第2話『カルナは変』
「ガチャ、」
小部屋に入る。衛兵は扉を閉じた。
暗がりがいっそう強まる。
小卓の
わずかな
その中に一人の大男。
「やあ、カルナ」
部屋に入った浅黒い少年は、
その小部屋の中にいた、
極短髪の大男に、
『カルナ』と下の名前で話しかけられた。
大男の目元は優しい。
とても大柄なのに、威圧感を全く感じさせない。
穏やかな大型犬を思わせた。
その大男も浅黒の青年カルナと同じ格好だ。
きっと彼も《ヘルメスの鳥》なのだろう。
「久しぶりだな、『テッサイ』。」
カルナの言葉。
そこからテッサイと呼ばれた大男とカルナの会話がはじまる。
「お頭、元気?」
「王宮の美人局で忙しい。」
「後宮で要らなくなったお姫様がお頭に当てがわれるなんて嘘みたいだね、嘘みたいな話だ。歳はいくつ?」
「若えよ。歳は忘れたけど。《
カルナの向かう先、
椅子に座るひょっこりとした
その
入り口からカルナは歩みを止めない。
怯まず強気な口調で喋り出す、
その
しかも、
カルナが自分の間合いに入ってくるのを待ってから。
「私はただの商家の娘よ。子飼いの商人に父が
「『剣奴が奴隷商と結託しないためにするため』とか言うんだろ、どうせ」
「え?」
「宝石を隠し持っていることは
「は?」
驚いた
蕾のように可憐な顔立ち。
唖然とする。
たかが
私の嘘を見抜いただと。
「お前に一つ、いい間違いを教えてやろう。お前の剣奴の
「え?」
「そもそもお前、商家の出じゃねえだろ。」
「はあ?」
「商人の娘にしては教養がありすぎる。お前と裏切った商人とのただの共益関係を、『情け』という
その言葉を途中から歯噛みしながら聞いていた少女。
(まあ、ただ吹っ掛けだけどな。そもそも貴人ってのは、同じならわかっちまう。そして、こういう
「そうよ!」
歯噛みするのをやめ、
堂々、顔を差し向けた少女。
「私は共和政エルガ、属州ガリア総督、《ガイウス・ユリウス・カエサル》が娘、《ガイウス・ユリウス・オクタヴィア》!!」
属州総督の娘だって?
なんでそんなトンデモないのがこんな辺境の国境にご足労願ってんだよ。
カルナは驚きを隠しながら、暗闇に横目を向ける。
【ガイウス・ユリウス・カエサル】
・ガリア征服をしながら、なぜか船舶について出資(他人の金)を重ねている。傭兵は使わない。
嘘ならもう少しマシな嘘つくだろうし、
これはこの
こちらと取り引きをしようとしているんだろう。
チッ、この
「ああ、そうかい。んで目的は?」
「世界各地を回り、政治、宗教、医学、法学、哲学、算術、天文学、建築学、測量術、ありとあらゆる学問を修めて、来るべき父の覇道の継承をするの。訳あってジッセンはニガテだから、従者のアグリッパに修めさせるわ。サンドラ亡命はその事始め。密使とか、政体をひっくり返すような
「えーと、アグリッパっていうのは。」
「彼女の言った連れ立ちの
後ろのテッサイが応えた。
「そんな餓鬼タレ連れて
「にしてもすごいねこの子。この歳でとっても親孝行だよ。はは、俺とは大違い。で、どうする?僕としては、この子に遊学してもらいたいんだけど。」
「身柄は
「え!」
「大丈夫だよー。ここにはサンドラ貴族みたいな危険な人はいないからー。」
「え、あ、ちょ、ちょっと!」
そう言いながら美少女の服を脱がしにかかる大男のテッサイ。
カルナはといえば小さい子供が大好きなテッサイとは違って、
背を向けて、大男と美少女だけが残る部屋を後にする。
控えて様子を見ていた案内の警備兵も早足で続いた。
気になって、カルナに話しかける。
「いいんですか?あの娘の話が本当なら父親は属州総督ですよ。女手は一応あるし、そちらに任せた方が・・・」
「ああ?いいよ、めんどくせえ。」
カルナの言葉。
「国境警備の仕事だしな、一応テッサイがやらんと。女中を叩き起こすもの申し訳ないし、まさか属州総督の父上さまが赴任地のガリアからで攻めてくるわけでもない。」
「あ、いや、それはそうかもうしれませんが・・・・(流石『ヘルメスの鳥』、
「んなことよりもアグリッパだ。確か話によると男らしいな。奴隷だし、今度は手加減なく締め上げていいだろ。まあ、あのガキみたく賢けりゃいいな。苦痛を与える手間が省けていい。」
「まあ、ただの子供の奴隷ですしね。向こうもこうなったが最後だと思ってますよ。もう他の兵士が痛めつけてるかもしれません。そのほうが手っ取り早くていいでしょう?」
それを聞いてカルナは足を止めた。
「はあ?誰の指示だ?」
「え、あ、いや。不味かったですか?」
「いや・・・・別に構わない。」
だがその言葉とは裏腹に、カルナは立ち止まり、下を向いてブツブツと呟き始めた。兵士の目から見て、その様子はあまりに奇怪だった。
聞きなれない言葉が聞こえる。
ブツブツブツブツ・・・その前に世界の全ては分類できるとしたアリストテレスの説は本当だろうか?世界を破綻のない一冊の字引きにすることは可能か?だが現実に存在する字引きにある言葉によって、字引きの言葉を説明することは出来ない。ならば一体人間はいかにして規則を形成しているのか?循環論法が弁証法になりえる可能性だと?だが、循環するだけでは、いずれ均衡に行き着くだけで、諸々の現象が動的に変化していくことが説明できない。お互いにメッセージを送りあう二相が相互出入力を通して、お互いの様相を変化させている?そしてその運動によって言語規則が形成されている?それじゃ、まるで子供の遊びじゃないか。その場合、質料と形相の区別はどうなる?言葉を枠と中身に分けよう。ならば詩と散文の違いを考える必要があるのか?
その呟きは、もっと長い間続いた。
だが急に呟きが止まった
すると、ふむ、と独り合点。
そしてまた歩み出したカルナ。
彼は言った。
「子供は我らにとって貴重な宝であり未来だ。これからはたとえ奴隷の捕虜であったとしても丁重に扱うように。さて、」
ここが独房か。おい、お前ら、その当たりにしておけ。今度は俺が代わる。だが、まずは飯だ。子供に飯を食べさせる必要がある。女中をおこせ!誰か
はあ?一体なんなんだ?俺たちは『エルガ市民の少年』に『花札』教えてただけだぞ。
と廊下で兵士は
(女中にバレたら困る。強いやつがいて、)
「ったく、わけのわからない虎狼どもだ。」
そのわけのわからない虎狼様を
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2024年11月16日 06:00 毎週 土曜日 06:00
賊の嫁。 畦道 伊椀 @kakuyomenai30
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