第27話 魔王様が戦う傍らで三姉妹が一つの決断に至りました

 ――引き続き、シェリィ視点にて記す。


 二つ目の閃きは危機感と共に訪れた。


「まさか……」


 ヴェガントの街が魔王軍四天王に襲われたのは、ロレンスがいたから?

 それは、突発的な思いつきでしかなかった。


 しかし可能性としては十分にありうる、現実味のある思いつきでもあった。

 もしそうなら、ロレンスがいなければこんな事態は起きなかった可能性も……。


 そこまで思考が巡り、シェリィはゆっくりかぶりを振る。

 あり得る話ではあるものの、この思考自体に意味がないことに気づいたからだ。


 もう、ことは起こってしまった。

 それに、今このとき、空で魔王軍四天王と死闘を繰り広げているのは誰なのか。


 人々は避難したが、街には何の被害も発生していない。

 それは誰のおかげなの。誰が、今も体を張って街を守ってくれているのか。


 今の一連の思考は、彼に対する冒涜にも等しい。

 自分を許せなくなる前に、シェリィは現実へと目を向ける。


「……どうしよっか」


 尋ねたその目線の先には妹達。

 頼り甲斐については論ずるまでもない二人だが、今は揃って表情を硬くしている。


 ここからとるべき行動について、シェリィの中にはほぼ答えが出ている。

 それでも彼女は、マリィとリリィに意見を求めようとした。


「どうしよっか、って。逃げるしかないじゃないですか!」


 しかし、最初に答えたのはどちらでもなかった。

 さっきまでシェリィと話していた少年剣士が、血相を変えて馬車置き場を指さす。


「馬車の準備はできてるって言ってたじゃないですか! それなら!」


 それなら、から先は言うまでもなく、他の冒険者も馬車の方へと目をやっている。

 彼の言わんとするところを、シェリィは当然わかっている。


「……逃げなきゃ、か」

「そうですよ! 当たり前じゃないですか!」


 少年剣士はとにかく必死だった。

 彼は新人で、しかも子供だ。

 あるいは、その幼さが身近に迫る死を敏感に感じ取っているのかもしれない。


「シェリィさん、ここはとっととズラかりましょうぜ」

「そ、そうですよ。こんなところにいても、どうしようもないですよ!」


 他の冒険者達も口々に少年剣士と同じことを言い始める。

 ここは危ない。だから、早く逃げよう。


 そんな当たり前のことを、当たり前に言ってくる。

 当然、シェリィもわかっていることだ。自分だって彼らと同じことを考えている。


 一刻も早く、この場を立ち去るべきなのだ。

 第一に、自分が生き残るために。第二に、空で戦う彼の邪魔にならないために。


 冒険者としての経験が彼女にそれを強く訴えている。

 自分はこの場にいるべきではない。それは、ただの悪手でしかない、と。


 シェリンダ・バーミュルは引き際を見誤らない。

 だから、今日まで生き残ってこられた。

 ずっと、自分の命を第一に考えてきたから、Sランクの自分がいる。


「……だけど」


 改めて、空を見上げる。

 そこには瞬く光。起きる爆発。轟く爆音に重なる黒煙。


 激戦だと、ここからでもわかる。

 そこにいるのはロレンスだ。彼が、おそらくは己の仇を相手にして、戦っている。


 ここに立っているだけの自分。

 何もできずに、ただ見守るしかない自分。


 ……本当に、逃げていいの?


