10 正される平等と言う名のフレーバーテキスト

◆10◆



 テストが終わって成績が貼り出された。


「さすがエヴァノーラ様、すごいです! 一位ですよ学年一位!」


 そう私は、不動の学年一位のロズハルト様を抑えての、堂々の一位。

 ロズハルト様は結果二位に転落。


 一年生の頃から常に五位以内をキープしていたけど、その程度で十分と、特に一位を目指したりはしていなかったのよね。

 でも、今の色ボケロズハルト様に負けるのは矜持が許さなかったから。


 平民の女に浮気された挙げ句、火遊びに興じている浮気男に成績でも勝てないとあっては、ファルテイン公爵家の名が廃ると言うものよ。


「さすがだなエヴァノーラ……」


 このロズハルト様の苦い顔を見られただけで、溜飲が下がるわ。


「このくらい大したことはありません。常日頃からの積み重ねですから」


 ロズハルト様が益々苦い顔になった。


 今のを口さがない言葉に訳すなら――


『勉強そっちのけで女のケツばっか追っかけてっから成績が落ちんだよ、この色ボケ野郎が。ザマァ!』


 ――といった感じね。


「お前、最近一段と嫌な女になってきたな」


 私にだけ聞こえるようにボソッと呟くロズハルト様に、澄まし顔で返す。


「あら、ご存じなかったのですか?」


 これには、ロズハルト様も弱ったような渋い顔になった。

 額面通りに言ったんだけど、意趣返しを口にした後だから、勘ぐられてしまったみたいね。


 確かに、今の会話の流れなら――


『あなたが私だけを見つめて愛してくれていたのなら、こんな可愛げのない女にならず、あなたのための可愛い私のままでいられたんですよ』


 ――と、聞こえても無理はないかも。


 浮気してる負い目があるから余計に勘ぐって、自分が責められている気になるんでしょうね。

 もっとも、する必要を感じないから訂正はしないけど。


 取りあえず、澄まし顔でもう一度だけ。


 ザマァ!


 ちなみにミリエッタは辛うじて中の上といったところ。


「もう少し頑張らないといけないわね」

「はい……」


 やっぱり数学を始めとした理系科目が足を引っ張ったみたい。

 他の成績がいい分、もったいないわ。


 そして、我らがヒロイン、レアナは……。


「平民にしては良い成績ですね」


 一年生の成績を眺めていたレアナの隣にわざわざ並んで、その順位を確認してから、そう

 当然、レアナには褒めたようには聞こえなかったでしょうね。


 だって肝心の成績は、下の中といったところ。

 平民でこの学院に入学出来た事から、それなりに自信や自負があったみたいだけど、それでこの結果ではちょっとお粗末だもの。


 もしルーファス様とちゃんと出会っていたら、もっと学ぶ喜びを知って、もう少しマシな成績になっていたでしょうけど。

 それでもゲーム序盤では下の上を越えることはないから、誤差の範囲を出ないわ。


「ロズハルト様、これはこの平民を褒めるよりも、それより下の者達の不甲斐なさを咎めるべきかも知れませんね」

「それは……」


 同意だけど、レアナの手前ハッキリ言えない、と。


 こんな言い方をされた上に、ロズハルト様の前で恥を掻かされた以上、レアナは黙っていられなくなったらしい。


「確かに褒められた成績ではないですけど、それを平民だからと馬鹿にされる筋合いはありません」


 ざわっと周囲がざわめく。


 貼り出された成績を見に来ていたのは、私達だけじゃない。

 周囲には他にも貴族の子息子女が何人もいた。


 当然ミリエッタも険しい視線でレアナを睨むけど、この前のことがあるのか、余計な口は挟まないでいてくれた。


「馬鹿にしてはいませんよ。平民にしては良い成績だと褒めたのです」

「その『平民にしては』って言うのが見下して馬鹿にしているんです!」


「見下しても馬鹿にしてもいませんが、これまでろくに勉学に励んだことのない平民が、少ない人数とはいえ、これまで実家で家庭教師に付いて学んできた貴族の子息子女を上回ったのですから、そこは認めて褒めるべきでしょう」

「それが馬鹿にしてるって言ってるんです! 平民でももっと平等に勉強する機会があれば、平民でももっとこの学院に入学出来るはずで、そうなったらそんな平民を見下すようなことは言えなくなるはずです!」


