*13 彼の背中を推すもの

 一か八かのすがるような思いで飛ばした翼に、旧知の友はほとんど即日の勢いで村に駆けつけてくれたことに、グドもフリトも驚きを隠せなかった。

 夕餉を終えたばかりの広間に現れた紫紺の長髪の乱れた様子にねぎらいの言葉をかける間もなく、「サチナがいるのは確かにゴウホウの屋敷なのですか?」と、向こうから言葉を放たれ、一同は慌ただしく事態の話合う場を設けることとなった。


「――っていうワケで、俺が何を言おうと向こうはサチナには会わせられない、の一点張りでね。ついには俺をあおって怒らせて上げ足を取って、取引そのものを取り潰すと言ってきたんだ」

「……なんて卑怯な」


 グドとフリトとザングだけになった広間で、先日のフリトの交渉の詳細を聞き、ザングは暗い顔をして黙り込む。

 思い返しても胸糞が悪い、とフリトは胸中で悪態をつくも、それと同時に何故村の人間でもないザングが知らせを受けて即日駆けつけてくれたのかがわからなかった。

 知り合った頃から何かにつけて自分たちの窮地を救ってきてくれた、妙に勘のいい彼のことだから、今回の訪問もその一環かと思っていたのだが、それにしてはいつになくザングの表情に余裕がなく険しい。

 その点が妙だとは思いつつも、兄であるグドが妹の窮地に駆けつけてくれた頼りになる存在の登場にどうにか落ち着きを取り戻しているようなので、余計な口を挟むまいと思って黙っていることにした。


「乙巳の周辺は市場も多いので、その人混みに紛れて屋敷の様子を窺うことはできるかもしれませんね」

「屋敷に乗り込むの? かなり大きいみたいだから、見張りとかいるんじゃないかな……」

「ならば役所からの取り調べだとでも言って入り込むことの視野に入れましょうかね」


 役人としての職権を利用しかねないことまで言い出したザングに、フリトはぎょっとして目をやると、その彼の顔つきはいままで見た中でも相当に深刻な面持ちをしている。

 最初に出逢った冒険の時であっても常に飄々としていて冷静で、一見何を考えているかわからないような人物だったのに、いま目の前にいる彼は感情が手に取るようにわかる程だ。

 フリトはひとつ息を吐き、屋敷に忍び込む策を練り始めているグドとザングを制する。


「まあ待って。屋敷に入った所で本当にサチナがいるとは限らないじゃないか。それに、下手に役所だなんだって言うのは何か不味いことになった時にザングの立場が危うくなる」


 落ち着いて考えなよ、と普段にない立ち位置で意見を述べてくるフリトの言葉にザングはハッと我に返ったように顔を上げ、フリトの言うとおりだとうなずく。

 グドとしては、「それぐらいしなきゃサチナが助け出せないんじゃない?」とまだ納得がいっていないようだが、それもまたフリトが冷静な言葉を重ねる。


「グド、確かにサチナは理不尽なやり方で囚われているけれど、命危機があるとまでは言えない。それなのにザング個人の判断で役所の権限を使わせるわけにはいかないだろ。もしザングが職を追われでもしたら、グドは責任とれる?」

「それは、そう……だね……」

「心配なのはわかる。でもさ、落ち着いて行動しないと相手の思うつぼだよ」


 フリトの言葉にようやく納得したのか、グドは大きく息を吐いてうなずき、「……ごめん、その通りだ」と、苦笑した。妹のこととなると冷静さを欠いてしまうのがこの男の欠点だ。

 改めて事態を整理し、三人はサチナ救出の策を練ることとなる。


「サチナはゴウホウの屋敷のどこかにいると思うのですが、ただそのままでいることはありうるんでしょうか?」

「どういうこと?」


 フリトの言葉にグドが問うと、その言葉にザングが、「実は、私の家に伝わる秘宝の指輪をサチナにお貸ししているのです」と、代わりに答えた。

 さらに問うようにグドが眉根を寄せて首を傾げると、今度はフリトが答える。


「この前最後の取引に行くって話をしただろ? その時にザングが心配だからって俺に相談してきて、その指輪に術をかけたんだ」

「術?」

「簡単に言うと、迷い子探しのための術です。フリトの失せ物探しの術の応用で、サチナが私の名を呼べば私の心にその声が届いて、どの辺りにいるか指輪が光って教えてくれるようになっています」

