第4話

軍医の口利きで俺は釈放され、極東最前線のチュグエフカ基地へと転属されることになった。


チュグエフカ基地はウラジオストク港の近くにあり、東の海を渡れば日本、西の国境を越えれば中国だ。

日本には、自衛隊基地のほか、アメリカ軍の基地も多数ある。

中国とは、国境紛争はだいぶん落ち着いてきたが、それでも、いつ攻撃があるか分からない。


俺が赴任した極東の地は、文字通り、最前線の地であった。

最果ての地ではあるけれど、国を護る大きな責任を背負うこととなった。



アメリカ軍はソ連の国土を、高高度でいつも領空侵犯していた。

かつてソ連軍は、領空侵犯してきたアメリカ軍のU-2偵察機を、地対空ミサイルで撃墜したことがあった。


アメリカは撃墜されないよう、さらに高速の偵察機を開発し、引き続きソ連上空を侵犯し続けていた。


そこで、ソ連軍は新しい戦闘機を開発した。

高高度で飛来する米軍機を撃墜できる、最新鋭の戦闘機。


それが、俺の乗る MiG-25だ。


俺の任務は、領空侵犯してくるアメリカ軍機を撃墜すること。


ミサイルの発射ボタンを押すとき、それは、俺がアメリカ兵を殺すときでもある。

つまり、俺の任務は人を殺すことなのだ。

これは訓練ではない。


この任務を遂行するため、俺たち戦闘機パイロットには長時間に渡る精神教育が行われた。


アメリカなどの資本主義国家が、いかに悪の巣窟であるかという講義を延々と聞かされた。

アメリカは駆逐されるべき存在であり、ソ連の社会主義こそが正しいと、何度も教育された。


心の中で、

「アメリカが間違っているのなら、なぜアメリカは繁栄しているのだろう」

という疑問が沸き起こってきた。

しかし、それは教官には絶対に質問してはいけない。

ソ連の社会主義こそが正しい。

それ以外の価値観をもつことは許されなかった。


だからこそ……俺はアメリカという国に興味をもった。



教官は言う。


「アメリカでは、病院にかかるのにもカネがいる。よりよい教育を受けるのにもカネがいる。失業者は貧しい暮らしをしている。一方、われわれ社会主義国家では、医療費も教育費もかからない。失業も存在しない」


延々、社会主義の素晴らしさと資本主義の欠陥が説明された。


俺はますます疑問に思った。

世界の半分の国家が資本主義だ。

資本主義がそんなにも悪いものであるのなら、なぜ、アメリカや日本は、資本主義を続けているのだろうか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る