17 辿るは同じ運命
◆17◆
私のために泣いてくれた親友の、赤くなった瞳を真っ直ぐに見つめる。
「ここまではただの背景。私の考えや思惑を理解して貰うための前提になる知識。そしてこれから話すのが、このまま私が王妃になったら、将来何が起きて、この国がどうなるのかについてよ」
「将来何が起きて、この国がどうなるのか、ですか?」
ミリエッタが小首を傾げる。
私が王妃になれば、万事めでたしめでたしで終わる、そう思っているのね。
そう思ってくれるのは嬉しいわ。
私なら、今話した背景で起きうる不安を取り除いて、平和な未来が訪れると、そう信じてくれている証だから。
でもね、そうではないの。
そんな上手くはいかないの。
私が王妃になったところで、ハッピーエンドで終わらないのよ。
「私のお母様は私が六歳の時に亡くなったわ。理由は知っているわよね?」
「はい、伺っています」
「そう、お母様も病弱な方だった。私を産んだことで体調を崩して寝込んでしまって、結局回復することなく、亡くなるまで床に臥せったままだったわ」
そして私は、お母様の病弱な体質を受け継いでいる。
お母様そっくりだと、お父様を心配させる程に。
だからこれから口にする言葉は、ずっとお母様の治療に当たり、そして看取ってくれた、ファルテイン公爵家の主治医の見解でもある。
「恐らく私も、ロズハルト様の第一子を産んだ後、同じ運命を辿ると思うわ」
「――!?」
辛うじて叫ぶのを堪えてくれたのか、驚きすぎて声が出なかったのか。
目を見張るミリエッタに微笑む。
途端にミリエッタの顔がまたくしゃりと歪んでしまったから、上手に笑えなかったみたいね。
「お母様は六年、頑張ってくれた。そんなお母様を見ていたから、私は健康に気を付けて、少しでも体力が付くように努力してきたわ。だから六年と言わず、もう少しだけ長生きできるかも知れない。でも、産んだ子が成人するのを見届けるのは……多分、無理ね」
「……っ……っ!!」
ミリエッタが両手で口を塞いで、必死に声を堪えながら、ボロボロと涙を流す。
「泣かないで。もしかしたら、そこまで酷く体調が崩れることなく、今よりもうちょっと身体が弱くなるだけで済むかも知れないもの」
でも、もっと酷く体調を崩して、六年も保たないかも知れない。
さらに言うなら、産んでそのまま……と言う可能性も決して低くはない。
何事もなく、今と変わらず……と言う可能性は、恐らくほぼない。
言葉にすると本当にそうなりそうで怖くて、それらの言葉を飲み込む。
でも、ミリエッタはその最悪の想像をしたみたいね。
もう見ていられないほどに、今にも泣き崩れてしまいそう。
それでも、私の言葉を聞き逃すまいと堪えてくれている。
そんな健気な親友のためにも、ここで私まで一緒に泣き崩れるわけにはいかないの。
「だから私が産めるお世継ぎは一人だけ。男の子か、女の子か……それはもう賭けね」
そう、私が王妃になるのは、そもそもが賭けなのよ。
でもそれに賭けるしかないくらい、今の王家は窮地に立たされている。
「もし、女の子だったら……」
目も当てられない。
お世継ぎの男児が必要だから、ロズハルト様は側室を迎えなくてはならなくなる。
むしろそうなるように、すぐさまルエンテード公爵家とアルガン侯爵家とフレイバート侯爵家が動くのは確実。
フランシア様かルシーダ様かネフェリア様が側室に迎えられ、そう時を置かず正室と側室の立場を逆転されてしまうのは火を見るより明らか。
そして側室となった私には、もはや打てる手はないに等しい。
私が産んだ王女はロズハルト様から遠ざけられ、良くて他国に嫁がされて厄介払い。
最悪、物心つく前に暗殺されてしまうでしょうね。
そうなれば、私の人生は全てが無意味になる。
王妃になるべく、この病弱な身体に鞭打って積み上げてきた全てが崩れ去り、生きた証を何も残せないまま……。
むしろ産んだ子を不幸にして、国政を余計に混乱させた分だけ、私の名は汚点として歴史に記されるでしょうね。
歴史は勝者が作っていく物なんだから。
だからそうなる前に、最後の最後の賭けに出るしかない。
たとえ床に臥せっていても、私の命がまだある内に……側室として入り正室を奪ったいずれかの彼女が世継ぎを産む前に、もう一子。
無事に産んであげられるかも分からない。
やはりその子が男の子かどうかも分からない。
どちらに転んでも、私の命は多分、そこで尽きる。
だけど、私に残された手はもうそれしかない。
「せめて男の子だったら、まだ希望があるわ。陛下も、王妃殿下も、ロズハルト様も、お父様も、そしてミリエッタ、あなたも守ってくれるでしょう?」
「っ……はい……はいっ! っ……ですがっ…………そんな、悲しいこと、言わないで……下さい……っ……!」
「……そうね、ご免なさい」
それでも私が産んだ王子が成人し、王太子になり、国王になれるかは分からない。
やはりルエンテード公爵家が、アルガン侯爵家が、フレイバート侯爵家が、黙って見ているとは思えない。
私が床に臥せってしまったら、王城の女主人として城内を取り纏められなくなる。
そうしたら、やはり側室をと言う話に、絶対になる。
王家とロズハルト様、そしてお父様が、それをどれだけ拒めるかだけど……。
