではそういった年齢性別で対象者を区切るような概念は薄れつつあるものの、名目上は女児向けの魔法少女アニメ「まじプリ」。はしのすみの役どころ、それは初代まじプリの主人公「まじっくプリンセス」役である。まさにタイトルを冠しているメインキャラクター。はしのの主な出番は最初の2年間だったが、その後も映画などにことあるごとに出演、今もなお、女子中学生のキャラクターの声が出せるのである。  

 とにかく周年だらけ、記念まみれということだ。

 と、ここで、これまで発言していない人物になんとなく注目が集まった。

 この場では最年長、辰己のだいぶ先輩で、年齢は聞いたことがないが、はしのよりは下。

 しわの刻まれた手で、すいすいとタブレット端末を操作していた。

 田原モモといって、あの伝説のゲーム「ココロのモンスター」通称ココモンのアニメプロデュースをつとめている。はしのは、看板キャラクターのモンスター「ココロン」を担当しているが…………そうだ。ココロンは鳴き声だけで日本語はしゃべらない。「今までの収録ボイスだけで永久にココロンは足りる」と言われて久しい。

 だからなのか田原はのんびりと言った。

「ねえ、ウーバー頼むけどなににする?」

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