6 図書室での出会いイベント

◆6◆



 私は教室を出て、図書室へと向かう。


「何か読まれたい本でもあるのですか?」


 当然、ミリエッタも一緒だ。

 こういうところは、ゲームそのままに取り巻きのご令嬢って感じよね。


 でも、常に私の側にいるのはミリエッタ一人だけ。

 無駄に居丈高な取り巻きのご令嬢はノーサンキューなんで、お付き合いは控えさせて貰った。


「ええ、今日の授業を聞いていて、ちょっと調べたいことが出来たの」

「まあ、エヴァノーラ様は相変わらず勉強熱心ですね」


 半分は口実なんだけど、半分は本当に興味があるからなんで、許して欲しい。


 図書室へと入って、すぐに周囲に視線を配る。

 図書室内に、まだレアナの姿はない。

 良かった、間に合って。


 受付カウンターには攻略対象の一人、ルーファス様が、ファンのご令嬢達を相手に、やや迷惑そうな顔をしながら貸出業務をしていた。


 ちなみに、受付カウンターにはもう一人、ルーファス様と同じ図書委員のご令嬢がいるのだけど、そちらには、ファンのご令嬢達に辟易している他の生徒達が貸出業務を頼んでいる。


 ルーファス様は、さすが図書委員らしく、いかにも勉強が出来て本が好きな堅物みたい……いや堅物そのものの眼鏡男子だ。

 顔つきも体付きもロズハルト様よりも男性的で、参謀とか宰相とか、知謀とか謀略とか、その手が似合いそうな文官タイプで、騒がしい人は男女問わず苦手らしい。


 つまり、ファンのご令嬢達のやってることは逆効果ってわけね。


 貸出業務が終わっても、まだカウンターの前を占拠して、ルーファス様の気を引こうと話しかけているご令嬢達の後ろから近づいていく。


「ちょっとよろしいかしら。私もルーファス様にお願いしたいことがあるの」


 穏やかに声をかけると、ファンのご令嬢達は蜜月を邪魔するのは何者って言わんばかりのきつい目で振り返って……私だと分かると、大慌てで態度を改めて頭を下げた。


「申し訳ありませんエヴァノーラ様!」

「あたし達の要件は終わりましたので、どうぞ!」


 それだけ言って、慌てて図書室を出て行く。

 さすが、ロズハルト様の婚約者たるファルテイン公爵令嬢の肩書きは伊達じゃない。


「困った方達ですね」


 ミリエッタが後ろで呆れているけど、それは私も同感ね。


「ファルテイン嬢、助かった」


 ほとほと困っていたのか、溜息を吐きながら軽く頭を下げるルーファス様。


「お願いしたいことがあるのは本当ですよ」


 助けたのはお礼の前払いですよと微笑むと、ルーファス様が苦笑する。


「それでまた、何か面倒な本を探して欲しいと、そういうことかな?」

「ええ、お話が早くて助かります」


 これまでも幾度となく図書室へ通って、ルーファス様に本を探して貰ったり、読んだ本の感想を話し合ったりして、それなりに親しくなっていた。

 それもこれも、実は全部、今日この日のための仕込みだ。


「それでタイトルは?」

「『アーデルバラン年代記』を。出来れば他に、アーデルバラン王国の軍事、政治、経済がもう少し詳しく分かる本も一緒にあると嬉しいのですが」


「それはまた……今度は歴史学にも興味が出たか? すでに滅びた王国の、それも相当に古い時代の本だからな。多分あるとは思うが、未整理の方の書庫を漁ってみないと確約は出来ない」

「そうですか……あまりお手間を取らせてしまうのも申し訳ありませんね」


「いや、他ならぬファルテイン嬢の頼みだ、引き受けよう。ただし、さすがに時間が掛かると思っておいてくれ」

「まあ、ありがとうございます。では私もお手伝いを」

「いや、未整理の方の書庫は掃除が全くされていなくて埃がすごいから、ファルテイン嬢は入らない方がいい。体調を崩したら事だ」


「エヴァノーラ様、それでしたらわたしがお手伝いしてきます」

「ミリエッタいいの?」

「はい、エヴァノーラ様のお役に立てるなら軽いものです」

「ありがとう、今回は甘えさせて貰うわね」

「はい!」


 嬉しそうに笑うミリエッタには悪いけど、計画通り。


 さあ、これでていよく二人を厄介払い出来た。

 でも、『アーデルバラン年代記』を読んでみたいのは本当だから、ね?


