貰い物
三鹿ショート
貰い物
男性は押していた台車から手を放すと、台車の上に置いていた箱を私に向かって投げた。
箱を受け取った私が包装紙を破っている姿を見ながら、男性は問うてきた。
「旅行の土産だが、本当にそのようなもので良いのか。より高価なものを望んだとしても、文句を言うことができる人間は存在していないだろう」
箱の中身は、行ったことが無い土地の名産だった。
口の中に入れた瞬間、甘さが広がり、幸福感を得ることができた。
名産品を嚥下した後、私は男性に首肯を返した。
「あなたが私のために選んでくれたのならば、たとえそれが何であったとしても、価値が存在していますから」
男性は納得していないような表情を浮かべながらも、軽く頭を下げた後、地下室を後にした。
二個目の名産品を口に入れながら、私は台車の上で丸くなっている傷だらけの少女を見下ろした。
今回もまた、随分と幼い人間を選んだらしい。
彼女のような人間に手を出す感覚を理解することができないが、理解した瞬間、私もまた同類と化してしまうことを考えると、このままの感覚で生きるべきなのだろう。
台車を押し、作業場へと向かおうとしたところで、私は気が付いた。
よく見れば、わずかではあるが、彼女が動いていたのである。
この場所に運んでくる際は、必ず息の根を止めておくようにと告げてあったはずだ。
それを疎かにするとは、困ったものである。
先ほどの男性に連絡をしようとしたが、私は、其処で考えた。
私の仕事内容が影響しているのか、この組織において、私の仕事を引き継いでくれるような人間は存在していない。
だが、発見されれば困る死体を処理するという私の仕事は、この組織には必要なものである。
ゆえに、彼女を私の後継とすることはどうだろうか。
本人が望んでいないにも関わらずこの世に別れを告げようとしているが、生命を救う代わりに私の仕事を引き継がなければならないと告げれば、彼女は受け入れるのではないだろうか。
そう考え、私は彼女に問うた。
私の言葉に対して、彼女は数秒ほど考えた後、緩慢な動きで頷いた。
それほどまでに、理不尽な死を受け入れることができなかったのだろう。
私は作業場へ向かうことを止め、医者を呼ぶことにした。
***
私が重要な存在であることを理解しているその医者は、渋々ながらも彼女の手当をしてくれた。
しばらくは意識を取り戻すことはなかったが、やがて目覚めた彼女に、私は改めて己の仕事内容を伝えた。
私の仕事内容を耳にすれば、ほとんどの人間がその表情を少なからず歪めるものだが、彼女は異なっていた。
表情も変えず、私を見つめながら、
「あなたの仕事を引き継げば、もう二度と、この身体を弄ばれることがないのですか」
彼女にとって、その行為だけは許すことができないものだったのだろう。
私が首肯を返すと、彼女は私の仕事を見学すると告げてきた。
大抵の人間は目を逸らしていたが、彼女は接吻をするのではないかと思うほどに死体に顔を近づけながら、私の仕事を観察していた。
これは、前途が有望な人間である。
***
彼女を後継とすることに、他の人間たちが難色を示すことも、仕方の無い話である。
何故なら、彼女はこの組織の首領によって、その身体を弄ばれ、そして生命を奪われる寸前まで虐げられたからだ。
つまり、恨みのある人間を雇うということは、何時裏切られたとしてもおかしくはないということである。
しかし、私が必死に頭を下げ続けたところ、首領は大きく息を吐いた。
「これまで金銭を受け取ることもなく、この組織のために黙々と働き続けてくれた人間の初めての我が儘だ。見張りを常に立たせることになるが、聞き入れることにしよう」
私は思わず、彼女の手を握りしめた。
だが、彼女の表情には、変化が無かった。
***
私の指導が実ったのか、彼女は私を抜きにしても、仕事をこなすことができるようになった。
ゆえに、働き始めてから初めての休日を過ごすことができた。
しかし、目を覚ますと、全てが終わっていた。
彼女が、組織の人間を全てその手で殺めていたのである。
切っ先から血液が滴っている刃物を手に、彼女は告げてきた。
「この生命は、あなたから貰ったものです。ゆえに、あなたを殺めるつもりはありません。もしも再び会うことがあったのならば、そのときは、共に食事でもしましょう」
彼女は、地下室を後にした。
雇い主が消えたことで、これからはどのように過ごせば良いのか、私には分からなかった。
全ての死体を地下室に運んでから、その場にしゃがんで考えたが、それよりも先にするべきことがあった。
私の好みに、性別は無い。
山を作っている全ての死体と愉しむには時間がかかるだろうが、夢のような時間であることには変わりない。
私は、彼女から貰ったこの幸福な時間を、心から愉しむことにした。
貰い物 三鹿ショート @mijikashort
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