第30話 魔王様は彼女達からのエールを受け取りました

 ――魔王様視点にて記す。


 爆発。

 爆裂。炸裂。爆撃。爆砕。爆炎。爆。爆爆。爆爆爆。夜空に咲く炎の花、繚乱。


 その隙間を縫うようにして、雷光の如く飛翔する漆黒の影がいる。

 両手に握るは二振りのダガー。


 共に逆手に構えたその刃は、右に光輝を、左に闇黒を帯びる。

 竜人族の雄が、哄笑を響かせながら漆黒の影めがけさらなる追撃を仕掛けていく。


「ゲハハハハハハハハハハハハァ――――ッ!」


 爆裂。

 爆裂。

 爆裂。


 無尽蔵の魔力が織りなす烈火の猛攻は、場を真昼の如く明るく彩る。

 その中にあって、漆黒の影はそれら攻撃に一切かすることもなく、敵へと迫る。


「右手に光、左手に闇。――重なりて、最強とならん」


 斬ッ!

 音にすればまさしくそれ。


 交差する光と闇の刃が、サラマンデの首を易々とはね飛ばす。

 だが敵は己を災厄と化し、その肉体は不死にして不滅。首は虚ろに消えゆくのみ。


「無駄なんだよォ! 無駄、無駄、無駄、無駄ァ! 消し飛びなァ!」


 復活したサラマンデは口から業火を吐いてロレンスを焼き殺さんとする。

 だが惜しいかな、ロレンスは一瞬早くその場を脱し、業火の有効射程の外に移る。


「チィッ! ちょこまかとォォォォォォォ――――ッ!」


 苛立ちを声に濃くにじませ、サラマンデがロレンスめがけて両手をかざす。

 掌中より放たれたるは数えることも難しい、火弾の雨。火線の嵐。まさに怒涛。


「雑に過ぎるぞ、四天王」


 しかれども見よ、ロレンスの流麗なる空中舞踏を。

 その動きは緩急自在。静と見せかけ動、右と見せかけ左、上と見せかけて下。


 奔放たるその回避軌道、何たる大胆さであろう。

 しかも見せかけだけではなく、事実、サラマンデの放つ攻撃は一撃も当たらない。

 これぞロレンス・アルゲント二世のみが実現しうる、空中回避の絶技である。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ……と、まぁ、文章にあらわすならこんなところかな。


 うんうん、ビジュアルにすればなかなかカッコいいんじゃないか、僕。

 いや、僕じゃないね、俺だね。俺、俺、今はロレンス・アルゲント二世の、俺。


「……ケッ、避けやがったか」


 サラマンデの悔しそうな声が聞こえてくる。

 僕――、ああ、いや、俺は両手に二本のダガーを握ったまま、相対する。


 ちなみにこのダガーは俺が製造したもので、一対で一組の魔剣だ。

 名前は『白き牙ホワイトファング』と『黒き爪ブラッククロウ』。


 製造時につけた仮名なので、後々、正式な名前をつける予定だ。

 白い方は『光輝たれ、白き正義、気高き誇りよブライツ・ホワイツ・ジャスティス・プライドズ』で決まり。


 問題は黒い方で、こっちは名前が決まっていない。

 これがどうにも難航していて、なかなか仮名から変えられない。どうしようかな。


 なお、この二本の魔剣の効果は単純に『防御無視』。

 物理的、魔法的を問わず、二本の刃で挟んだものの防御を無効化する。


「クックック、それにしてもよくも粘り続けられたモンだぜ!」


 サラマンデが、俺に指を突きつける。


「どう踏ん張ろうと、こうして空で戦っている限りてめぇは飛翔の魔法によって魔力を消費し続ける。だが俺は翼がある上に、どれだけ殺されようがすぐにこの通りだ」


 彼は傷一つついていない自らの巨体を誇り、また「グハハハ!」と笑い出す。


「今の俺は最強で不滅なんだよ。てめぇは俺に傷一つつけられねぇ! それを何度も確認してるはずなのに、本当に懲りねぇヤツだよなぁ! 頭悪ィのかぁ!?」


 おや、自己紹介かな?