もしそれで側室を迎えて第二王子が生まれたら、お家騒動は必至で、最悪、国を割っての内乱が始まるでしょうね。
下手をすれば、王女を産むより事態が悪くなる可能性すらあるのだから笑えないわ。
その未来を回避するためには、私は少しでも元気に、一日でも長く生き長らえるしかない。
そしてその間に、陛下とロズハルト様とお父様が、どれだけ他の貴族達の力を削いで頭を押さえられるか……。
……とても分の悪い賭けね。
「けれど王家はそれに賭けるしか、もう道がないの」
ミリエッタの握り締めたハンカチはもうぐっしょりで、それでもなお、涙がボロボロこぼれ落ちていく。
さっきは、私の人生は全て無意味になる、なんて思ったけど、それは早計だったみたい。
こんなにも私を想ってくれる、ミリエッタと出会えたんだから。
「どう、して……」
嗚咽を漏らしながら、ミリエッタが声を絞り出して、真っ赤に泣き腫らした目で、私を真っ直ぐに見つめてくる。
「どうして、エヴァノーラ様が……そこまで、しなくては……ならない、んです、か……!?」
「ミリエッタ……」
「エヴァノーラ様が、自らを犠牲に、するような、真似……をっ……どうして……!」
「それは、私が貴族だから。私がファルテイン公爵令嬢エヴァノーラ・ストックドーンだからよ」
「っ……!」
「王家のため、何よりこの国の未来のため、この身を捧げ尽くすのが公爵令嬢たる私の務め。そしてそのために最善を尽くす。それに反論の余地はないわ」
痛くて苦しいくらい、ミリエッタが抱き付いてくる。
「……鑑、ですっ……エヴァノーラ様は、貴族の、ご令嬢の鑑ですっ……! エヴァノーラ様を尊敬、しますっ……エヴァノーラ様の、親友であることは……わたしの、一生の誇り、ですっ……!」
「ありがとう、ミリエッタ」
抱き締めたミリエッタの頭を優しく撫でる。
後から後からドレスに染み込んでくる涙。
とても熱くて、胸が温かくなる。
「な、のに……エヴァノーラ様が、これほどの、覚悟を……なのに、殿下はっ……!」
「ロズハルト様がどこまでご存じなのか……私も知らないわ。もしかしたら全てご存じなのかも知れないし、何もご存じないのかも知れない」
「どちらでも……酷すぎ、ますっ……!」
「ふふ、そうね。本当に、酷い話よね」
「どう、して……エヴァノーラ様は……」
ミリエッタの腕に力が籠もって、一層強く私を抱き締める。
「エヴァノーラ様は……どうして、そんな……平気そうな顔、されて……笑っていられるん、ですかっ……!」
「そう、ね……でも、平気ではないわよ」
私も、一層強くミリエッタを抱き締める。
「私だって死にたくないわ……こんな命の使い方なんて、出来ればしたくない……」
震えそうになる手を、声を、無理矢理押さえ込む。
お父様から全てを聞いたとき、公爵令嬢としてそれを受け入れた。
ロズハルト様の婚約者に決まったとき、死ぬ覚悟も決めた。
でも……こうして改めて死の運命と向き合うと、どうしても震えてしまう。
一度死んで、転生して、そうしたらまたこんな死を迎えなくてはならないなんて、神様は私のことが嫌いなんだろうかって、恨み言の一つも言ってやりたくなる。
一度若くして死んだんだから、二度目も平気だろう、なんて思われているのかしら。
「逃げ、ましょう……!」
ミリエッタがガバッと身を離すと、これまで見たことがないくらいに真剣な、鬼気迫る表情で私を見つめてきた。
「追っ手が、追ってこられないくらい、遠くにっ……! エヴァノーラ様が、ご自分を犠牲にする必要なんてっ……!」
「……ありがとう、ミリエッタ」
「じゃあ……!」
「でもご免なさい。私はファルテイン公爵令嬢エヴァノーラ・ストックドーンなの。最善を尽くさずに、その責務を放り出して逃げるわけにはいかないわ」
「そんな……!」
「ああ、泣かないでミリエッタ。大丈夫よ。私だって死にたくないって言ったでしょう。だから、死なずに済む方法を、生き残れる道を探して足掻いてきたのよ」
「っ!? 本当っ……ですかっ!?」
「ええ」
微笑むと、少しは安心してくれたのか、ミリエッタの涙が止まる。
涙でぐしゃぐしゃで酷い顔なのに、その顔がとても嬉しくて愛おしい。
「そういうわけで、ここまでは前置き。いよいよ、ここからが本題よ」
一瞬キョトンとしたミリエッタが、はっとなる。
どうやら、これまでの話のインパクトが大きすぎて忘れてしまっていたみたいだけど、ちゃんと思い出してくれたみたいね。
「これから話すのは……私が何を考えて、何をしようとしているのか……今まで誰にも話したことがない、ロズハルト様にも、お父様にも、ナタリーにも話したことがない、ファルテイン公爵令嬢としての、私の本当の気持ち」
ミリエッタが祈るように私を見つめてくる。
私も……今だけは神様に祈る。
叶うことなら、ミリエッタに軽蔑されたり、見限られたりしませんようにと。
「私は……」
言いかけて、わずかに声が震えそうになってしまって、一度口を閉じる。
心を落ち着かせるように、二度、三度と深呼吸を繰り返して、改めてミリエッタの瞳を真っ直ぐ見つめながら、口を開いた。
「私は、レアナに王妃になって貰うつもりよ」
「――!?」
ミリエッタが目を見開いて、息を呑んだ。
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