第29話 魔王様を勝利に導くためにみんな頑張りました
――シェリィ視点にて記す。
時間を、やや遡る。
「……『
そこに居並ぶ妹と冒険者達を前に、シェリィは実行すべき儀式の名を告げた。
最初に反応したのは、マリィだった。
「それって、少し前に姉さんが話してくれた儀式魔法よね?」
「そう。七十年前の大戦でも使われた、対・魔王軍四天王用の特別な儀式魔法だよ」
ファルードの街の冒険者ギルドに残っていた前大戦の記録。
シェリィはその中に四天王との戦闘に関する記述を見つけて、必死に読み込んだ。
「まさか、こんなに早く使うときがくるとはねぇ~……」
当初は万が一の備え程度の考えだった。
この先、魔王打倒を目指すならば、どこかで四天王と激突するときも来るはずだ。
そのときのために、今のうちからできる準備はしておこう。
そう考えて前大戦の記録を閲覧し、発見したのがこの『四大制圧儀式』だった。
「この儀式は地脈の魔力を制圧する効果を持つ」
儀式の効果を、シェリィが短く説明する。
「それを使うことで、何が起きるんですか……?」
問い返したのは、エルトだった。彼女はそれに一言で返す。
「四天王を、弱体化できるんだよ」
魔王軍四天王が使う最大最悪の能力――、『
それを無効化しうるのが、これから行なおうとしている『四大制圧儀式』だ。
「地脈の魔力と自分の属性が同じとき、地脈と自分を接続することで半一体化して地脈の魔力のバックアップを受けるのが『災厄化』なんだよ。つまり――」
「この儀式で地脈の魔力を制圧できれば『災厄化』に必要な接続を切断できるのよ」
マリィが、シェリィに代わって説明を引き継いだ。そして、彼女はさらに続ける。
「でも、姉さん。わかってるわよね。……多分、そう上手くはいかないわよ?」
「ま、そりゃあね」
妹の指摘に、シェリィは肩をすくめた。
現状、切り札となりうる『四大制圧儀式』だが、実行には幾つもの課題がある。
それを、マリィが指折りしながら言葉に出していく。
「一つ、儀式魔法にはそれを行なうための『魔法陣』が必要で、それについてはギルドの記録には記載されてなかったわ。この儀式自体、本来は国軍が扱う制式魔法に分類されるものだから、魔法陣の様式は軍機のうちなんでしょうね」
「それについては前にマリィに調べておいてって頼んだでしょ。どうなの?」
シェリィが尋ねると、マリィは途端に顔をしかめる。
「とんだ無茶振りよね……。一応は調べたわよ。構築もしてみた。効果は発揮すると思うけど、答え合わせのしようがないんだから保証なんてできないわよ?」
「ん、十分。さすがはマリィだよね」
調子のいいことを言う姉に呆れてため息をつき、マリィは二つ目の問題を挙げる。
「二つ、儀式魔法は大量の魔力と複数の術者が必要となるわ。魔法陣に魔力を流す魔力供給源と、実際に魔法を行使する術者。そのどちらも欠けたら儀式は成立しない」
「と、いうワケでみんなには魔力を提供してもらいま~す!」
冒険者達の方を振り返ったシェリィが、笑顔で両手をパンと打ち鳴らした。
「お、俺達がですか!?」
「そうだよ~。今ここには、あたし達以外に十五人の冒険者がいるから、全員から魔力を集められれば、多分、足りるんじゃないかな~って思うの」
多分。
今、この場において、これほど頼りない言葉が他にあろうか。
「みんな、『
彼女が言う『魔力譲渡』とはその名の通り、他者に魔力を分け与える魔法だ。
仲間の魔術師の魔力が尽きた場合の保険として、ほとんどの冒険者が覚えている。
「みんなで、あそこにいる四天王をギャフンといわせてやろうよ。ね?」
ニタリ、と、シェリィは笑う。
その笑顔はいつものいたずらめいたものに見えて、本質はまるで違っている。
それは、獲物ののど元を食い破るために千載一遇の好機を狙い続ける獣の笑みだ。
「伝説の四天王を、俺達の手で……!」
「もしも成功したら、それこそ今夜のことは伝説になるぜ?」
「やるか。……やっちまうか!」
シェリィが見せた蛮性が、笑顔を介して冒険者達に伝播していく。
彼らの間で徐々に高揚感が盛り上がりつつある中――、
「……三つ」
マリィが、最後の問題点を告げる。
「術者が足りないわ」
それは、この儀式を行う上で最も大きく、そして決定的な不安要素だった。
「『四大制圧儀式』は地水火風、四つの属性の魔力を儀式によって抑圧するものよ。そのためには、一属性一人の術者が必要となるわ。私達だけじゃ、足りない」
術者は三姉妹。魔力供給源は冒険者達。
現状ではあと一人、四つの属性を埋めるための術者が必要となる。
「でも、やるしかないですよぅ」
シェリィよりも先に、リリィが実行を訴える。
「マリィお姉ちゃんの言う問題点はぁ、裏返せば、そこを無視すれば儀式を実行できるだけの条件が揃ってるっていうことですよねぇ。だったら、やりましょうよぉ」
「リリィ、あんた……」
「ここでロレンスさんの役に立てないなら、リリィ達の存在に意味なんてないんですぅ。そんなの、我慢できません。リリィは、できる女になりたいですぅ」
戦いが続く空を凝視し、決意溢れる言葉を述べるリリィと、姉二人が見つめる。
彼女は、こんなにも自分の意思を表に出すような子だっただろうか。
「やろっか、マリィ」
「ええ、姉さん。私だってリリィと同じよ。できる女になってやるわよ!」
マリィが杖の石突部分を使って地面に魔法陣を描き始める。
凄まじいまでの速度で、みるみるうちに複雑な文様が地面に刻まれていく。
「……効果について確証のない魔法陣。足りるかどうかわからない魔力供給。一人足りない術者。問題だらけで、本当に使えるかどうかもわからない儀式魔法」
マリィが魔法陣を描いている間、シェリィは改めて現状を言語化してみる。
正直、博打でしかない作戦だ。それを改めて痛感する。
成功率は、高く見積もっても三割、いや、二割あればいい方か。
特に大きいのはやはり術者が足りないという点。これだけは何ともしようがない。
それでも。
それでも……!