 はい、ヒロインの戴きました。

 会話の流れに乗って言ってくれてありがとう。


 出会った初日に仕込んでおいた甲斐があったわ。

 さあ、ここからはまた悪役令嬢本気で行かせて貰いましょうか。


 所作はおしとやかに、態度は毅然と、レアナに向き直る。


「また平等と言いましたね」

「言いました。この学院の精神です」


「あなたは何かにつけて平等、平等と口にしますが、その平等とはどういう意味ですか?」

「どういう意味って……馬鹿にしているんですか!? 平民でも平等にこの学院に入学して勉強出来る事です!」

「そうですか。どうやらあなたは平等の意味を履き違えているようですね」

「それはどういう意味ですか!?」


「あなたの言うは、平民も貴族と分け隔てなくこの学院で勉強をさせろ……つまり、平民を貴族とに扱えと要求しているのだと気付いていますか?」

「っ!?」


 レアナが息を呑み、周囲がどよめいた。


「そ、そこまでは思っていませんし、そんなつもりで言ったんじゃありません!」


 さすがにこれはレアナも慌てて否定する。

 だけど周囲はレアナを胡乱うろんげに見て、ヒソヒソと囁き合っていた。


「では、何を考え、どういう意味で、と口にしたのですか?」

「それは……」


 レアナが言葉に詰まって、顔色が段々悪くなっていく。


 どう理屈を付けても、遠回しに表現しても、突き詰めれば、レアナが言っていたのはそういうこと。


 貴族と平民という身分制度の否定。

 社会と秩序の破壊。


 そこまでは言わなくても、その危険をはらんでいる。


 ただ、私はそれが悪いことだとは思わない。

 いずれ民衆が自ら政治に参画する権利を求め、民主主義へと移行するのは、前世の歴史が証明しているから。


 ただそれは、時代の流れとしてじゃない。

 だから『くる虹』でレアナヒロインが主張する平等はフレーバーでしかなくて、レアナヒロイン本人も実は深く掘り下げて考えていなかったんじゃないかしら。


 もしかしたら攻略対象達はそんなレアナヒロインのことを、本心では生温かい目で見守っていたのかも知れないわね。


 でも現実で、平民と貴族をになんて、冗談でも口にすることが歓迎されるわけがない。

 このままレアナが何も言えないままだと、レアナの立場が非常に不味いから、ここだけは助け船を出しておきましょうか。


「あなたもこの学院で授業を受けて、我が国の歴史に始まり、周辺国の歴史、地理、国語、古典、詩歌、数学、ダンス、礼法、それらを学んできたはずです。二年生になれば、我が国の経済、法律なども学ぶ事になります。つまり、この学院の授業は、貴族の子息子女が、領地経営を行うため、また官僚になってこの国を支えていくため、それに必要な知識を学ぶための学院なのです」


 レアナがこの学院に推薦されて入学したのは、ヒロインだから……と言うのは身も蓋もないし、あまりにもゲーム的な理由だけど。

 でも、推薦した神父様は、きっとレアナが平民らしからぬ能力を秘めていると思い、この学院で学べば何者かになれるのではないか、そんな期待があったからだと思う。


「では尋ねますが、平民がそれら領地経営を行うため、また官僚になってこの国を支えていくために必要な知識を学ぶ必要がありますか? あなたの故郷の村人達が貴族とにそれらを学んで、それを生かす職に就いたり、今の職で生かせたりしますか? そうしようと考えると思いますか?」

「それは……難しいと……」


 段々と私の言いたいことが分かってきたのか、レアナの言葉に先ほどまでの覇気がなくなってしまっている。


「もしかしたら、あなたなら出来るのかも知れません。当学院に推薦されたと言うことは、きっと平民としては優れた能力を持っているのでしょう。事実、幾人もの貴族の子息子女を上回る成績を残せたのですから。だからこそ、あなたは他の平民も出来ると勘違いして、を口にしたのかも知れませんね」


 こう言っておけば、レアナは不勉強な貴族よりも能力があると印象づけられたはず。

 事実、レアナを胡乱げに見ていた周りの視線も、危険人物を見るようなものではなくなったみたいだし。


 妬みや嫉みはあると思うけど、秩序の破壊者として排除されるよりマシなはずよ。

 視界の端で、ロズハルト様があからさまに安堵しているのは、ちょっとイラッとくるけどね。


 ともかく、レアナには、自分がこの学院に平民の代表として入学した意味と意義、今後自分がどのような道を目指すべきか、少しは将来を考える機会にして欲しいわ。

 王子様とイチャイチャ恋愛ごっこして、頭の中がピンク色のままでは私が困るのよ。


「それではこの学院の精神の平等って一体……?」


 自分が信じていた平等が違うとなると、そこは確かに気になるところでしょうね。


「貴族家で家督を継ぐのは嫡男および子息のみで、子女には領地経営のノウハウや官僚になる道など必要ない。そのような風潮があります。ですが当学院では、貴族の子息のみならず、子女もに学ぶことで、才能ある子女も社会進出を果たすべき、との理念と精神を表しているのです」


