第五話――大事件



 それは世界が始まって以来の大事件だった。


 始まりは下級天使二人が天界に現れた死神に襲撃され、これを撃退。その後事件の詳細を聞き取る為、ルルティア様の配下二人によって神殿へ護送。報告の後、ルルティア様はペテロア様とチェルヨナ様の元を訪ねた。渦中の下級天使二人は、ルルティア様の帰りを神殿で待つこととなる。それから六日目の早朝、事態は悪化を見せる。

 その異変は神殿から離れた町中でさえ確認は容易だった。下級天使から報告を受けていたトガはその光を見た。遥か天へ伸びる光の柱。


「あれは……」


 あれは『光』。原初以来現れていない上級天使のみが使えると云う力。そしてあの方角。発生源と思しきはルルティア様の神殿。今、神殿にはあの二人もいたはず。


 天使を総括するトガは、一部の中級天使によって結成された比翼隊を率いて神殿に飛んだ。


 そこに来て初めに見たのは、ハガの死体。


 それを発見したのは、中級天使で一番早く飛べる天使カガラだった。崩壊した神殿に一番に到着したカガラはそれを発見する。


「天使が、死んでいる……?」


 最初は寝ているだけの呑気な奴だと思った。天使は死ぬことなんて無い。体だって瓦礫に潰されるでもなく、多少の打撲と擦り傷があるだけ。だがそれが異常だった。天使の体は傷が残ることはない。体の欠損は即座に光に包まれ修復される。しかし、ハガの体は光に包まれることもなく、ただ横たわっていた。もちろん、天使に死体を弔うような習わしも無い。ハガの死体を後にしたカガラは、現状の把握を急ぎ、崩壊の中心地へと向かった。


 次に見つけたのはベルの死体だ。瓦礫から身を投げ出すようにして倒れていた。瓦礫をどかすことは出来なかったが、明らかにその下半身は潰されていた。ベルもハガ同様、光に包まれる様子は無かった。

 見つけた二人の死体はどちらもルルティア様の配下だ。魂の回収とは別の役目を任される天使は稀にいて、この二人もそんな天使だった。


 ベルの近くではルルティア様の依代であるポチの死体が発見された。そしてポチが見えた直後、ふと視界の端に映ったそれは、凄惨なものだった。


「おいおい、こりゃあ……」


 それは唯一、敷地内にあって瓦礫の崩落から逃れた空間。崩壊の中心地。光柱の発生源と思しき場所。神殿の中庭。そこに横たわるのは、首の無い死体だった。

 それもまた光に包まれる気配は無い。そしてどういうわけか、いくら近辺を捜索しても、首どころか髪の毛一本たりとも見つかりはしなかった。

 背後から風を切る音と気配を感じ、カガラは振り返る。そこには比翼隊の面々とトガ。


「爺さん、あんたは見ない方が……」


「何じゃあ……これは……」


 カガラの制止を聞かず、トガはそれを見た。トガもここに来るまでにハガとベルの死体も見ていたはずだ。しかしその死体は、トガの心を容易く打ち砕く。


「……ルシアか? まさか、そこにおるのは、ルシアなのか……?」


「あー……言わんこっちゃねぇ……」


 首の無い天使の死体を見たトガは、すぐにそれがルシアのものだということが分かった。それもそのはずだ。トガはルシアが光の渦から生まれて以来ずっと、孫のように扱ってきた。


「どうして……こんな……そうじゃ、フーガは、フーガはどこに……!」


 ルシアが仕事に行き始めた頃に連れて来た天使。眠ったまま生まれ、その体を疎まれ続けて来た天使。ルシアを通じて心の殻を開き始めた粗暴な少年。


「だめだ、何処にもいない。犯人に連れ去られた可能性と、あとは……」


 尻すぼみになる声。


「あとは、何じゃ」


 カガラのその言葉を、トガは飲み込ませない。


「……あとは、そいつが上級天使に覚醒して――」


「ふざけるでないぞ! フーガが! あの、フーガが……! ルシアを……殺すなんぞ……ふざけるなぁ……」


 その憤慨は吐き出される中で、えも言われぬ感情に塗りつぶされてゆく。トガは物事を多方面から考えられる天使だ。それ故に、カガラの口にした可能性を真っ向から否定することは出来なかった。六日前の報告を覚えていた。

 『死神に殺されそうになったルシアを救ったのは、上級天使の力を利用するフーガであった』


「……すまん爺さん、言っても仕方の無いことだった」


「いいんじゃ……お主の言うことは正しい。先日の事件の情報もある。この場に死体の無いフーガが疑われるのは道理じゃ……」


 フーガは未だに嫌われ者だ。バディを組んだルシアまでもが周囲から距離を置かれるほどに。フーガを受け入れてくれたのは天使の中ではルシアとトガくらいのものだ。しかし、だからこそ――、


「――だからこそ、わしが信じねばならん。ルシアを……皆を殺したのは、フーガでは無い」


 トガの言葉は力強く、そこに孕むのは二人への確かな愛情だった。




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