 と、思ったが、ロレンスはそんな直球な煽り返しはしないので黙っておく。


「受け取れ」


 代わりに、俺はサラマンデに異空間から取り出した手鏡を放り投げた。


「あ? 何だァ、こりゃあ?」

「頭悪き者を見たいのであれば、それを使うがいい。手軽だぞ」

「……てめぇ!」


 サラマンデが何故か瞳をギラつかせて手鏡を握り融かした。もったいないことを。


「自分が負けるのを少しでも引き延ばしたいってか? こすっからい野郎だぜ! くだらねぇ小細工で俺様の怒りを煽ろうとしたところで、無駄なんだよ!」


 と、言う割に明らかに怒っているようにしか見えないのだけど……。

 まぁ、時間稼ぎという部分は当たっている。負ける気はサラサラないけどね。


 現在、俺が試みているのは『災厄化ディザスタライズ』の解析だ。

 魔力を用いた能力である以上、解析すること自体は不可能ではない。


 それが完了すれば、ハッキングによって『災厄化』を無効化することもできる。

 しかし、ここで大きな問題が立ちはだかる。

 解析作業に思いっきり時間がかかってしまいそうだ、ということ。


 さすがは魔王軍最高戦力が誇る最悪の能力だけはある。

 術式としての構造がとにかく大規模で複雑で、解析完了にはどれだけかかるやら。


 でも、俺でも手こずるこれを先に解析しきったのが人間達だ。

 それがどれほどの時間と手間をかけた作業であったのか、正直、想像もできない。


 やっぱり人類はすごい。

 改めてそう思う俺ではあるのだけど――、


「人間ってのはどうにもこうにも、しつこいヤツが多すぎるぜ。弱っちぃ分際で、執念さえあればそれで勝てると勘違いしてやがる。前に戦った連中も、てめぇもだ!」


 サラマンデは、そうは考えていないようだった。


「弱いクセして数だけいやがる。まるで蟻だよ、てめぇらは。潰して遊ぶのは楽しいが、群がってまとわりついてくるとなりゃただただ面倒くせぇ。てめぇらはただ俺達に踏み潰されて悲鳴あげて楽しませてくれれば、それでいいんだよ!」

「…………」


 言葉通り本当に面倒くさげに語るサラマンデに、俺は閉口してしまう。

 本当に、サラマンデは昔から何一つ変わっていない。


 彼が四天王の座についたのは、千年近く昔らしい。俺が生まれるよりずっと前だ。

 そのときから、彼は、そして他の四天王達も、人間を見下し続けてきた。


 彼らは、人類の進歩を一切認めようとしない。

 その進歩と発展によって、幾度辛酸を舐めさせられようとも、まるで学ばない。


 魔族は変わらなければならない。

 変わらなければ、魔族はいずれ長い停滞の末に成長することをやめ、滅びる。


 それを回避するために、俺は今、ここにいる。

 魔族滅亡のきっかけとなりかねない新たな大戦の勃発は、必ずや阻止してみせる。


「どぉしたァ~? 何を黙りこくってやがる。ついにバテ始めたかァ~?」


 舌をベロンと出して、サラマンデがねちっこい声で俺を挑発する。

 現実問題、俺が『災厄化』の解析を完了するまで、どれほど時間がかかるは不明。


 しかし、サラマンデは根っからのバトルマニアだ。

 こっちが戦う姿勢を見せれば、いつまででも付き合ってくれるだろう。


 何せ、竜人族の長のクセに、一族の運営を周りに丸投げして、自分は大陸中のダンジョンを巡ってはそこで湧き続けるモンスターと戦い続けてるくらいだし。

 だから、サラマンデの方からこの戦いを離脱する、ということは多分ありえない。


 あとはこっちの体力次第だ。

 一日だって十日だって、解析が完了するまでとことんやってやるさ。


「クックック、逃げる気はないようだな。重畳重畳。遊ぶなら最後まで、だ。俺がてめぇを焼き殺すか、てめぇが俺を殺しきるか。二つに一つだ! グッハハハハハ!」

「…………」


 殺しきる、か……。

 そうだ。俺はここでサラマンデを仕留めなきゃいけない。


 彼がいなくなっても、ファム達はしばらくはそれに気づかないはずだ。

 主戦派でも急先鋒のサラマンデがいなくなれば、主戦論の衰えも期待できる。


 今という機会は、俺にとっては千載一遇。

 万が一にも、サラマンデを逃がすという選択肢はない。……けれど、


「貴様は――」


 僕は、彼に問いかけてしまった。


「貴様は何ゆえそこまで戦おうと、滅ぼそうとする? そのたぐいまれなる力、戦うこと以外にどれほどのことがなせようか。計り知れぬ可能性を宿していように……」


 ロレンスの口調のまま、ロレンスのロールプレイを保てずに問いかけてしまった。

 するだけ無駄だと、自分でわかっていながらも。


 我ながら呆れる。

 ロンちゃんだったら、呆れるどころか僕を叱ってくるかもしれない。


 だけど、こればっかりは性分だ。

 僕は、争うのは好きじゃない。それがどんな理由でも。――どんな相手でも。


「…………」


 サラマンデは、呆然となってしばし黙り込む。

 反応を待つ僕に、彼が見せたのは、


「……チッ!」


 露骨なほどに強い舌打ちだった。


「人が楽しんでるときにつまんねぇ戯れ言をホザいて水を差すんじゃねぇよ。何が戦う以外のこと、だ。そんなモノ、微塵も興味ありゃしねぇんだよ! バカが!」

「…………」


 彼の返答は、わかり切っていた。九割九分そう来ると知っていた。

 それでも淡い期待を抱いてしまったのは、僕の中にある弱さと愚かしさがゆえだ。


 争うのではなく、仲良くしたい。

 何かを滅ぼすのではなく、何かを築くことに血道をあげたい。


 そうした僕の考えは、だが、目の前の『火』の四天王には通じない。

 ただ、それを再確認しただけに終わってしまった。


「くだらねェンだよ、てめぇはッッ!」


 暴ッ、と、サラマンデが全身からこれまでになく激しい炎を噴出させる。


「力ってのは、壊すために使ってこそ意味があるんだよ! 壊して、殺して、滅ぼして、壊せる自分の強さを、殺せる自分の度胸を、滅ぼせる自分の偉大さを誇るためにあるんだよ! そんなこともわからねェクソが、戦場に出てくんじゃねぇ!」