「え、じゃあ、いまサチナがどこにいるのかわかるの?!」


 グドとザングの説明に腰を浮かしかけたグドに、「わかるはわかるのですが……」と、ザングは押され気味になりながら苦笑して言葉に詰まる。

 折角の光明に思えた話なのに、煮え切らない態度を取ったザングに不満があるのか、グドは再び眉根を寄せた表情をする。


「サチナが私を呼んで、指輪が光れば、彼女がどこにいるかがわかります。しかし、サチナが強く私に助けを求めて名を呼んでくれない限り、その光が私に届くことはないのです」

「声でわかるんじゃないの?」

「声はあくまで聞こえるのみで、安否が確認できる、というものでしかないです。彼女に近づけば声の大きさが変わるとか、居場所の方向がわかるとかではないのです」


 ザングの説明にグドがあからさまに肩を落としていると、「だから、俺が術をかけたんだよ」と、フリトが言葉を継いで口を開いた。


「いま話したのは、ザングの指輪の力だ。それだけでは弱いから、俺が失せ物探しの術をかけた」

「……それで、何か変わるの?」

「サチナがいる場所の方位がわかる。あと、だいたいのどういった場所にいるのかくらいはわかるようになる。熱いとこなのか、水のなかなのか、部屋の中なのか、くらいは」

「ただ、それがわかるのはフリトだけなんです。ですから、私の指輪に術をかけてもらい、私にも薄っすらですが、わかるようにしてもらったんです」


 二人の話を聞いてようやく事態が呑み込めたのか、グドは少し安堵したような表情になって息を吐く。

 そうした流れからフリトが占い道具である色札を使ってサチナの場所をより具体的に割り出しにかかる。やはり彼女はいまゴウホウの屋敷の中に留められているようだ。

 これならば自分が闇の術で屋敷に忍び込み、サチナを連れ戻すことが可能なのではないだろうか、とフリトがグドに申し出ようとしたその時、「グド、私にサチナを迎えに行かせてもらえないでしょうか」と、ザングが先に声をあげた。

 思ってもいなかった彼の申し出にグドもフリトも驚きを隠せず彼の方を見る。見つめた先の紫の目はいつになく真剣な表情をしていた。


「申し出は有難いけど……ザングは村の関係者でもないし、役人の仕事もあるのに巻き込むわけには……」

「指輪を彼女に渡した時、必ず助けに行くと約束をしたのです。そして今日の昼に、私に彼女の声が聞こえました」

「声が?! それはたしかなの?」


 申し出を断り掛けたグドに畳みかけるように言葉を重ねるザングの様子を、フリトは内心驚きながら見ていた。いつも冷静な彼が見たこともなく感情的になっているからだ。

 珍しいこともあるものだ……と、思いつつも、ふと、フリトは何かが気になった。

 ザングは今回だけでなくたびたび村を訪れていたが、その際はいつも広間に自分たちで集っている時に時折顔を覗かせるサチナの姿を目にするとわずかに穏やかになっていたことを思い出したのだ。

 決してあからさまにサチナの登場を喜ぶ様子を見せるわけではないのだが、しかしよくよく見ていれば彼女の登場を心待ちしていることもうかがえるのだ。

 そして、今回の行動の速さと申し出は、フリトの中で何か合点の行く、点と点がつながるものだった。


「いいじゃん、ザングに行ってもらおうよ」

「でもフリト、ザングは村の関係者では……」

「乙巳はザングの管轄の街なんでしょ? それなら俺らみたいなよそ者が下手に嗅ぎまわってへまするよりうんとうまくやってくれるに違いないよ」


 そうだろう? というようにフリトがザングを見やると、ザングはフリトの気遣いに一瞬目を丸くし、すぐに力強くうなずいた。

 そして姿勢を正し、グドに三つ指をついて礼をしてこう述べた。


「大切な妹君を必ず取り戻してまいります。どうか、私に任せてもらえないでしょうか」


 ザングの真摯な眼差しに射られたかのようにグドもまた表情を改め、「わかった、頼むよ、ザング」と、彼にサチナ救出を任せることにした。

 こうしてその晩遅くまで三人はサチナの行方を追うために術で居所を探り、更なる策を詰めていった。



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