【第一部完結】魔王様は世界を救うロールプレイを始めました～でも毎秒黒歴史を量産するので使い魔からは「もうやめてくれ！」と思われています～

第28話 魔王様の使い魔が派手にやらかしました

　え～い、戦いが終わらん！

「グハハハハハハハハハハハハハァ！　いくぜ、いくぜいくぜいくぜェッッ！」

　全身を炎に包んだサラマンデが、我が主へと両手をかざす。

　燃え盛る炎がそこに集中し、爆音と共に放たれる火弾の弾幕。数は、千を超える。

　一撃辺りの威力は低い。――なんてことがあるものか。

　間違いなく、一発でも当たれば即アウト。

　それだけの脅威を感じさせる火の球が、我が主へと文字通り殺到する。

　回避は、無理。

　火弾の密度が高すぎる。これはほとんど、獄炎のシャワーだ。

「避けてみろ、防いで見せろよ！　グッハハハハハハハハハハハハハハハハハ！」

「……笑止」

　バカ笑いを響かせるサラマンデとは対照的に、我が主は至極冷静な声音で、

「俺にこの技を使わせたのは貴様が初めてだ」

　そう告げる。

　が、そもそも『斬禍の三日月』で戦うのが初めてなんだからそりゃそうよ。

「『遮絶せよ、光明躙る月影の帳（アン・ミュ・クィ・ブロクェ・トゥート）』！」

　仰々しい技名を叫び、我が主が大鎌を掲げた右手を、前向きに振り回し始める。

　大きな刃がブゥンと唸りを上げて、円を描く。

　すると、我が主の前面を覆うようにして、そこに黒い魔力の壁が出現する。

　なるほど。魔力波動を放射しながら鎌を回すことで構築する防護障壁か。

　押し寄せる火弾の雨が、障壁に激突して爆ぜる。

　しかし、こちらには衝撃どころかかすかな熱も伝わってこない。全て遮っている。

「なぁにィ～～！？」

　あからさまに狼狽するサラマンデ。そこにまた、隙が生じる。

「微温（ぬる）いな」

　その一言と共に我が主の姿はサラマンデの視界から掻き消える。

　直後に響いたザンッ、という音は、我が主の大鎌がサラマンデを切り裂いた音だ。

　胴体を横に一閃。

　サラマンデの上半身と下半身が、腹筋の半ばを境にして綺麗に断たれる。

　だが、それも一瞬のこと。

　分割された二つの肉塊はすぐさま陽炎となって消える。

　我が主がすぐに飛翔して場を飛び退くと、また爆発が起きて、サラマンデが復活。

　戦いが始まってから、ひたすらこの繰り返しだった。

「グハッ、グハハッ、グッハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ！　強ェ！　強ェ強ェ、強ェなァ、てめぇ！　ガァッハハハハハハハハハハハハァ――――ッ！」