 二人が未整理の方の書庫へ籠もった後、図書室の出入り口がよく見える席に座る。

 席に着いているのに本も読んでいないのは不自然だから、アリバイ用に、適当な本を棚から取ってきて開いておくのも忘れない。


 ルーファス様は時間が掛かると言っていたけど、すぐ見つかってしまう可能性もあるから、内心ちょっとハラハラしながら待つことしばし……。


「来た……!」


 物珍しそうにキョロキョロしながら、レアナが入って来た。

 さすがヒロイン、シナリオ通りね。


 レアナは山奥の村出身だけあって、本にはあまり縁がなかった。

 村にある教会の神父様が開いている日曜学校で、たまたま読み書き算数を勉強したところ、とても物覚えがよく頭も良かった。

 それで神父様に褒められたレアナは俄然勉強に興味が出て、自主的に本を読み勉強をして学力を高め、結果、その神父様の推薦があって、ここクルーウィック学院の門戸が開かれた。

 それで、オリエンテーションで回った図書室の大量の蔵書に圧倒されて、本を読んでみたくなり放課後改めて図書室へとやってきた、と言うのが話の流れね。


 レアナは物珍しそうに本棚を眺めていく。

 目を輝かせて、とても楽しそう。

 やっぱり、そういうところも可愛いわ。


 しばらくはそんなレアナに図書室を堪能させてあげて、頃合いを見て席を立つと、レアナに近づいていった。


「何か本をお探しかしら?」

「あ、あなたは……!」


 また身構えるレアナに、気にせず微笑みかける。


「図書室ではお静かに」

「あ……済みません」


 しゅんとなって謝る姿はちょっと小動物っぽくて、すごく愛らしいったら。

 本当にヒロインって反則ね。


 デレないよう内心で気合いを入れ直して、もう一度同じ質問をする。


「それで、どんな本をお探しかしら?」

「あ、えっと……この国の歴史……が分かる本があればいいなって」

「あら、勉強熱心なのね」

「そ、そうでもないです。授業で歴史があるってオリエンテーションで聞いて、でもあたし、ちゃんと歴史を勉強したことがないから、授業についていけるか不安で……だから予習しておこうと思って」


 身構えて警戒しながらも、図書室に来てくれた理由を教えてくれる。

 私が普通に応対したからか、その表情はちょっとだけ険の取れたものになって、私に対する警戒心が少し薄れたみたい。


「それなら、こちらの棚へいらっしゃい。初めての方でも分かりやすく読みやすい歴史の本がありますよ」


 言って、レアナを案内し、お勧めの本をレアナに手渡してあげた。


「あ……ありがとうございます」


 ちょっと驚いた感じだけど、すぐに笑顔になって丁寧にお礼を言ってくれる。

 うん、すっごく可愛い。


 ちなみに、今やった一連の親切は、本当はルーファス様がやるはずだった。

 これでレアナが足繁く図書室へ通うことで、その勉強熱心な姿勢に感心したルーファス様が手助けするようになり、二人の仲は深まっていく、という展開ね。


 つまり、私がルーファス様との出会いイベントを乗っ取って潰した、というわけ。


 これで今後レアナが図書室へ足繁く通っても、すぐにルーファス様とどうこうはならないはず。

 レアナがテストで上位の成績を修めても、ルーファス様がレアナを気に懸けていない限り、それで好感度が上がることもない。


「あたし、その……あなたに謝らないといけないです」

「謝る? 私に?」


 これは……もしかしてよくない流れかも?