「一か八かの賭けなんて、冒険者からすれば日常茶飯事。ってね」
空を見上げて、瞬く光にシェリィは決意を新たにする。
マリィが魔法陣の描写と構築を終えたのは、それから数秒後のこと。
「姉さん、終わったわ!」
「よぉ~し、マリィ、ご苦労様! みんな、配置について! ……やるわよ!」
「「「おおおおおおおおおッ!」」」
描かれた魔法陣には、人数分の魔力供給点が準備されている。
冒険者達が、それぞれポイントに立って『魔力譲渡』の魔法を発動させていく。
「来たわ、姉さん!」
「マリィも、リリィも、魔法陣の中心に立って」
「わかってますよぅ~」
冒険者が注ぐ魔力によって魔法陣が励起し、淡い光の粒子を放ち始める。
「やったわ、魔法陣が機能してる。これならいけるかも」
「あとは、あたし達次第、か……」
ロレンスから送られたダガーを手に、シェリィは魔法陣の中心に立つ。
リリィはホーリーシンボルを握り、マリィはブレスレットを指先で軽く撫でる。
互いに魔法陣の中心点の方を向きながら、三人は静かに祈り始める。
すると、それに呼応して魔法陣に灯る光が少しずつ強まり、輝きとなっていく。
シェリィは、感じていた。
自分達の意識が、地の底にある巨大な力の塊へと伸びつつある。
あれが、地脈の魔力。
この火山地帯を流動する活力そのもので、四天王を不滅にしている原因だ。
自分達の意識がそこに届けば『四大制圧儀式』は完遂される。
そして地脈を一時的に制して、敵が使う『災厄化』を機能不全に追い込める。
「ぐ、ぅ……!」
冒険者の一人が小さく呻き出す。
魔力を急速に消費して、その負担から漏らした声だろう。
儀式魔法の魔力消費はやはりかなり大きい。
術者である三姉妹も例外ではなく、シェリィも軽い虚脱感に見舞われていた。
この状態、長い時間は維持できない。
それを実感として悟りながら、彼女は懸命に儀式に集中しようとする。
「ぁ、あと、少し……」
「もうちょっと。もうちょっとよ……!」
三姉妹の意識が、地脈へと迫る。
すでに、もう少しで届きそうなところまで来ているのだ。そう、あとほんの少し。
あと少し。
あと少し。
あと少し。――だがその『あと少し』が、届かない。
必死に伸ばした手が、その指先が、本の薄皮一枚分届かない。そんな感覚。
もどかしい。とにかくもどかしいが、どれだけ頑張っても、薄皮一枚分が遠い。
「姉さん……!」
「頑張って、二人とも! あと少しよ!」
「わかってますよぅ~ッ!」
シェリィもマリィもリリィも、全力を尽くした。全霊を出そうとした。
それでもやはり届かない。すぐそこにある地脈に、どうしても手が触れない。
三人が三人共、力を尽くしても届かない。
ならば、理由は明らかだ。――術者の不足。四人目がいないのが原因だ。
だったら冒険者の中から四人目を……、それも不可能だ。
魔力供給がギリギリすぎる。一人でも欠ければ、儀式を維持できなくなる。
「……ダメ、なの?」
絶望が、シェリィの心に湧き上がろうとする。
そのときだった。
急に、空が明るさを増した。
「え?」
ただならぬ気配を感じて見上げてみれば、自分達に迫る幾つもの火球が見えた。
魔王軍四天王が、こっちを狙って攻撃してきた。
その事実を、シェリィは衝撃と共に認識する。
そして、逃れようがないこともまた、同時に悟ってしまう。
今、この場から逃げようとすれば『四大制圧儀式』は失敗に終わる。
そうなったら、儀式は二度と行えない。終わる。本当に全てが終わることになる。
シェリィの中で、いよいよ絶望が質量を帯び始めた。
魔王軍四天王を相手に、自分達がやったことは無駄なあがきでしかないと――、
「……ッ、ナメるなッ!」
聞き覚えのない声が、シェリィの意識をぶっ叩いた。
火球の後ろから、突然、巨大な白いドラゴンが突っ込んでくるのが見える。
「私自身の失態で、全てを終わらせてなるものかァ――――ッ!」
雄叫びと共に、ドラゴンは火球の前に回り込んで、自らを壁にしようとする。
「ぐっが! ふんぬぅ! ふんぎゃあッ! だ、だが、この程度ォ~~~~!」
爆音が響くたび、ドラゴンもすごい声を出す。
そして一秒弱。ドラゴンはものの見事に全ての火球を受け止めてみせた。
「……はぁ、はぁ、どうだ。受け切ってやったぞぉ~」