　サラマンデはすこぶるご満悦のようだ。

　しかし、それに付き合わされているこちらは結構げんなりでかなりうんざりだ。

　本ッ当～～～～に死なないな、こいつ。

　いや『災厄化（ディザスタライズ）』がそういう能力であることはわかるのだが。

　それにしたってしぶとすぎだろう。

　ここが火山地帯というのが非常に厄介だ。サラマンデにとって有利すぎる。

『なぁ、我が主。何かないのか？　今の状態のサラマンデをぶっ飛ばせる方法』

『あるよ。一応』

　あるんかい！

『じゃあそれをやれよ！　いつまでもあのバカ火力バカに付き合ってられるか！』

『ちょっと無理かなぁ。その方法って『破界魔導（カタストロフィア）』だし』

『あ、やめよう』

　私は即座に手のひらを返した。

　我が主が語った『破界魔導』とは、とにかく破壊することのみに特化した魔法だ。

　どのくらい特化しているかというと、火山地帯が全部更地になるくらい。

　ちょっと破壊力が高すぎて『魂の形代』と共に『三大禁呪』に数えられている。

　サラマンデを倒すために火山も街も消し飛ばしたのでは、本末転倒すぎる。

　それは無理。選択肢に含めちゃいけないな。

『他にはないのか。現状を何とかできるすべは』

『う～ん、ないこともな――』

　私達の念話は、だがそこで途切れさせられた。

「グッヒヒヒヒヒッ！　まさか人間共の中にてめぇみてぇな野郎がいるとはなァ！　人間なんぞ、言葉をしゃべるだけの虫けらかと思ってたら、なかなかどうして！」

　気分を高揚させたサラマンデが、勢いに乗って話しかけてきたからだ。

「虫が人を虫と呼ぶ。己を省みることを知らぬとは、滑稽。久遠たる敗者が己を誇る。その様を荒唐無稽と呼ばずして何とする。愚にもつかないとはこのことだな」

　我が主が、そんな四天王の高揚に冷や水をぶっかける。

「……あァ？」

　ニヤケ面まっしぐらだったサラマンデの顔が、一瞬で不機嫌そうに歪んだ。

「歴史上、魔族が人類に勝った試しはない。貴様はそれを幾度も目の当たりにしてきたはずだ。だというのに、何故そうも居丈高に振る舞えるのだ？」

「…………チッ」

　これ以上ないほどの我が主の正論に、サラマンデが露骨に舌を打つ。

「せっかくのいい気分に水を差しやがる。俺達が人間に勝ったことがないだァ？　そんなモンはただの運なんだよ。たまたまだ、たまたま！　次は俺が勝つんだよ！」

　うわぁ。

　清々しいほどに何も考えていない回答が来た。

　我が主の私室を燃やしたときにも同じようなことを言っていたが、これは何とも。

　過去の敗北から何も学ぼうとしないその姿勢に、反省は微塵も感じられない。

　こいつは、そしてこいつらは、ずっとずっとそうだった。

　前の戦いも同じことを言っていた。その前も、その前の前も、ずっと。ずっとだ。

　魔族が人類に負けたのはたまたまで、次に戦えば必ず魔族が勝つ。

　そう言い続けて、魔族はどれだけの敗北を重ねた。どれほどの教訓を得てきた。

　いや、敗北は重ねれども教訓など無視し続けるのが、魔族という連中だ。

　悲しいことに、魔族のトップたる四天王もファムティリアも、基本、そこは一緒。

　ゆえに『魔族は脳筋』という泣きたくなる結論に達した私と我が主である。

　そしてここまでの会話で、私はふと気づいてしまった。

『なぁ、我が主。人類って四天王に勝ってるんだよな？』

『そうだね。勝ってるね』

『『災厄化』した四天王にも勝ってたりするのか？』

『むしろ、魔王軍四天王に対する攻略法を確立することができたから、人類は魔族に勝てるようになったんだ。人類はとっくに『災厄化』への対処を終えてるよ』

　マジかよ。

　それはとんでもない情報だぞ。値千金という言葉がふさわしいくらいだ。

『その攻略法とは、魔法か？』

『……まぁ、そうだね』

　そうか、魔法か。

　ならば対処可能ということだな。こと魔法において、この男は世界一だ。

『でも、僕には使えない魔法なんだよ』

　だが本人に即座に否定されてしまった。何てこった。

『……どぉして？』

『そんな悲しそうな声出さないでよ、ロンちゃん』

『だって……』

　我が主に使えない魔法があるなんて、そんなことがありうるのか？

　魔王だぞ？　最強だぞ？　趣味はアレだけど、すごく強くて、我が主なんだぞ？

『僕がその魔法を使えないのは、僕が一人だからだよ』

『一人だから……。あ、もしかして……』

　言われて、私の中にある可能性が浮かぶ。

『そう。『災厄化』の攻略法はね、複数の術者を必要とする『儀式魔法』なんだよ。このタイプの魔法は、術者のレベルに関係なく、必ず複数人の協力が必要になる』

『あー、そういうことかぁ……』

　それでは、我が主といえども実行するのは難しい。