 女に政治は分からない、女は口を出すな、家を守って子供を産んで教育しろ。

 なんて古臭い価値観がまかり通っているこの時代、この国からしてみれば、開明的な平等の精神と言えるんじゃないかしら。


「平民に門戸が開かれているのは、能力ある平民にその能力を生かす機会を、社会に貢献する道を与えるためで、誰彼構わず平民を受け入れるという意味ではありません」


 事実、爵位を問わず、家督を継ぐ者がいなければ優れた才能を持つ平民を養子に迎えたり、貧乏な男爵家などなら、娘婿や妻として迎え入れることもある。

 ただしそれも、貴族社会で才能を発揮できる平民に限る話よ。


「そう……だったんですか…………」


 ショックを受けているみたいだけど、納得はしてくれたみたいね。

 まあ、ある意味で、盛大な勘違いをしていたわけだから仕方ないわよね。


 入学してきたあの日こんな話をしてもきっと理解してくれず、納得もしてくれなかったはず。

 一通り授業を受けて、長年学んできた貴族の子息子女と競い、自分がどの程度なのかを知った今だからこそ、でしょうね。


「これまで、平等のことで色々と失礼な口を利いて済みませんでした」


 恥じ入るように頭を下げてくれる。

 自らの非を認めて謝れるところは、さすがヒロイン。


「その謝罪を受け入れましょう」


 私がそう答えたことで、周囲もこの件でレアナを表立って責めたり苛めたりすることはなくなるはず。

 それ以外に関しては、さすがに私の関知するところじゃないから知らないけど。


 素直に頭を下げて顔を上げた後は……ちょっと悔しそうで、そして挑むような目をしていた。


 この件と、ロズハルト様の件は別。

 そう言いたいのね。


 いいでしょう、分かっていますよ、私もそういう目でわずかに口元に笑みを浮かべて、身をひるがえす。


「ではご機嫌ようロズハルト様。レアナさんも。ミリエッタ、行きましょう」

「は、はい!」


 ロズハルト様には一礼して、その場を去る。


 その後、レアナがどうしたかは分からない。

 ロズハルト様が、レアナとどんな話をしたのかも知らない。


 ただ、これでより一層、レアナは貴族と平民の身分の違いを実感したはず。

 それを理解した上で、それでもなおロズハルト様と結ばれることを求めるのなら、私も遠慮なく計画を進めさせて貰うわ。


「ふぅ……」


 十分にその場を離れたところで、悪役令嬢の演技はおしまい。

 普段通りに戻る。


「エヴァノーラ様……」

「ミリエッタ、どうかした?」

「い、いえ……なんでもありません」


 女子寮へと戻る道すがら、斜め後ろを、いつもより微妙に少し後ろを歩いているミリエッタを軽く振り返る。


「せっかく学年一位になったのだから、何かお祝いをしたいわね? ミリエッタも一緒にお祝いしてくれる?」

「は、はい! もちろんですエヴァノーラ様!」


 顔を輝かせたミリエッタが、追い付いてきて隣に並ぶ。


「せっかくのエヴァノーラ様のお祝いですから、特別感が欲しいですね。先日、良い茶葉を手に入れたので、それを開けましょう」

「あら、いいの? ミリエッタのとっておきじゃないの?」

「こんな時のためのとっておきですから。それと、先日カフェ『グリーンリーフ』で新作のケーキが出たそうなんです。それを買ってくることにしましょう」

「あら、いいわね。『グリーンリーフ』のケーキはどれも美味しいから。新作なんて興味があるわ」

「それなら、絶対に手に入れてきます!」

「ふふっ、それは期待しちゃうわ」


 ミリエッタにいつもの笑顔が戻って本当に良かった。


 きっと色々聞きたいのに、我慢してくれているのね。

 本当にいい親友を持ったと思う。


 でも、それに甘えすぎて、ミリエッタに嫌われるのはすごく嫌……。


 だからいつか話さないと駄目、でしょうね。


 でも、知られて嫌われるのも怖い……。


 悪役令嬢って、本当に損な役回りだわ。


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