 その疑問が意識にベッタリとへばりついて、出ているはずの答えをボヤけさせる。

 だから妹達に尋ねてしまった。自分の答えに、確信を持てなくなったから。


「早く逃げましょうよ、シェリィさん!」

「そうっすよ、命あっての物種じゃないですか!」


 少年剣士を始めとして、他の冒険者達がせっついてくる。

 彼らは、シェリィの判断を待っている。


 それはきっと、自分がこの場におけるまとめ役だから。

 唯一のSランク冒険者だから、皆が自分の出す『正解』を待っている。


 第一に、自分の命。

 第二に、彼の邪魔にならないために。

 そこにさらに、三つ目の理由として『まとめ役としての責任』まで加わった。


 いよいよ、逃げるという選択肢の正しさが重みを帯びる。

 この場は逃げるのが妥当。……か。

 冒険者としてどうしようもなく正しい判断を、シェリィはついに下そうとする。


「わかりましたぁ」


 口を開いたのは、リリィだった。


「皆さんはぁ、先に逃げててくださいねぇ。リリィ達は、ここに残りますぅ」


 相変わらずの間延びした、しかし、強い意志が込められた言葉。


「……は?」


 少年剣士が、ポカンと口を開けてリリィを見た。


「あ~、そうね。別に、私達に構う必要はないわよ。冒険者の原則は自己責任。馬車も準備ができてるんでしょ。それなら早く逃げた方がいいんじゃない?」


 次いで、マリィがリリィと同じく冒険者達に脱出を促す。

 その言いぶりから、彼女もここに残る気満々だということが伝わってくる。


「な、何言ってんですか、リリィさんも、マリィさんも……!?」

「こんなところに残ってどうするんですか!」


 冒険者達が二人を説き伏せようとする。

 しかし、リリィは静かに閃光が瞬き続ける上空を指さして、告げる。


「あそこで、リリィが世界で一番好きな人が戦ってるんですぅ」

「せか、す……ッ!?」


 いきなりの告白は、冒険者達にとっても予想外で、軽い衝撃が場に走る。


「リリィはあの人に一度命を助けてもらいました。そのときから、リリィの命はリリィだけじゃなく、あの人のものでもあるんですぅ。だから、リリィはここを離れません。あの人を残して助かろうなんて、今のリリィには考えられないんですよぅ」

