第11話

さて、俺の亡命はソ連の国営放送でも報じられた。


「亡命したビクトル中尉は、重度の麻薬中毒者であった」


なんだと?!

何が麻薬だ。

俺は人生で、麻薬になんて一度も手を出したことはない。


ソ連の体制への不満で戦闘機パイロットが亡命した、なんて、恥ずかしくて報道できないのだろう。

俺はいつの間にか、祖国では麻薬中毒者扱いになっていたのだった。



ソ連の大使館員が面会にやってきた。


「悪いようにはしない。麻薬は日本人に飲まされたんだろ? そう証言してやる。だから、大人しくソ連に帰れ」


は?


俺は言った。


「私はアメリカに亡命します。これは私の意志です」


「キミはソ連の機密をたくさん知っている。アメリカに渡るのは、祖国に対する裏切り行為だ!」


「裏切り者と言ってもらって構いません。私はもう、ソ連には戻りません」


ソ連大使館員との交渉は決裂した。



日本政府は私を隔離した。

暗殺される危険があったからだ。


函館空港に着陸したMiG-25の機体は軍事機密の塊だ。

ソ連軍は機体を奪還、いや、破壊しにやってくるに違いない。


航空自衛隊、千歳基地第304飛行隊は、ソ連軍の空からの攻撃に備えた。

海上自衛隊、函館基地は護衛艦を出港させ、ソ連軍の海からの攻撃に備えた。

陸上自衛隊、第11師団第28普通科連隊は、函館空港周辺に出動、ソ連軍の上陸に備えた。戦車も配置された。

また、自衛隊の高射特科部隊は、侵入してくるソ連軍機を撃墜するために、高射砲を出動させた。


第二次世界大戦が終わって数十年。

ソ連と日本は、再び戦争になるのだろうか。


ソ連軍は動きを見せた。

日本海に多数のソ連軍機が飛来、日本の防空識別圏内を飛行して挑発した。

機体を返さなければいつでも日本を攻撃する、そういう示威行為なのであろう。


MiG-25の機体は分解して徹底的に調査された後、茨城の港からソ連の貨物船に乗せられ返還された。

ソ連と日本との戦争は回避された。


俺の亡命はアメリカ合衆国大統領に受け入れられた。

俺はアメリカの旅客機に乗り、亡命を果たした。


アメリカに渡った俺は、ソ連の軍事機密を提供するとともに、航空イベント会社のコンサルタントに就任した。


俺はついに、自由を手に入れたのだった。


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