「意地悪な人なのかと思っていたら、ちゃんと親切にしてくれて、だから――」


 うん、駄目、この流れは絶対に駄目!

 私の計画に必要なのは、レアナを苛めることでも、仲良くして断罪を回避することでもない。

 貴族と平民の違いを見せつけて、実利のある対立をすることなのよ。


「あら、何を勘違いされているのか分かりませんけど、私は別にあなたに親切にした覚えはありませんよ」

「――え?」


 思いがけないことを言われたって、目を見開いて私を見る。

 これはこれで……うん、可愛い。


「迷える平民を導くのも、貴族の務め。本来貴族が学ぶべき学び舎に紛れ込んだ、平等をうたう平民がどれほど学を修められるものなのか、たわむれに少しばかり興味が湧いただけです」

「なっ……!?」


 途端に表情を険しくして、私を睨むような挑むような目で見てくるレアナ。


「我が国の歴史だけでなく、周辺国の歴史についての授業もありますし、二年生になれば、経済や法律の授業もあります。には難しすぎると思いますけどね」

「やっぱりあなたは意地悪な人ですね」


「意地悪をしているつもりもありませんよ。ですが、私の言った言葉の意味を、ちゃんと考えて戴けると嬉しいわ」

「っ……平等に学びの機会を得たんです、あたしはその機会を絶対に手放したりしませんから」


 この口ぶりからすると……同じ新入生の誰かに、エヴァノーラ悪役令嬢に言われたみたいな、平民は学院から出て行けみたいなことを言われたのかもね。

 でも、動機付けは本来とは違う方向になってしまったかも知れないけど、多分これで負けるものかと勉強して、最初のテストで成績がボロボロってことはないでしょう。


「失礼します」


 それでもレアナは礼儀を忘れずに挨拶をして、律儀に私が渡した本を借りると、プリプリと怒りながら図書室を出て行ってしまった。


 今言うべきことも言えたし、作戦は成功って言ってよさそうね。


 席に戻って、待つことしばし。


「ファルテイン嬢、待たせた」

「お待たせしましたエヴァノーラ様」


 ルーファス様が一冊の本を手に、ミリエッタと共に戻って来た。


「『アーデルバラン年代記』だ。残念ながら、他の本となると、これだけの時間で捜し出すのは難しい。元からあるかないかも分からない本ばかりだからな。整理と確認をしながらになるから、かなり時間を貰うことになるだろう」


 さすがルーファス様。

 でも、さすがにそこまでさせるのは申し訳ない。


「いえ、『アーデルバラン年代記』を見付けて戴いただけでも十分です。あまりにもお手間を取らせてしまうようですし、まずは『アーデルバラン年代記』を読んでみて、それ以上のことを知りたくなったときに、改めてご相談させて戴いてもいいですか?」

「ああ、もちろんだ。それで構わない。むしろ、十分な力になれなくて済まないな」

「いいえ、とても助かりました」


 受け取った『アーデルバラン年代記』を胸に抱きお礼を言うと、満足そうに頷いて、ルーファス様は受付カウンターへと戻って行った。


「ミリエッタもありがとう」


 ミリエッタの綺麗な髪に付いた埃を手で払う。


「いけませんエヴァノーラ様。手が汚れてしまいますよ。それに舞った埃を吸って具合を悪くされたらどうするんですか」


 ミリエッタは私の手の届かない所まで下がってしまう。

 でも、ちょっと嬉しそうに、私が触れたところを手で触れた。


 そしてアリバイ用の本を棚に戻して図書室を出ると、ミリエッタが私から十分な距離を取って、髪やドレスに付いた埃をパタパタと払ってしまう。


「お待たせしました」

「ええ、では戻りましょうか」

「はい!」


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