第26話 魔王様が戦う傍らで三姉妹が一つの結論に至りました

 魔王軍四天王。

 それは、軍内においては大元帥である魔王に次ぐ地位にある四人の元帥を指す。


 彼ら四天王は魔族領ガレニオンでも特に有力な四種族の長でもある。

 また、地水火風の四元素をそれぞれ司り、それに特化した能力を有している。


 だが魔族の中には、他に幾つか有力な種族がいる。

 何なら、実力だけを見るならば四天王に比肩しうる強者も少数ながら存在する。


 それでも、そうした者達では四天王の地位を脅かすことはできない。

 魔王軍四天王は、他の強者とは一線を画す絶対的な異能を持っているからだ。


 それこそが『災厄化ディザスタライズ』だ。


 幾つか制限はあるが、この異能を発動することで四天王の肉体は完全不滅となる。

 戦闘能力も大きく跳ね上がり、その存在は半ば自然災害そのものと化す。


「黒き風の中に散れ」


 我が主が『斬禍の三日月』を横薙ぎに振り回す。

 研ぎ澄まされた鎌の刃が、防御も回避もしないサラマンデの首を斬り飛ばした。


 しかし、宙に投げ出された頭部は陽炎のように揺らぐ。

 そして首を狩られたその傷口から、血ではなく炎がドバっと噴き出る。


「グハッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 炎がやんだそのあとに、濁声での笑い声。

 飛んだはずの首が、そこにしっかりと復活している。


「何だ何だ何だ何だァ! オイオイ、マジかよ! てめぇ、強ェじゃねぇか! グハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! この俺様を二回も殺すとはなァ!」


