レジェンド声優120歳、定年退職す
らいらtea
第1話 レジェンド声優、定年退職
はしのすみ。
その名を知らぬものはない。
どこが端でスミなのか?と冗談交じりに言われて早幾星霜。黎明期の子役時代から100年以上。声優として現役でいまもなお新しい役に貪欲に挑む、生きる伝説、不死身、屍になっても骨から声が出るなど――
数々の異名を持つ。化け物よりも強い声優である。
時はいまよりすこし未来……
人類の寿命は平均150歳まで伸び、健康寿命に至ってはだいたい140年くらいあった。そこで生涯現役を貫く者もいれば、120歳で引退する者もいた。一般企業では120歳が、定年とされていた。
スーパーウルトラレジェンド声優、生きる伝説、喋る神。はしのすみ(120)、完全引退。
年度末3月31日付けで一切の声優・俳優・芸能活動を引退。
これまで担当していた役の今後については、どうぞよしなに。おのおのの会社、プロデューサーに一切をお任せします。
事実だけを粛々と並べただけの簡素な書面が、関係者やマスコミに一斉メールで送られただけで、会見もなかった。ご本人は高齢なのもあってSNS等の活動はしていない。
理由不明。
突然飛び込んできたニュースは寝耳に水どころか滝、洪水で、日曜日でも早朝からオタクたちは起きてネットで騒ぎ出していた。
今日ばかりは、日曜朝のスーパーちびっこタイムの実況ツイートも数が大幅に減った。
衝撃を受けたのはファンばかりではない。
最も驚いたのはなんといっても、声優業界、アニメ・吹き替え業界である――
はしのすみと一緒に仕事をしていたプロデューサーは、なんとしても引き留めたかった。なにせつい先日会ったときも彼女は、ぴんぴんしていたのである。
引退するのは仕方ないにしても、ファンにも心の準備というものがある。せめてあと一年はこれまで通り活動し、キャラクターや作品のイベントなどを開いて、しっかりとファンの気持ちに寄り添い、お別れをしてほしいところだった。長年親しまれてきたアニメキャラクターの「声」が変わるか否かは、とても繊細な問題なのである。それを、どうぞよしなにって言われても……である。
なによりも。今年の冬には、はしのすみの代表作である「ドラゴンベアー」の最新映画、
「ドラゴンベアー超スーパースペクタクル対戦ZERO~はじまりの街~」
の公開が決まっているのである!
累計発行部数10億8000万円の、週刊少年ヤングで連載されていた少年マンガの金字塔だ。ドラゴンの「ぬいぐるみ」が主人公で、仲間とともに本物の生きたドラゴンに立ち向かっていくという、荒唐無稽なバトルファンタジーだ。原作はとっくの昔に終了しているが、いまだ人気は衰えることを知らず、オリジナル展開のアニメが制作され続けている。
はしのすみは、およそ50年前に声優事務所から独立、以後フリーで活動していた。仕事で使用していた電話番号やメールは、すでに無効となっていた。
「すみさんのプライベートの電話知ってる人いるか!?」
近日中にはしのすみと仕事をする予定だった各アニメ会社のプロデューサーたちは、会社の垣根を越えてレンタル会議室に集まっていた。今期の覇権アニメがどうのこうのといがみあっている場合ではない。はしのすみに連絡を取ってひとまず引退を引き留めたい。互いに協力するしかなかった。
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