「争いを止めるために戦う者もいる」

「アホかよ! 戦争がイヤなら無抵抗を貫いて死ね! 矛盾してんだろうがよ!」


 全くその通り。耳に痛い限りだよ。

 けれども、わかった。やっぱり相容れないんだね、僕と、君達は……。


「強ェクセしてどこぞの腰抜け魔王みてぇなことを言いやがって。興がそがれたじゃねぇか。この落とし前は、てめぇを焼き尽くすことでつけさせてやるよォ!」


 未だに戦っている相手が僕であるとも気づかず、サラマンデが笑う。

 そうやって、どこまでも自分のことしか見ようとしない、魔族の中の主戦論者達。


 ならば僕は全力を賭して君達を止めよう。

 そこにどれだけの虚しさや苦しさがついてまわろうと、僕は必ずやり遂げて――、


「……ぬゥ!?」


 サラマンデが驚く声が聞こえる。

 そして、僕の背後に突如として現れる、凄まじいまでの魔力の奔流。


「ぁ、あれは……」


 何事かと振り向けば、街の方角に立ち昇る真っ白い光の柱が見えた。

 そこから感じ取れる魔力は、シェリィさん達三姉妹に、それと、ロンちゃん……?


『――頑張って!』


 耳元に、彼女達の声が聞こえた気がした。


「ぐ、お、ォォォォォッ! こ、こりゃあ、こいつはァ……、あァァァ……ッ!」


 サラマンデの声は、激しい狼狽によって震えている。

 全身を包む炎の勢いが明らかに衰えていた。それを一目見て、僕は全てを知った。


「……『四大制圧儀式サプレス・エレメンタル』」


 僕は向き直って、その儀式魔法の名をサラマンデに告げる。


「ぐ、そ、その名は……!」

「そうだよ、サラマンデ。君がずっと敗れ続け、未だ攻略できていない儀式の名だ」


 二本のダガーを右腰の鞘に収めて、僕はサラマンデと相対する。


「この儀式が発動した以上、君と地脈の間にあった魔力バイパスは断ち切られ、君は不滅ではなくなった。君の優位性は、たった今、失われたんだ。サラマンデ」


 言いながら、僕は右手に黒鉄の巨大剣を出現させる。

 それを見たサラマンデが、激しい驚愕から、その瞳を限界まで見開く。


「な、そいつは魔王家の宝剣『人喰い鋼牙マンティコア』……!?」


 よかった。

 この剣のことくらいは覚えていてくれたようだ。僕はニヤリと笑って見せる。


 ま、現在の銘は『人喰い鋼牙』じゃなくて『覇極天殺超黒神剣アルティメイタル・ブラックゴッド・バスターソードMURAMASA/タイプ参式』なんだけどね。

 巨剣を目にしたサラマンデが、ブルブルと激しく震え出した。


「まさか……、まさか、てめぇは……ッ!」

「ここまで気づかずにいられる君もすごいけどね。そうだよ、僕だ」


 本来は何があっても隠さなければならない正体を、僕は自ら彼に告げる。

 サラマンデは僕を指さして、震え声で怒鳴り散らしてくる。


「な、何でてめぇが生きてやがる! てめぇはあのとき、俺の炎で跡形もなく消し飛んだはずだ! それなのに、何で! どうして生きていやがるんだ……!?」

「あの程度で僕を殺せたと思ったなら、それはさすがに魔王を舐めすぎだよ」


 僕は宝剣を持った右手をダランと前に下げて、左手を伸ばして柄を掴む。


「これは僕の覚悟の表明だ、サラマンデ・バニングブラス」


 決して明かしてはならない正体を、僕は明かした。

 こうすることで、僕はサラマンデを絶対に生かしておけなくなった。


 これから僕は人類側から働きかけて、人と魔族との間に起きる戦争を阻止する。

 それは、同胞である魔族に対する明らかな裏切り行為だ。


「それでも、僕のそばには背中を押してくれる仲間がいる。頑張ってと言ってくれる人がいる。彼女達の存在が、僕に、前に踏み出す勇気をくれる……!」


 彼女達がそばにいてくれるなら、僕はきっと、誰かと争う苦しさにも耐えられる。


「終わりだ、サラマンデ」


 両手でしっかりと握り締めた宝剣を、僕は胸の前に持ってきて静かに構えを取る。

 腕はしっかり伸ばし、手はへその前辺り。

 長大にして分厚い刀身が、サラマンデへと向けられる。


「う、ォ、ォォ、ォォォ……ッ!」

「魔王ディギディオン・ガレニウスの名のもとに、君はここで散れ」


 激しく動揺する彼に、僕は魔王として厳かに告げた。

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