　だが、待てよ。

　例えばだが、そこに私と三姉妹が加われば案外、できないこともないのでは……？

『……いや～、さすがに厳しい、か』

　上空で戦いが始まってから、それなりに時間も経過している。

　三姉妹も今頃は、街の人々と一緒に安全圏まで逃げ伸びて……、おやぁ～～？

『我が主、我が主！』

『ど、どしたの、ロンちゃん？』

　我ながら余裕を欠いた呼びかけに、我が主も若干びっくりしつつ問い返してくる。

　私は、たった今見たものを素直に報告した。

『……三姉妹が、街に残っている』

『えっ』

　主のリアクションは意外そうで、私と同じく三姉妹は逃げたと思っていたらしい。

　だが私は見てしまった。街の方、その一角に集まっている十数人の人影。

　その中心にいたのは、間違いなくシェリィであった。

　こちらを見上げるそのまなざしに、私は悟る。彼女達は自らの意思で残ったのだ。

「どっちによそ見してんだ、てめぇよォ！」

　聞こえた叫び声に、私の意識は一気に現実に引き戻される。

　炎を纏ったサラマンデが我が主との間合いを潰して、懐へと突撃してきている。

「……く」

「グッハハハハハハハハ、ようやく隙を見せたなぁ！」

　我が主が後退しつつ、大鎌を振るおうとする。

　しかし、サラマンデはその刃を両手でガッシリ挟み込み、無理やり捩じってきた。

　膂力の面では、我が主といえど竜人に抗うのは難しい。

　主は長柄を掴み切れず、大鎌『斬禍の三日月』は遥か空中に放り出されてしまう。

「ぐぅ……！」

　何ということだ、我が主が武器を失ってしまった。

　その原因は、他でもない私にある。私が、戦闘中にいらない報告をしたからだ。

　だが、私の失敗のツケは、まだ支払い切られたワケではなかった。

「てめぇ、今、人間共の街の方を見てたよなぁ？」

　サラマンデがイヤらしく笑う。待て、オイ、まさか……！

「グッハハハハハハハハハハハァ――――ッ！　こんなのはどうだ？　あァ！？」

　十発程の巨大な火球が、ヴェガントの街めがけて撃ち放たれる。

　我が主は、すぐにその場から動こうとする。が――、

「おぉっと～、行かせやしないぜぇ……？」

　前に回り込んだサラマンデが、その行く手を阻む。

　大鎌を失った我が主は、そこで動きを止めるしかない。火球が、街へと降り注ぐ。

『私の失点は、私自身が取り返す！』

『ロンちゃん！？』

　我が主の返答を聞かずに、私は全速力で街めがけて飛び立った。

　最悪なことに、火球は相当な速度があった。白カラスの姿では追いつけない。

　なすすべなく火球に焼かれ、骨も残さず灰となる三姉妹。

　その末路に衝撃を受け、サラマンデに隙を晒して最終的に敗れ去る我が主。

　私の脳裏に、そんな最悪の未来が克明なイメージとして描き出される。

　それを招くのは、言わなくてもよいことを言ってしまった私自身の愚かさなのだ。

「……ッ、ナメるなッ！」

　心の底より、忌避感と嫌悪感が溢れ出す。

　私はなりふり構わず、己の姿を巨大な翼を持つ白きドラゴンへと変える。

　そこから一気に加速。

　そのまま火球を飛び越えて、街へと続く射線上へと割り込んだ。

　すぐ背後にはシェリィ達、二十人足らずの冒険者。

　火球を消す手段は思いつかなかった。ならば、この身を壁として恥を雪ぐだけだ。

「私自身の失態で、全てを終わらせてなるものかァ――――ッ！」

　私は、火球に自らの身を晒して、壁となって立ち塞がる。

　そして私の身に次々に火球が直撃、爆裂――、痛ッ、熱ッ、超痛ァ～～～～いッ！

「ぐっが！　ふんぬぅ！　ふんぎゃあッ！　だ、だが、この程度ォ～～～～！」

　いちいち悲鳴をあげながら、私は必死に踏ん張って火球を受けきる。

　さすがは四天王の攻撃だけあって、威力が尋常ではない。

　私ができる変身の中でも最も耐久力に優れるこの姿でなければ、きっと死んでた。

「……はぁ、はぁ、どうだ。受け切ってやったぞぉ～」

　フ、フフフ、しかも何とか生きている。

　えらいぞ、私。大したものだ。自画自賛してもよいくらいに。……けど、痛ァい。

「な、な……？」

　背後に聞こえる、呆然となっている冒険者の声。

　無性に腹が立ったが、痛みから来る八つ当たりでしかないので、努めて抑える。

「……何故、まだ残っているのだ。おまえ達は」

　私は首だけを振り返らせて、怒鳴り散らすのを堪えながら、冒険者達を見下ろす。

　冒険者達は揃って口をあんぐり開けて、私を見ている。

　そんな中で、同じように唖然としつつも、シェリィがゆっくりと私を指さした。

　彼女は、震える声で尋ねてきた。

「もしかして、インターラプターちゃん……？」

「あ」

　ここでやっと、私は自分のやらかしに気づいたのだった。