 先程までの憤怒はどこへやら。

 サラマンデは両腕両足をバッと伸ばして、全身で喜悦を表現する。


 そこには油断しかなく、全くもって隙だらけ。

 ロレンスになり切っている今の主が、それを見逃すはずもない。


「罪と共に砕け、罰と共に逝け」


 距離をあけての、広域殲滅型魔法具による巨大な魔力波動の放射。

 火球を真っ二つに裂いたそれがサラマンデに直撃し、巨体を粉々に爆散させる。


 だが、肉片は直ちに細かな火の粉となって全てが消えてしまう。

 我が主が、飛翔の魔法によっていきなり急上昇する。


 何事かと思えば、直前までいたところに生じる大爆発。さっきの焼き直しだ。

 そして炎の中から、またしても五体満足のサラマンデが姿を表す。


「グッ、クククククククッ! これもかわしやがるか。てめぇ、なかなかの反応速度だぜ! イイな。イイ! 実にイイぜ! 攻撃力も反応速度も、申し分がねぇ!」

「痛み入る」


 両拳に炎を纏うサラマンデと、両手で大鎌をしかと握り締めて構える我が主。

 共に、相手を見据えながら空の上にて対峙する。


 すると、高くそびえる地肌剥き出しの山が私の視界に入り込んでくる。

 山頂部分が大きく抉れているそれは、火山。


 なるほど、あれが今のサラマンデの力の源というワケだ。

 四天王の奥義である『災厄化』は端的に述べれば『環境と同化する能力』だ。


 この辺り一帯は、あの火山を中心として火属性の魔力が地脈を巡っている。

 サラマンデは自らと地脈を接続して、火山地帯から魔力を汲み上げているのだ。


 不滅化した肉体と、無尽蔵の魔力。

 さらには莫大な火属性の魔力によって、戦闘能力も十倍以上に増強される。


「グハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ――――ッ!」


 ヴェガントの街の民など完全に忘却して、サラマンデが我が主に躍りかかる。

 火山地帯のバックアップを受けるあの男の拳は、一撃でドラゴンを焼き殺せる。


 しかし、我が主は軽く後退すると同時に、無詠唱で魔法を行使。

 自らと私を透明化させて、代わりに『多重幻覚』によって自らの幻影を生み出す。


 サラマンデの右拳が、我が主の幻影をブン殴る。

 視覚以外も誤認させる『多重幻覚』は、あの男に殴った手応えを与えたはずだ。


 しかし、幻影はどこまでいっても幻影。

 強い魔力を纏った拳で殴られれば、形を保てなくなって消える。


「むぅ!?」


 我が主の姿が消えたことで、ようやくサラマンデがそれが幻であることに気づく。

 そのときにはすでに、透明化を解いた我が主が背後に回っている。


「貴様の炎では、我が業を焼き尽くすことはできない」

「な、うし……!?」


 振り向きかけたサラマンデを、我が主の大鎌が横か薙ぎ払う。

 発生した魔力波動により、赤い巨体がまたしても完膚なきまでに粉砕される。


 肉片は火の粉となって四散して、だが次の瞬間にはまたも爆発。そして、復活。

 サラマンデのバカ笑いが火山地帯上空に響き渡る。


「グハハハハハハッ! ハハハハハハハ! やるなぁ、やるよなぁ! こんなにも殺されたのはいつぶりだろうなぁ! グッハハハハハハハハハハァ――――ッ!」


 痛みを感じているとは思えない、その口ぶり。

 いかに不滅といえど、肉体を壊されるときに痛みは生じているはずなのに。


「……何者か知らねぇが、強ェなぁ、てめぇ」


 サラマンデの顔にあるのは、自らを殺しうる強敵と出会えた喜びだけだった。

 我が主の素性を意に介する様子もない。ただ、純粋に戦いを楽しんでいる。


「貴様こそが大罪の業火に焼かれて果てるのだ」

「グハハハッ! 焼けるモンなら焼いてみな、この俺様をよォ~!」


 再び対峙する両者。

 ここまでの戦いを近くで見ていてわかったことがある。


 戦いの技量においては、我が主の方がサラマンデよりも一段も二段も上だ。

 攻撃も防御も、実に危なげがない。


 サラマンデが通常の状態であったならば、勝負はとっくに終わっている。

 それくらいには、この二人には絶対的な実力差がある。


 元々、サラマンデは大出力に任せた強引な戦い方しか知らない男だ。

 ゴリ押しできる相手にはそれでもいいのだろうが、我が主は腐っても魔王である。


 脳筋の極みであるサラマンデでは、逆立ちしたところで我が主に勝つのは不可能。

 それを、私はこの場で改めて確認することができた。

 だが――、『災厄化』。


「てめぇは強ェよ、そいつは認めてやる。……けどよぉ」


 サラマンデが不敵に笑う。

 その笑顔には、最終的に勝つのは自分であるという確信がありありと見て取れる。


「俺を殺しきることが、できるかな?」


 最強vs不滅。

 今のところ、戦いの均衡はまだ破られていない。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――シェリィ視点にて記す。


「はぁ~い、慌てず騒がず列を乱さずにね~!」


 ヴェガントの街の西側入り口で、シェリィが大声で呼びかける。

 火山がある方向とは反対にあたるそこに、観光客用の大きな馬車置き場があった。


 今、街の住人や観光客を乗せた馬車が、街から離れるべく次々に発進している。

 火山近くということもあってか、住人は避難中なのに随分と落ち着いている。


 ヴェガント火山は数年に一度は小さな噴火を繰り返している。

 それもあって、住人達は避難に慣れっこなのだ。

 騒いでいる人間もいるが、そのほとんどが外からやってきた観光客だった。


「ちょっと! そこで騒いでないで、早く馬車に乗りなさいよ! 早くしなさい!」


 恐慌状態に陥りつつあった観光客を、マリィが叱り飛ばす。

 その観光客は友人らしき男に引っ張られ、馬車に乗り込んでいった。


 今のところ、大きな混乱などは起きていない。

 住民が避難に協力的だったことに加え、馬車が多数揃っていたことが大きい。


 それでも何人かは負傷者が出て、そちらはリリィが対応している。

 今も、近くで治癒魔法を使っている彼女の声が聞こえる。


「はぁ~い、痛いところはどこですかぁ~。大丈夫ですよぅ~」


 妹の甘ったるい声は、姉のシェリィからしても聞いていて心地がいい。

 人の声には、他者の気持ちを落ち着かせる声色、というものはあるらしい。


 もしかしたらリリィの声はそうしたものかもしれない。

 シェリィがそんなことを思っていたところに、一人の冒険者が駆け寄ってくる。


「シェリィさん! こっちの誘導、終わりました!」


 やってきたのは十代半ば程度の少年剣士だった。

 装備が真新しいことから、駆け出しの新人であることが一目でわかる。


「はぁ~い、ありがとね~! すっごく助かったよ~!」

「いえ、そんな……」


 努めて明るく振る舞うシェリィに、少年剣士は目線を下げて後ろ頭を掻く。

 息遣いやわずかな動き、細かい仕草から相当緊張していることが伝わってくる。


 自分みたいな相手に、とは思わない。

 シェリィには、自分がこの国で唯一のSランク冒険者である自覚があった。


「本当に助かった。君の助力に感謝させてもらうよ」


 だからこそ手伝ってくれた彼に、しっかりとねぎらいの言葉を贈る。

 少年剣士は軽く感激しているようだが、感謝をしているのは本当のことだ。


 この少年以外にも、街に来ていた多くの冒険者が避難誘導を手伝ってくれた。

 彼らがいなければここまでスムーズにはいかなかった。


 ファルードに帰る前に、冒険者達には何かの形で謝礼を渡さなければならないか。

 例えば、酒場を貸し切ってシェリィの奢りで大宴会、など。


 ――ドォンッ!