「ま、そういうことよね」


 語るリリィに同調し、マリィがうなずきながら肩をすくめる。


「私と姉さんの場合、実際に生き返らせてもらったワケだし、今さら惜しむ命なんてないわよ。だから逃げるっていう選択肢も私達にはないの。そうでしょ、姉さん?」


 マリィがこちらに向かって軽くウインクなどして見せる。

 それをされたときのシェリィは、他の冒険者達と大差ない表情をしていた。


「こ、ここに残って、どうするんです……? 何が、できるんです?」

「わかりませぇ~ん」


 少年剣士に問われたリリィが、首を思いっきりかしげる。


「何もできないかもしれませんんけどぉ、何かできるかもしれないからぁ、リリィは一生懸命考えてぇ、あの人を助けられたらいいなって、思いますぅ~」

「ま、何かあるでしょ。これでも一応、Aランク冒険者の端くれだし、私達」

「ですよねぇ~」


 さも当然のように、ここに残る前提で二人は話を進めている。

 それを見ているシェリィは半ば口を開けたまま、だが徐々に理解が浸透していく。


 ああ、そうか。そうだった。

 まさしくリリィの言う通りで、マリィの言う通りだ。


 第一に、自分の命。

 第二に、彼の邪魔にならないために。

 第三に、この場のまとめ役としての責任。


 だがそれらは全て、自分が冒険者であるという認識から来るものだ。

 その認識は正しくはあるが、今のシェリィにはそれよりも優先すべきものがある。


「……ハハ」


 自然と、笑みがこぼれる。

 何ということだろうか、こんなところで妹達に理解わからされてしまった。


「ごめんね~、みんな。あたしもさ、ここに残らなきゃいけないんだわ」

「そんな、シェリィさんまで……!? ど、どうしてですか!」


 少年剣士が目を大きく見開いて、シェリィに詰め寄る。

 どうしてときかれたのならば、彼女としてはこう返すしかない。


「それはね、あたしが『恋する乙女』だからなんだよね~。ごめんね~」


 答えたあとで、非常にしっくりきた。

 今の自分は冒険者である前に『恋する乙女』だったのだ。これは納得がいく。


 ロレンスに救われたこの命、彼のためならば何も惜しくはない。

 シェリィもまた二人の妹と同じく、それを心から断言することができる。


「何、乙女って……」

「その通りではあるんですけどねぇ~……」


 何故かマリィからは呆れられ、リリィからは苦笑された。どうしてだ。

 間違ったことなど、何も言っていないはずなのに。


「ぉ、おい、どうする……」

「逃げろって言うなら、なぁ……」


 冒険者達が戸惑いながらも相談し始める。

 この場から逃げることを、臆病だとは思わない。おかしいのは自分達だろうし。


「おかしい、おかしいですよ、そんなの!」


 と、思っていたら、少年剣士に直に指摘されてしまった。


「あそこにいるの、魔王軍四天王なんですよね? 前の大戦で国を四つ滅ぼしたっていう本物の怪物じゃないですか! そんなのがいる場所に、何で残るんですか!?」

「その理由は、さっきリリィが言った通りだよ」


 自分の口で言うには少々照れ臭くて、シェリィは少しだけ逃げに走った。


「それにさ――」


 そして、ここからはシェリィが持論を展開する。


「君さ、ムカつかない?」

「ムカつ……?」


 いきなり話が変わって、少年剣士が勢いを挫かれる。

 構わず、シェリィは続けた。


「君、名前は何ていうの? 冒険者になってどれくらい?」

「俺は、エルトです。冒険者になって、まだ半年で……」


 話が掴めない様子のエルトは、弱い口調でそう返す。

 冒険者になって半年。

 周りから見ればまだまだ駆け出しだ。


 しかし、本人からすればそろそろ生業へのプライドが芽生え始める時期でもある。

 シェリィは、さっきリリィがそうしたように戦いが続く空を指さした。


「あそこで戦ってるロレンス君は、冒険者になって一か月しか経ってないんだよ」

「え……」


 エルトが驚き、彼女の指さした方を見る。


「ロレンス君はあたしよりも全然強いよ。でも、冒険者としてはド新人なんだよね」

「…………」

「一か月って、マジですか……?」


 絶句するエルトの近くで、他の冒険者達も揃って空へと目をやる。

 全員がその顔を驚愕に染めながら、しばしの間、呆けたようにそこに立ち尽くす。


「そ、そんなの……」


 いち早く、エルトが放心から脱した。


「そんなのは、そのロレンスっていう人が強いだけで……。単に、その人が特別なだけじゃないですか! 俺達は、ただの冒険者なんですよ!?」

「そうだよ。ただの冒険者だよ」


 シェリィはエルトの言い分を素直に認めうなずいて、その上で諭すように続ける。


「でも、特別でありたい冒険者でもあるよ、あたしは。……エルト君はどうかな?」

「それは……」


 エルトは、咄嗟には言い返せないようだった。

 彼にもあるのだろう。今、シェリィが言ったものと同じ想いが、心の中に。


「あたしがムカつくって言ったのはそこ。彼だけを特別でいさせて、あたし達は自らそうじゃないことを認めちゃうなんてさ、そんなのムカつくでしょ、自分に」


 冒険者の身の上は実に様々だ。

 軽い気持ちから始める者がいる。それ以外に選択肢がなかった者もいる。


 だが、その多くは胸の内にひそやかな野心を秘めているものだ。

 それが一攫千金であれ、英雄願望であれ、特別でありたいという部分は共通する。


「あたしは、ヤだなぁ」


 シェリィは説く。


「強いから、特別だからって、ド新人のロレンス君に全部任せて逃げるなんて、あたしからすればプライドを捨てるのと一緒だよ。それで命を拾っても、明日からの冒険者生活、今まで通りに胸を張って過ごせるのかな?」


 冒険者は総じてプライドが高い。

 体を張って稼いでいるという自負と矜持が、彼らの心の深い部分には必ずある。

 シェリィは、そこを的確に見極めて、くすぐっていこうとする。


「姉さん」


 マリィが口を挟んでくる。


「姉さんは何を考えてるの? ここにいる人達に、何をさせるつもりなの?」


 さすがは妹、理解が早くて助かる。シェリィは笑みを深めた。

 これから話すことは、二つ目の閃きと同じく思いつき程度のものでしかない。


 一か月前に聞かされたロレンスの過去。

 その後に魔王軍のことをできる範囲で調べた際、得た情報をその根拠とする。


「あたしとマリィとリリィだけが残っても、できることなんて本当に何もないと思うよ。……でもね、みんなが一緒に残ってくれれば、できるかもしれないんだよね」

「何が、ですぅ~?」


 リリィが小首をかしげる。

 シェリィは、彼女に顔を向けて、空を指さした。


「魔王軍四天王に、一泡吹かすことが」


 その一言に冒険者達がザワついた。


「あ、あのバケモノに一泡、って……!」

「できるんですか、そんなこと!?」


 彼らの反応を見て手応えを得るシェリィは、ここで畳みかけていく。


「できるかどうか確信はないけど、可能性はあると思ってるよ」


 嘘ではない。本音だ。

 空でロレンスと戦っているのが本当に魔王軍四天王ならば、できるかもしれない。

 彼女は腰に手を当てて、その笑みを不敵なものに変えて空を見上げる。


「あそこにいる、あたし達なんて眼中に入れようともしない魔族野郎に、あたし達が横合いから殴りつけてやるんだ。――どうかな? 結構素敵じゃない、それ?」


 誰かが「おぉ……」と感嘆の声を漏らすのが聞こえた。


 シェリィは笑みを保ったまま、冒険者達を見渡して最後となる誘いの言葉を紡ぐ。


「ねぇ、あたし達と一緒に、ちょっと特別な存在になってみない?」


 それは間違いなく、殺し文句だった。

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