辺りに肉の焼ける匂いを漂わし、黒い煙をたなびかせ、白ドラゴンが自らを誇る。
「な、な……?」
あまりに目まぐるしい展開に、エルトが小さく声をあげる。
するとドラゴンが長い首を動かして、こちらへと振り返って尋ねてきた。
「……何故、まだ残っているのだ。おまえ達は」
まるで、知り合いに接するかのような物言い。
それを耳にした瞬間、シェリィは驚きも放心も飛び越えて、指摘していた。
「もしかして、インターラプターちゃん……?」
「…………あ」
ロレンスの右肩にとまっていた白カラスだった存在は、間の抜けた声をあげた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
しまった。やらかした。
これまでずっと、神秘的なマスコットの白カラスで通し続けていたのに……!
いや、でも他にどうしようがあったというのだ。
私があそこで体を張る以外に、シェリィ達を救う手段はあったか? いや、ない!
と、いうワケで私は悪くない。
私は悪くないが、どうしよ。私が変身できることがバレてしまった。
これはもしかして、我が主の身バレフラグなのではないか?
うわ、うわ~、本気でやらかしてしまったんじゃないか、私……。……うわぁん。
「インターラプターちゃんなら、いけるかも!」
「へ?」
泣きそうになっていたら、シェリィが表情を輝かせてそんなことを言い出した。
「手伝って、インターラプターちゃん!」
いつものシェリィらしからぬ言葉の足らなさ。
興奮半分、必死半分といったその様子は、どうしようもなく切羽詰まって見える。
「な、何だ? 私に、何を手伝えと?」
「儀式!」
言葉が足りないまま、シェリィは私にそう叫んだ。
「あと一人、あと一人だけ、どうしても足りないの!」
腹の底から絞り出す、その声はまさしく絶叫。
それはほとんど懇願にも等しくて、彼女が求めるものを、私は即座に理解する。
彼女の足元に光る魔法陣と、それに魔力を注ぎ続ける冒険者達。
そして儀式という言葉。
ついさっき、我が主より聞かされた話が思い起こされる。
「そういうことか……!」
私の意識を、電撃の如き理解が走り抜ける。
だからシェリィ達は、この場に残り続けていたのだな。
彼女達は、自らの危険を顧みず我が主を助けようとしてくれていた。
そして、私がそこに加わることで未完成の儀式は完遂されるということなのだな。
「……大したものだよ、おまえ達は」
自然と綻ぶ口元を自覚しつつ、私は己の姿を人のそれへと変える。
火傷の痛みが全く気にならない。それどころか、何故か力が湧いてくる気がする。
この高ぶりは一体どうしたことなのか。
きっとそれは、シェリィが放つ熱に当てられてしまったからだ。
「は、裸の女ァ……!?」
人化した私を見て冒険者が騒ぎ出すが、そんなことを言っている場合か!
「シェリィ、私は何をすればいい。どうすればいいんだ?」
「こっちに来て。あたし達と一緒に、地脈を掴んでほしいの! お願い!」
シェリィが私の腕を引っ張って、魔法陣へといざなう。
説明はまるで要領を得ないものだったが、今の私にはそれで十分だった。
地脈という言葉と、魔法陣の中心に見えるマリィとリリィの姿。
つまり儀式とは地脈の魔力をどうにかするもので、術者は四人必要というわけか。
「あんた、インターラプターなの!?」
「す、すごい綺麗な人ですぅ……」
マリィとリリィが、人化した私を見て驚き、口々にそんなことを言う。
「そうだ。私はインターラプター・ロンヴェルディア。我が主の使い魔にして、変幻の霊獣だ。が、そんなことはどうでもよろしい。――時間がないのだろう。やるぞ」
私が告げると、二人の表情が一気に引き締まる。
「ええ、やるわ!」
「はいですぅ、これで条件は整ったですよぅ!」
シェリィと、マリィと、リリィと、私。
四人の術者がここに揃って、我が主を助けるための儀式魔法が完成を見る。
受け取れ、我が主。
これが私達四人からの、頑張るおまえに捧げる
「「「「『
魔法陣から溢れたまばゆい輝きが、私の視界全てを白で染め上げた。
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