「うわッ!?」


 突如として空に轟く爆音に、少年剣士が驚いて声をあげる。

 シェリィが音のした方を見上げれば、夜空の一角にもうもうと立ちこめる黒煙。


 そこに、さらに光がチカチカと瞬いて、爆発音が間断なく連鎖する。

 少年剣士は驚きを越えておののきに身を震わせ、両手で頭を抱えて縮こまった。


「何なんだよ、もぉ~……」


 怯えの色を顔に浮かべた少年が、非難がましい声を出して控えめに空を覗く。

 そこでは、光が瞬き続け、小さな爆音が連続している。


 彼も、そして逃げた住人達も、きっと今起きていることを何も理解できていない。

 太陽が墜ちてくるのを見て、逃げるべきだと判断したにすぎない。


「……魔王軍、四天王」


 シェリィが無意識のうちに呟いた。

 空の上でサラマンデが迸らせた叫び声は、街にまでしっかりと届いていた。


「し、四天王って、まさかそんな……」


 少年剣士は全く信じられないといった顔つきで、首を横に振る。


「魔王軍がこの街を襲う理由が、どこにあるって言うんですか……!」


 若干ムキになって、少年は四天王の来襲を否定しようとする。

 それが、あまりにも現実感のない話だからだ。


 最後に魔王軍が人類領を攻撃したのは、もう七十年も前の話になる。

 シェリィや少年からすれば、それは生々しさを欠いたただの『歴史』でしかない。


 普通ならばそうなる。それで正しい。

 しかし、シェリィはすでに知ってしまっている。


 魔王ディギディオン・ガレニウスによる『大戦布告』と『教団』の蠢動と暗躍を。

 何より、今、空の上で街を守るために戦ってくれている彼が――、


「……まさか」


 思考のさなか、シェリィの脳裏に閃くものがあった。


「姉さん、街の人達の避難が終わったわよ!」

「あとはリリィ達だけですよぅ~」


 手伝ってくれた他の冒険者達と共に、マリィとリリィが戻ってきた。


「シェリィさん、逃げましょう!」


 少年剣士が大きく声をあげてシェリィを呼ぶ。


「姉さん!」

「馬車の準備はできてますからぁ~!」


 マリィとリリィもそれに続くが、それらの声は今のシェリィには届いていない。


「……そういうこと、なの?」


 彼女は、上空で続く戦いを見つめたまま、虚ろに呟く。


「あの、シェリィさん? どうしたんですか?」

「姉さん?」

「シェリィお姉ちゃ~ん……」


 呼びかけられ、立ち尽くしたままだったシェリィが目を見開いたまま妹達を見る。


「――マリィ、リリィ」


 張りつめた声。

 その、姉の尋常ならざる様子に、呼ばれた二人が互いに顔を見合わせる。


「どうしたの、姉さん?」

「な、何ですぅ~?」

「覚えてるよね。前に、ロレンス君が話してくれたこと」


 シェリィは急にそんなことを言い出した。

 意図が全く理解できずにいる妹達は、一様に眉をひそめる。

 しかし、姉にただならぬ気配を感じたのか、二人とも話を聞く姿勢だけは整えた。


「何についての話?」

「ロレンス君の過去のこと。……故郷で起きた出来事についてだよ」


 故郷で起きた出来事。

 シェリィがそれを口に出してすぐ、マリィがあごに手を当てて考え始める。


「故郷で起きたこと……? 確か、辺境の村で生まれて、その村が――、あ……」


 彼女も気づいたようだった。

 周りの冒険者達が困惑しきりな中で、マリィは顔面を蒼白にして姉を見る。


「確かに、ロレンスは言ってたわ。……って」

「じ、じゃあ……!」


 聞かされて思い出したリリィも同様に顔を青くして、空を見上げた。

 ヴェガントの街を焼こうとした魔王軍四天王と、焼き尽くされたロレンスの故郷。


 一つの事実と一つの記憶が、今、繋がる。

 そして、三姉妹はここに一つの結論を見るのだった。


「「「あそこにいるのが、レイラさんの仇……!」」」


 魔王様当人があずかり知らないところで、事態は勝手に転がり始めた。

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